文字数 1,243文字

「……ここの最上階って、まるごと一戸だったの?」
「うん。そうみたい」

 エレベーターを下りたド正面に、ドンと一枚の扉。私とアキラくんは茫然としてその一枚扉を見つめた。一体おいくらの物件なのかしら……。考えたくも無いわ。

 インターフォンを鳴らすと賑やかな犬の鳴き声がして、ワンテンポ置いてから、「はい。どちら様ですか?」と女性の声がした。
「東雲綜合警備保障です」
 私が答えると、「お待ちください」と答えが返ってきた。

 ややあって、鍵が開く音がした。サラサラのロングヘアの女性が、内から姿を表す。と同時に、チャッチャッチャと床を爪でひっかく音とともに足元から数頭の小型犬がちょろりと現れて、また引っ込んだ。どうやら、犬を多頭飼いしているお宅らしい。

「お待ちしておりました。どうぞ」
 女性に勧められるまま、玄関で靴を抜いでスリッパに履き替える。三和土の縁はフラットになって、続く廊下は奥へと続いていた。
「社長から話を聞いた時は……まさかと思いました。でも、その可能性を考えられないわけでもないのです」

 突き当りの扉を開けると、先はガラス張り天井のリビングフロア。物件の真ん中は中庭風、芝生の広いドッグランになっていて、大小数頭の犬が寛いだり走り回ったりしている。何て贅沢な造り……というか、最初からこの体で売りだした物件だったのかしら。目をパチクリさせているとサンルームのテーブル席のような一角に案内された。背の高い観葉植物が心地よさげな木陰を作っている。

「おかけください」
 椅子をすすめながら女性自らが腰を掛けると、その膝の上に白いロングコートチワワがちょこんと跳び上がった。真っ黒なガラス玉のような目を私、アキラくんに向けると大欠伸をして蹲る。

 元気な犬たちの鳴き声がする中、女性は膝の上に視線を落とした。
「護送をお願いしたいのは、この子なんです」
 女性は、膝の上のチワワを撫でた。
「い、犬? なんですか?」
「はい」

 護衛って言うから……ヒトの警護かと思っていたわ。カラスから、犬を守るの? そんな依頼では……プロの警備(sp)を頼むのはちょっと気が引けるのも解るかも。

「プライベートジェットでの空輸を考えているので、ここから飛行場へハイヤーで、以降ジェットに乗り込むまでの護送をよろしくお願いします」
「……はい。了承いたしました」

 顔では平静を装ったけれど、……今なんておっしゃいました? プライベートジェットで、犬一匹を送るんですか? お金持ちの考えることは分からないわ……。ところで、この女性は飼い主さんではないわけ? 誰も、犬について行かないのかしら?

 私の心の中を見透かすように、女性は言葉を重ねた。
「ここの犬たちを置いて、留守にするわけにはいかないのです。お手数ですが申し訳ありません」
 そう言って、深々と頭を下げた。

 ですって、と隣にいたはずのアキラくんに目配せしようとしたら、居ない。あたりを見回すと、アキラくんはいつの間にかドックランに入り込み、寝っ転がって犬たちと戯れていた。 
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登場人物紹介

アイン


地球外生命体。実体は節足動物に近い形状の雌雄同体。6本指。

年齢と共に徐々に大型化する性質を持つ。

軌道上に停泊している宇宙船から、地球の様子を撮影して動画配信している。

地上活動をする時は、義体と呼ばれる地球人を模したアバターと同期する。

オゼンと行動を共にする前は、争いごとの仲裁をするネゴシエイターを生業としていた。

人当たりがよく陽気な性格。自分を受け入れてくれたオゼンが大好き。


相馬瞳(そうまあきら)

アインが同期するアバター。

身長167㎝。男性。

「草食系男子」の設定。

オゼン


地球外生命体。実体は節足動物に近い形状の雌雄同体。6本指。

年齢と共に徐々に大型化する性質を持つ。アインよりも年長で、体高が2mほどある。

アインからの提案で、フリゲート艦であった宇宙船を基地局に改造して動画配信している。

義体との体格ラグが苦手で、地上活動をするのは得意ではない。

かつては武器製造業を生業としていたが、職種変えした過去を持つ。

アインの声に惚れて自艦に引き入れたものの、思いの外若かったので微妙に距離を取りたい……。


空知聖(そらちさとる)

オゼンが同期するアバター。

身長195㎝。男性。筋肉質。

義体との体格ラグを少なくするために、アインが発注して高身長のアバターを作ってもらった。

木崎麗(きざき うらら)


アラサー独身。東雲綜合警備保障の広報課勤務。

かつては世界大会で名を馳せたアマチュア格闘家。

177㎝、78㎏超級で活躍していた剛健なイメージから、

現役時代は社のイメージキャラクターを勤めていた。

もっか婚活中だが、格闘家のイメージが強すぎて上手くいかないのが悩み。

柴田正樹(しばた まさき)


28歳。独身。

激務に疲弊して退職し、失業保険と貯金の切り崩しとで生活している。

今後の身の振り方に迷っている最中、とある不思議現象に遭遇してしまい

陰謀論者団体の片棒を担ぐことになる。

本人は慎重なつもりだが、簡単にコロリと説得されてしまう素直な性格。


パイ


アイン、オゼンと同じ星系人。義体などのアバター製造を得意とする。

タワーマンションの上階ワンフロアを買い上げて、外星系人のための義体レンタル業をしている。


遠州律子(えんしゅう りつこ)

パイが同期するアバター。筋骨隆々のガタイの良いオカマ。

外星系人向け会員制ラウンジ『夜間飛行(ヴォル・ドゥ・ニュイ)』のママ。

「宇宙人生活相談」的なこともしている。

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