文字数 1,227文字

 日常は瞬く間に流れていく。煩雑な日々に押し流されて、アキラくんとの出来事は全部夢だったんじゃないかと思うほど遠くなっていく。タワマンは目の前にあるし、繁華街には律子さんの店はそのままある。社長は健在だし、私の口座には特別手当が入金された。

 アキラくんのことを知るのは、私と柴田さんだけ。その柴田さんも、独りでいるとまたおかしくなりそうだから、と先日アパートを引き払って実家へ帰ってしまった。
 目黒さんとの一件で、なんだかミユとも疎遠になってしまった。悪い子じゃないのだけど、打算的な性格に付いていけなくなったのだ。

 今日も遅くなっちゃったし、コンビニ寄ってから帰ろうかな、と、駅に近いコンビニに入ろうとしたら、足元をタタッとネコが横切っていった。見るとはなしにネコの姿を視線で追うと、白い……小柄な人影が……。
「え? アキラくん?」
 駅前の人混みの中、遙か先を闇に溶けようとしている後ろ姿。慌てて後を追う。人を避けて視線を切る内、姿を見失ってしまったけど……この方向は、あの児童公園へ続いていく。
 胸がドキドキするのは、走っているからだけではない。アキラくん、戻ってきてたんだ?

 角を曲がると、街灯の下児童公園へ入っていくアキラくんの横顔がしっかり見えた。
ああ、やっぱりそうだ。

 公園の出入り口まで行くと、奥のベンチまで見渡せた。アキラくんに声を掛けようとした私は、ベンチの人影に息をのんだ。ベンチの真上の街灯に逆光になる形で大柄な人が前かがみに腰掛けている。アキラくんはその人に何事か話しかけている風だった。

「!」

 ゆらりと立ち上がった人影はアキラくんの頭一つ分以上高く、バランスの取れた締まった身体は190㎝近くありそう。人影が顔をあげたので、私と真向で目が合ってしまった。サイドを短く刈り上げたツーブロックに精悍な顔立ち……。遠目から見ても、ドキッとするほどカッコいい人だ。彼の視線がこちらに固定されたので、アキラくんも振り返る。

「あれ? ウララさん?」
 聞きなれた声よりもワントーン柔らかい優しい声。でも、街灯に照らされた屈託のない笑顔は変わらない。
「お仕事帰りですか?」
 あの時と同じ。でも、こちらに駆け寄っては来ない。

 背の高い人がアキラくんに目配せすると、アキラくんは頷いてこちらに手を振って背を向けた。背の高い人は、こちらに軽く会釈をするとアキラくんと二人、仲良く連れ立って歩き去っていく。

 え? ええ? アキラくん、誰? その人。紹介もしてくれないんだ?

 私はただ茫然とその後ろ姿を見送るしかなかった。声を掛けられる距離でもなくなってしまい、諦めてその場を去ろうとした時、私、信じられないものを見てしまった。
 アキラくん、イケメンさんに抱き寄せられて、チュッってされてた! チュッって!
 2度見したわよワタシ。……勿体ない。アキラくんて、やっぱりそっちだったんだ。
そりゃあ、私がゴリラであろうがなかろうが、射程に入らないわよねぇ……。
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登場人物紹介

アイン


地球外生命体。実体は節足動物に近い形状の雌雄同体。6本指。

年齢と共に徐々に大型化する性質を持つ。

軌道上に停泊している宇宙船から、地球の様子を撮影して動画配信している。

地上活動をする時は、義体と呼ばれる地球人を模したアバターと同期する。

オゼンと行動を共にする前は、争いごとの仲裁をするネゴシエイターを生業としていた。

人当たりがよく陽気な性格。自分を受け入れてくれたオゼンが大好き。


相馬瞳(そうまあきら)

アインが同期するアバター。

身長167㎝。男性。

「草食系男子」の設定。

オゼン


地球外生命体。実体は節足動物に近い形状の雌雄同体。6本指。

年齢と共に徐々に大型化する性質を持つ。アインよりも年長で、体高が2mほどある。

アインからの提案で、フリゲート艦であった宇宙船を基地局に改造して動画配信している。

義体との体格ラグが苦手で、地上活動をするのは得意ではない。

かつては武器製造業を生業としていたが、職種変えした過去を持つ。

アインの声に惚れて自艦に引き入れたものの、思いの外若かったので微妙に距離を取りたい……。


空知聖(そらちさとる)

オゼンが同期するアバター。

身長195㎝。男性。筋肉質。

義体との体格ラグを少なくするために、アインが発注して高身長のアバターを作ってもらった。

木崎麗(きざき うらら)


アラサー独身。東雲綜合警備保障の広報課勤務。

かつては世界大会で名を馳せたアマチュア格闘家。

177㎝、78㎏超級で活躍していた剛健なイメージから、

現役時代は社のイメージキャラクターを勤めていた。

もっか婚活中だが、格闘家のイメージが強すぎて上手くいかないのが悩み。

柴田正樹(しばた まさき)


28歳。独身。

激務に疲弊して退職し、失業保険と貯金の切り崩しとで生活している。

今後の身の振り方に迷っている最中、とある不思議現象に遭遇してしまい

陰謀論者団体の片棒を担ぐことになる。

本人は慎重なつもりだが、簡単にコロリと説得されてしまう素直な性格。


パイ


アイン、オゼンと同じ星系人。義体などのアバター製造を得意とする。

タワーマンションの上階ワンフロアを買い上げて、外星系人のための義体レンタル業をしている。


遠州律子(えんしゅう りつこ)

パイが同期するアバター。筋骨隆々のガタイの良いオカマ。

外星系人向け会員制ラウンジ『夜間飛行(ヴォル・ドゥ・ニュイ)』のママ。

「宇宙人生活相談」的なこともしている。

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