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文字数 1,219文字
再度、重々しい一枚扉をくぐり、元気な犬の鳴き声が響く長い廊下を奥へ進む。先程のサンルームには、チワワを膝に乗せたまままの女性が座っていた。
オレは片膝をついて頭を垂れた。
「改めまして、ご機嫌麗しく。フォルモーント皇女」
「堅苦しい挨拶は抜きで良いわ。あなたの配信はいつも楽しみにしていてよ、アイン」
オレは顔をあげると、女性の膝の上のチワワを見た。
「ここまでの道のりは長かったわ。それでも、この惑星に身を寄せている王家の存在を知り、貴方がたに繋ぎをつけることができました。あと一息のところで見つかってしまったようですけれども……」
「大丈夫です。頼って下さったのがシムーさんでよかった。オレ等が責任もって皇女をご家族の元へ送り届けますよ」
チワワ……フォルモーント皇女はゆっくりと瞬いた。
「本当に、お礼の言葉もありません」
ややこしい話だが、このチワワは義体だ。本体は義体のチワワよりも更に小柄な外部星系人だ。小柄故に外星系人に簡単に制圧されてしまい、本人たちはペットのような扱いで市場で売買される立場になってしまった。
星間旅行のお供として売買されていた彼らは、先ごろの取引規定の変更で開放された身の上となったが、飼い主となった星系人に連れまわされているうちに母星から遠く離れてバラバラになってしまっていた。己の元飼い主のところで生涯を全うしようと決める者、旅を始める者、配信者を通じて仲間を募り新たなコミュニティを作ろうとする者……。それぞれに身の処し方を切り開いていく中で、同星系人の中でも高貴の出身の彼女は伝手を頼ってこの星に来た。血縁者がこの星に保護されていることを知ったからだった。ところが、取引規定が変わったとは言っても、まだ闇では売買する者がいる。特に彼女のような者は血統書付きみたいなもので高値で売買される。多分、KARASUを操って彼女をかどわかそうとしているのは、その闇市場の連中だ。
この星に潜入して生活している外部星系人の身の保証や、所在データを総括している『大使館』を通じて、ようやっと彼女の血縁者の所在が解り、再会出来るはこびになったのだ。この任務は無事に成功させなければならない。
東雲綜合警備保障内に勤務する外部星系人は実は少ない。そして、そのほとんどがこのマンションの警備に専任で当たっている。今回はジェット機のパイロットと、空港の警備、ジェット機内でのアテンドで人員が尽きてしまった。普段ならそれでも全然よかったのだが、身の危険がある者を護送するとなると話は別だ。
オレも大して自信があるわけでは無いが、オゼンが付いてくれているなら安心だ。
人形のように動かない女性の膝の上にすくっと立ったフォルモーント皇女は伸びをしながら大きく欠伸をすると、お礼を言うようにキャウンと小さく鳴いて床に降り立ち、ドッグランへと去っていった。