3
文字数 1,243文字
「うん。そうみたい」
エレベーターを下りたド正面に、ドンと一枚の扉。私とアキラくんは茫然としてその一枚扉を見つめた。一体おいくらの物件なのかしら……。考えたくも無いわ。
インターフォンを鳴らすと賑やかな犬の鳴き声がして、ワンテンポ置いてから、「はい。どちら様ですか?」と女性の声がした。
「東雲綜合警備保障です」
私が答えると、「お待ちください」と答えが返ってきた。
ややあって、鍵が開く音がした。サラサラのロングヘアの女性が、内から姿を表す。と同時に、チャッチャッチャと床を爪でひっかく音とともに足元から数頭の小型犬がちょろりと現れて、また引っ込んだ。どうやら、犬を多頭飼いしているお宅らしい。
「お待ちしておりました。どうぞ」
女性に勧められるまま、玄関で靴を抜いでスリッパに履き替える。三和土の縁はフラットになって、続く廊下は奥へと続いていた。
「社長から話を聞いた時は……まさかと思いました。でも、その可能性を考えられないわけでもないのです」
突き当りの扉を開けると、先はガラス張り天井のリビングフロア。物件の真ん中は中庭風、芝生の広いドッグランになっていて、大小数頭の犬が寛いだり走り回ったりしている。何て贅沢な造り……というか、最初からこの体で売りだした物件だったのかしら。目をパチクリさせているとサンルームのテーブル席のような一角に案内された。背の高い観葉植物が心地よさげな木陰を作っている。
「おかけください」
椅子をすすめながら女性自らが腰を掛けると、その膝の上に白いロングコートチワワがちょこんと跳び上がった。真っ黒なガラス玉のような目を私、アキラくんに向けると大欠伸をして蹲る。
元気な犬たちの鳴き声がする中、女性は膝の上に視線を落とした。
「護送をお願いしたいのは、この子なんです」
女性は、膝の上のチワワを撫でた。
「い、犬? なんですか?」
「はい」
護衛って言うから……ヒトの警護かと思っていたわ。カラスから、犬を守るの? そんな依頼では……プロの
「プライベートジェットでの空輸を考えているので、ここから飛行場へハイヤーで、以降ジェットに乗り込むまでの護送をよろしくお願いします」
「……はい。了承いたしました」
顔では平静を装ったけれど、……今なんておっしゃいました? プライベートジェットで、犬一匹を送るんですか? お金持ちの考えることは分からないわ……。ところで、この女性は飼い主さんではないわけ? 誰も、犬について行かないのかしら?
私の心の中を見透かすように、女性は言葉を重ねた。
「ここの犬たちを置いて、留守にするわけにはいかないのです。お手数ですが申し訳ありません」
そう言って、深々と頭を下げた。
ですって、と隣にいたはずのアキラくんに目配せしようとしたら、居ない。あたりを見回すと、アキラくんはいつの間にかドックランに入り込み、寝っ転がって犬たちと戯れていた。