文字数 1,167文字

「あのさ、アイツどうにかなんねぇのかな?」

 軌道上の居住区からオゼンの音声通話が入っていた。

「『痴話喧嘩は犬も喰わない』っていうのよ。知ってる?」
 アタシは、ソファに足を投げ出してお肌のお手入れに余念がない。
「ったく『痴話喧嘩』って、オレはガキに手を出す趣味はねぇぞ!」
「あ、あー、知ーらない。それ一番アインがトサカに来るセリフよ」

 いい気味だわ。かつては「泣く子も黙る」と言われたオゼン様が、泣く子に泣かされてるわよ。

 アタシたちは、いわゆる母星というものを持たない。老いた母星を捨てて星間に住処を求めた種族だ。かつて遠い昔は、雌雄異体であったが星間に散り散りになりリアルな繋がりが著しく希薄になるに至って雌雄同体へ退化した。種の先細りを自覚しつつもせめてもの抗いとして、独り立ちした子どもは星間へと旅立つ。その生き方はそれぞれだ。そして、何らかの縁でリアルな繋がりを得るとペアになる。
 永らく星間を漂って生きたものの知識と知恵の賜物として、アタシたちの多くは非常に器用者。アタシみたいに、義体や自律機械を作るのを得意とするものもいれば、オゼンのように高性能破壊兵器を作って裏家業を渡り歩くものもいる。

 孤独を厭わず他人(ヒト)に興味を持たず、ただ作りたいものを作って生きてきたオゼンが、何をどう間違ってアインみたいな人懐っこくてエネルギーの塊みたいな子とペアリングする羽目になったのか、アタシは知らない。オゼンは「ペアリングじゃなくて間貸ししてるだけだ」って言うけど、まぁどうだか? 一々聞くのも野暮天ってもんだしね。今時流行らない物騒な業界で我が道を貫いているらしい同族が、配信業なんて平和な方に路線変更してくれたのは、正直よかったと思うし、子どもでも出来たらそりゃーおめでたいことじゃない?

「そういえば見積見てくれたかしら?」
「見積? 何のことだ?」
「アンタ専用の義体よ」
「はぁ?」
 気の抜けたオゼンの声。アインからの発注だったんだけど、聞いてなかったのかしら?
「アイツ、マジだったのかよ……」
「聞いてるんじゃないのよ。目を通しておいて頂戴ね。アンタたちに払えない金額じゃないと思うんだけどー?」 
「はあぁ? オレは金が入ったら居住区拡張するって言ったんだぞ! このまま引っ付いてたらアイツ確実に雌化する」
「それに一体何の不都合があるのぉ?」
 アタシはお店で付ける新しいネイルチップを並べて品定めを始めた。

「おめーら、面白がってんだろ! オレはな!」
 通話口の向こうでオゼンが息を巻いている。
「アイツと二人っきりの今をまだ楽しみてーんだよ! ガキんちょにガキんちょを産ませる気はねぇんだ!」

 アタシは天井を見上げて溜息をついた。そういうことはここで言わないで、面と向かってアインに言えばいいのに。ヘンなとこで照れ屋なのよね、このヒト。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

アイン


地球外生命体。実体は節足動物に近い形状の雌雄同体。6本指。

年齢と共に徐々に大型化する性質を持つ。

軌道上に停泊している宇宙船から、地球の様子を撮影して動画配信している。

地上活動をする時は、義体と呼ばれる地球人を模したアバターと同期する。

オゼンと行動を共にする前は、争いごとの仲裁をするネゴシエイターを生業としていた。

人当たりがよく陽気な性格。自分を受け入れてくれたオゼンが大好き。


相馬瞳(そうまあきら)

アインが同期するアバター。

身長167㎝。男性。

「草食系男子」の設定。

オゼン


地球外生命体。実体は節足動物に近い形状の雌雄同体。6本指。

年齢と共に徐々に大型化する性質を持つ。アインよりも年長で、体高が2mほどある。

アインからの提案で、フリゲート艦であった宇宙船を基地局に改造して動画配信している。

義体との体格ラグが苦手で、地上活動をするのは得意ではない。

かつては武器製造業を生業としていたが、職種変えした過去を持つ。

アインの声に惚れて自艦に引き入れたものの、思いの外若かったので微妙に距離を取りたい……。


空知聖(そらちさとる)

オゼンが同期するアバター。

身長195㎝。男性。筋肉質。

義体との体格ラグを少なくするために、アインが発注して高身長のアバターを作ってもらった。

木崎麗(きざき うらら)


アラサー独身。東雲綜合警備保障の広報課勤務。

かつては世界大会で名を馳せたアマチュア格闘家。

177㎝、78㎏超級で活躍していた剛健なイメージから、

現役時代は社のイメージキャラクターを勤めていた。

もっか婚活中だが、格闘家のイメージが強すぎて上手くいかないのが悩み。

柴田正樹(しばた まさき)


28歳。独身。

激務に疲弊して退職し、失業保険と貯金の切り崩しとで生活している。

今後の身の振り方に迷っている最中、とある不思議現象に遭遇してしまい

陰謀論者団体の片棒を担ぐことになる。

本人は慎重なつもりだが、簡単にコロリと説得されてしまう素直な性格。


パイ


アイン、オゼンと同じ星系人。義体などのアバター製造を得意とする。

タワーマンションの上階ワンフロアを買い上げて、外星系人のための義体レンタル業をしている。


遠州律子(えんしゅう りつこ)

パイが同期するアバター。筋骨隆々のガタイの良いオカマ。

外星系人向け会員制ラウンジ『夜間飛行(ヴォル・ドゥ・ニュイ)』のママ。

「宇宙人生活相談」的なこともしている。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み