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 パイから連絡が入った。オゼンの義体ができたというのだ。はっや! オーバーホールを終えたファングから、同時進行で造ってたとは聞いたけど……。オレまだ「目黒さん」の義体で最上階だよ? 皆さんのお世話してたよ?

「男前なのが出来てるから、帰りに見せてもらったら?」
 ファングがにこりと笑って言った。ファングの不具合の原因は、単にオイルチューブの劣化だったらしい。ついでに関節まわりもクリーニングしたので動きがなめらかになったそうだ。今ならV字バランスも出来ますよ、と披露された。どういう気持ちで見ればいいのか分からなかったので、とりあえず拍手をしておいた。

 パイからは3015室に来いと呼び出されていた。なんで隣の部屋? と思ったが、指示通りインターフォンを押す。

「入ってきてー。奥の部屋に居るから」
 インターフォン越しのパイの声。扉の奥は、ガランとして家具一つない空き家のようだった。どうやら間取りはパイの部屋と同じらしい。
 奥の部屋ーーーリビングルームに入ると、フロアに二つのケースが並んでいた。一方は、ハトの顛末でオレが使っていた義体。もう一方の二回りくらい大きなケースには……。

「どう? アンタの注文通りに造ったのよー。大柄なオゼンに合わせてあるから、違和感少なく起動できると思うの。こないだアンタが使ってた義体と合わせて、前祝いの割引価格にしといてあげるわ」
 パイの声に振り向いた。いささか疲れた様子だが、目はキラキラしている。

「こんなに早くできるなんて……」
「あら、何驚いてんの? 私がネジ釘から手作りしてると思ってた? これまで発注受けて何体も作ってるんだもの、素体作成は機械化してあるわ。一番時間がかかるのがスキンだけど、注文が具体的であればあるほど、イメージがつけやすくて作業が楽なのよ。それにねー」
 パイは満足気にニンマリと笑った。
「美形を作るのは楽しいわ。名前は『空知聖(そらちさとる)』で登録しておいたから」
「わー、ありがとう。あとは、目を開けて動いたらどうかな……ってとこ」
 オレはケースの中のオゼンの義体に視線を戻した。

「ところで、前祝いって何だ?」
「オゼンと結婚(ペアリング)するんでしょ?」
「えっ? なんでそれ……」
 オレ、オゼンにアプローチしたの誰にも言ってなかったはず……。
「オゼンだな? やっぱ、オレに内緒でパイに愚痴ってたんだ!」
「そんなのどーだっていいじゃない。ポンコツ呼ばわりされたからアンタの義体は、心拍と感情の高まりによって涙がでる機能も追加しといたわよ。あー、あと、オゼンの注文でオリジナルの声と同じ周波数に調整したわ。オゼンはアンタの声が好みみたいだからね」

「えー?」
 そうだったのか? オレの声? オゼンてば、そんなこと一言も……。
「はい。あと、これがこの部屋のパッシブキー。オゼンのと二つ。これで好きな時にこの義体にアクセスして地上を動けるわよ」
「この部屋は……?」
 地上の居住区って高いお金を払わないと手に入らないと聞いたことがあるぞ。

 パイは、胸を反らせて、ふふん、と得意げに笑った。
「このフロアの部屋全て、私が買い上げたことになっているわ。各戸に個人持ちの義体ケースがあるの」
「うへっ。マジで?」
「地上で活動するときはこの部屋を自由に使いなさい。シムーちゃんを始めたくさんの人が次の配信を待ってるわ。配信屋……辞めないでね」
 オレは、パイからパッシブキーを受け取った。 
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登場人物紹介

アイン


地球外生命体。実体は節足動物に近い形状の雌雄同体。6本指。

年齢と共に徐々に大型化する性質を持つ。

軌道上に停泊している宇宙船から、地球の様子を撮影して動画配信している。

地上活動をする時は、義体と呼ばれる地球人を模したアバターと同期する。

オゼンと行動を共にする前は、争いごとの仲裁をするネゴシエイターを生業としていた。

人当たりがよく陽気な性格。自分を受け入れてくれたオゼンが大好き。


相馬瞳(そうまあきら)

アインが同期するアバター。

身長167㎝。男性。

「草食系男子」の設定。

オゼン


地球外生命体。実体は節足動物に近い形状の雌雄同体。6本指。

年齢と共に徐々に大型化する性質を持つ。アインよりも年長で、体高が2mほどある。

アインからの提案で、フリゲート艦であった宇宙船を基地局に改造して動画配信している。

義体との体格ラグが苦手で、地上活動をするのは得意ではない。

かつては武器製造業を生業としていたが、職種変えした過去を持つ。

アインの声に惚れて自艦に引き入れたものの、思いの外若かったので微妙に距離を取りたい……。


空知聖(そらちさとる)

オゼンが同期するアバター。

身長195㎝。男性。筋肉質。

義体との体格ラグを少なくするために、アインが発注して高身長のアバターを作ってもらった。

木崎麗(きざき うらら)


アラサー独身。東雲綜合警備保障の広報課勤務。

かつては世界大会で名を馳せたアマチュア格闘家。

177㎝、78㎏超級で活躍していた剛健なイメージから、

現役時代は社のイメージキャラクターを勤めていた。

もっか婚活中だが、格闘家のイメージが強すぎて上手くいかないのが悩み。

柴田正樹(しばた まさき)


28歳。独身。

激務に疲弊して退職し、失業保険と貯金の切り崩しとで生活している。

今後の身の振り方に迷っている最中、とある不思議現象に遭遇してしまい

陰謀論者団体の片棒を担ぐことになる。

本人は慎重なつもりだが、簡単にコロリと説得されてしまう素直な性格。


パイ


アイン、オゼンと同じ星系人。義体などのアバター製造を得意とする。

タワーマンションの上階ワンフロアを買い上げて、外星系人のための義体レンタル業をしている。


遠州律子(えんしゅう りつこ)

パイが同期するアバター。筋骨隆々のガタイの良いオカマ。

外星系人向け会員制ラウンジ『夜間飛行(ヴォル・ドゥ・ニュイ)』のママ。

「宇宙人生活相談」的なこともしている。

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