5-side3
文字数 1,353文字
アキラ少年たちが入っていったビルの向かいの歩道、街路樹の陰で
それにしても、会員制のラウンジとは……。時代劇の昔から、悪だくみの現場は金に飽かせて用意した酒の席と相場が決まっている。是非とも現場をおさえたいものだが、一体どうしたものか。正面入り口のエレベーターには、黒服がひかえているのであそこからは到底無理だ。
非常階段! そうだ、必ず避難経路として準備されているはず。建物の裏から回れば、侵入する経路があるはずだ。飲食店なら、搬入路が別にあるはずだし……。
黄昏時の人ごみに紛れて場所を移した。地代の高い繁華街のご多分に漏れず、ビル同士の隙間は案外狭い。スマホの地図を確認しながら、建物の裏手へ行くルートを探る。
建物のあるブロックを丁度反対側まで回って、人がやっと潜り込めるくらいの隙間を見つけた。ここから奥へ入れば、突き当りにあの建物の裏手があるはずだ。一応、左右を見渡して誰かがこちらに注意を払っていないか確認する。実のところ、プロではないのでちゃんと確認できているのか確信はないが。
覚悟を決めて左肩を先に、するりと隙間に身体を滑り込ませた。運動不足は自覚している。どちらかと言うとガリなので腹が出るほど緩んじゃいないのが幸いだ。メーターや配管などを避けながら、少しずつ奥に進む。
中ほどまで進んだころ、上からニャオゥと猫の鳴く声がした。ギョッとして見上げると、ダクトの上に黒猫が香箱座りをして見下ろしている。繁華街だ。ネズミもいる。猫がいたっておかしくない。
「脅かすなよ」
誰に言うでもなく呟くと、猫は目を細めてまた、ミャウゥと鳴いた。そのまま、更にそろそろと進んでいく。やっと、建物の後ろに出た。ここは二人くらいすれ違えるほどの隙間がある。覚えず空を振り仰ぐと、ビルの隙間から残照に染まるオレンジと紫の斑の雲が見えた。再びスマホの地図を確認する。右から二番目のビルだ。大分、夕闇が迫り詳細が見づらくなってくる。建物の裏に貼りつくように非常階段があるのが見えた。よくある入口、出口? に鍵がかかっているヤツだ。ここに鍵がかかってたら、いざという時すぐ外に出られないだろうに……。
一応、ドアノブを握ってそっと回す。
「あ、……」
開いている。いいのか? ここは、開いてていいのか? 正面はあんなにセキュリティが厚いのに……。罠? いや、でも、この建物に入っているのはあの会員制ラウンジだけではない。そっと隙間に身体を滑り込ませて、ゆっくり非常階段を上がる。最上階までの道のりは気が遠くなるようだが、調査のためだ。仕方がない。
さして気温が高いわけでもないのに汗だくになって、ようやっと最上階の非常ドアまで上りつめた。肩で荒い息をしながらドアノブを見つめる。ここから中に入ったら、どこに出るのだろうか。ごくりと唾を飲み込んだ時、内側からゆるりと扉が開いた。
「いらっしゃいませ。当店へ一体どのような御用でしょうか」
扉の内から、見上げるような黒服の男が姿を現した。