2-side3
文字数 1,682文字
自宅の扉越しに来訪者を誰何する。連絡先付きのビラを配っているので、時々自宅まで人が押しかけてくる。「電波野郎」「迷惑だ」とわざわざ言いに来る奴もいれば、「詳しく聞きたい」という人もいる。前者は気が済むまで喚かせておくし、後者は様子によっては扉を開けて対応する。場合によりけりだが、リーダーとの連絡のつけ方を教えることもある。
自分が見たのは、ハトの死骸から見たことのない機械が飛び出していたこと。リーダーの言う通り、実際それが政府の仕業なのかどうかは未だ信じ切れていないが、ナニモノかがハトをサイボーグ化していることは事実だ。
「管理会社から委託を受けた者です。このアパートでハトの糞害が出ているお宅があるのです。そこだけ対策をしてしまうと、他所のお宅に害が移るかもしれないんで、このアパート全体の被害状況を把握するために各戸に状況を窺っているのですが、お時間頂けませんでしょうか」
丁寧な物言い。スコープ越しに見ると、水色の作業着を着こんだ二人組が立っていた。普通、こういうのがある時は事前に管理会社からお知らせが入っているものなのに、随分急だな。
玄関の鍵を開けようとして、ふと手を止めた。まてよ。セオリー通りではない、ってことは本物ではないかもしれない。よくよく考えたら、このアパートは単身者が多いんだ。こんな平日の昼間の、住人がいる確率の低い時間帯に突撃訪問なんてするわけがない。ってことは、この二人組はナニモノだ? 差し出した手を握り込んで、生唾をゴクリと飲み込んだ。
「すみません。夜勤明けで休んでいるところなんです。部屋も散らかってますし、扉越しでもいいでしょうか?」
とっさに思いついた言葉を並べた。緊張で、声がちょっと上ずってしまった。上手く騙されてくれないだろうか。薄い扉越しに、相手が身じろぎする気配が伝わってくる。
「そういうことでしたら、良いですよ。この状況でこちらの質問にお答えください」
ホッとして肩の緊張を解く。
「えー、まず最近、ハトの鳴き声が気になりませんか」
「いいえ」
「巣をはられそうになったことは?」
「いいえ。……そもそも、ハトの巣って、どんなのなんですか?」
「ああ、そうですね。分かりませんよね。ドバトの巣っていうのは実に簡単なんですよ。小枝などで囲みを作ったらもうそれで、彼らの巣です。我々が思うような籠状に組んだ鳥の巣なんて複雑なものは作りません。例えるならプレハブ建築より尚簡素なブルーシートハウスみたいなもんです。エアコンの室外機の陰なんかにささっと作られてたりしますよ」
室外機の陰? ……そんなとこ、覗いてみたこともなかったな。
「そうなんですね。多分、無いと思いますけど」
「『無い』とは言い切れないんですね」
急に相手の口調が強権なものに変わった。しまった……、隙を与えてしまったか。
「じゃぁ、今、確認してきます」
「いえ、見たこともないモノをそれだとは認識できないかもしれないので、恐れ入りますがベランダを見せていただけないでしょうか」
物腰は柔らかいが有無を言わせない語気。……どうしよう。背中に冷汗が流れる。
「あれ? ここ、柴田正樹さんのお宅ですよね?」
その時、新たな来訪者の声がした。この声には、聞き覚えがある。普段人と話すことが少ないので、最近話した人の声は忘れない。駅前の公園で声をかけてきたリア充少年だ。ええと、確か名前は……。
「あ、アキラくん。待っていたんだ。じゃぁ、そういうことで、ベランダの状況は後で管理会社に連絡します」
さっと扉を開けて目に入ったアキラくんの手を掴むと、素早く玄関に引っ張り込み急いで扉を閉めた。ヘンな汗をかきながら狭い玄関で肩で息をしている自分を、アキラくんは、キョトンとした顔で首をかしげて見つめている。
扉の向こうの二人組は、しばらく躊躇うように扉の外で待っていたがやがて撤収していった。大きな溜息をつく。
「ごめん。どうもありがとう」
やっと、アキラくんにお礼が言えた。でも、さて、これからどうしよう。ていうか、アキラくんは何しに来たんだろう。