1-side2
文字数 1,305文字
駅のホームで電車を待つ間、会社の同僚に連絡を入れておく。多分、間に合うとは思うけど、保険? アリバイ? 「ギリで家を出て焦ってます」っていうアピール。
幸い順調に電車は動いているみたい。混雑具合はいつも通り。車両に押し込まれたが最後、向きを変えることもままならない満員電車。いっつも不思議なのよね。この混雑が楽しいと思う人はいないと思うのに、いつまでたっても改善されない。「繋がってる」という利便性が優先で、乗り入れ路線はどんどん増えていくから、一か所頓挫したらドミノ式に大混乱。これが嫌なら、地方に転属願いを出せばよいのかも。でも、今は広報課にいるから当面は無理なのよねぇ。
乗り換え駅に近付いて電車が緩やかにブレーキを掛けた。詰め込まれた人々が塊になってわずかに斜めになる。私は鞄を抱きかかえている左手首のウォッチ型端末をチラリと見た。よかった。始業時間の少し前に着けそうだ。
ほかの乗客と一緒にホームに吐き出される。人波に順行して乗り換え路線へ移動する。通路途中のポスターに、昨日振った男性の勤め先の広告を見つけて短く溜息を付く。忘れよう。うん。
乗り換え路線の改札を通って、目の前の電光掲示板を見て愕然とした。「安全点検のために遅延」の文字。どうやら非常ボタンが押されたらしい。事故? それとも悪戯なのかしら?
ホームに上がると、皆一様にイライラしているのが見てとれた。嫌だなぁ、この雰囲気。急いで同僚に追加連絡。間に合うと思ったのに……。肩を落として乗降客の列に並ぶ。会社最寄り駅に着いたら遅延証明をもらわなくちゃな。
ふわりといい匂いがして、私はさりげなく周囲を見回した。なんだろう。ピリピリした緊張を解く、一服の清涼剤のような、爽やかな……コロン?
「あ……」
斜め後ろに、俯いたショートヘアが目に入った。何ていう色なんだろう。オシャレなグレイ。私には出来ないヘアカラーだ。いい香りは、その人から来ているみたい。
その時、構内放送が入って、その人はふと顔を上げた。線の細い、若い男の子だった。私が見つめているのに気が付いて目が合った。軽くすいた前髪越しに、黒目がちの涼やかな目元。照れたようにニコッと笑うと、軽くこちらに会釈した。慌ててこちらも会釈を返す。
心臓が、ドキドキした。やだ。何、この気持ち。男の子は私より10㎝くらい背が低い。スマホを操作している指はピアニストみたいに細くてキレイだ。私の周囲にはいなかったタイプ。
「電車、なかなか動きませんね。朝から嫌ンなっちゃいますよ」
「あ、え、ええ……」
え、何、急に話しかけてきちゃってるの? この子。
私は鞄を抱き込んでいる手に力を込めた。