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文字数 1,638文字
帰宅して風呂に入った後、はて、とクローゼットの前で思案する羽目になった。友達と出かける時と、デートってなんか違うんだろうか。多分、スカートやワンピースの方がいいんだよな。メイクはナチュラルがいいんだろうか。ストッキング? それともソックス?。それでなくてもガタイがいいから、ヒールは止めといたほうがいいんだろうな。でも、普通デートって、相手との釣り合いとかを……。
と、そこまで考えて爽やか笑顔のアキラくんの顔がポンと浮かんだ。
あああああ! 待って待って! 「デートに行くような格好で」出かけるように指示があっただけで、アキラくんとデートに行くように指示されたわけじゃないわ。やだぁ、私ったら、何勘違いしてんのよ。一気に火照った顔を慌てて手で仰ぐ。まったくもう! また汗かいちゃったじゃない。
時間まで十分余裕があったはずなのに、そんなこんなでバタバタして出かけることになってしまった。ああ……最悪。大丈夫かしら……。マンションのエントランス前で深呼吸する。
わが社がセキュリティを担っている物件の代表として、ここのパンフレットは何度か見たことがある。でも、実際中に入るのは初めてだった。
正面の自動ドアは2重になっているので表からは中の様子は分からない。一枚目のドアをくぐり、大理石で設えたインターフォンの呼び出しボタンを押す。ボタンの下には意匠に紛れたセンサーの受光部があった。住民はパッシブキーなのだ。
「いらっしゃいませ、ゲスト様。どなたとお約束でしょうか」
スピーカーからコンシェルジュの柔らかい声がした。あ、そういえば何号室なのか聞いていなかった。うー、ままよ。ダメもとでアキラくんの名前を出してみよう。
「木崎麗と申します。あの……相馬……瞳さんと」
「承ってございます」
ホッとため息が出た。
「エントランス奥のロビーラウンジへお越しください」
二枚目の自動ドアをくぐると、天井の高いホテルのロビーのような空間に出た。遥か頭上を飾るのはシャンデリアだ。奥のカウンターに、先程のインターフォンの声の主だろうか、キッチリ髪をまとめて紺のスーツに身を包んだ女性が控えていた。私に向かって、丁寧なお辞儀をして手を差し伸べた。そちらがロビーラウンジなのだろう。私もお辞儀で返して、示された方へと足を向ける。
座り心地のよさそうな一人掛けソファが点在する絨毯敷きのスペースでアキラくんは待っていた。
「ウララさんこっちこっち!」
私の姿を認めたアキラくんは、立ち上がって手を振った。ワンサイズ上くらいの真っ白なYシャツの袖を腕まくりしてストレートジーンズというラフな格好なのに、名のあるブランドを着こなしているように見えるのは何故? そして、あの爽やかなコロンの薫り。私が近づくと、小首を傾げてこちらを見上げた。
「東雲さん、なんて?」
「あ、そうだ。えっと……」
私は社長に託された小さな平べったいケースを取り出してアキラくんに渡した。
「ありがとう」
アキラくんはにっこり笑って受け取ると、蓋をスライドさせて小さなチップのような中身を取り出した。
「折角来たんだから、家に上がっていってよ」
「え? そんな……」
一瞬視線を外して、またアキラくんを見る。そんなに遠慮しないでー、と笑顔のアキラくん。あれ? ……今、手にしてたチップ、どこにやったの? アキラくんは知らん顔して空ケースを胸ポケットに落とし込んだ。