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文字数 1,650文字
「新しいスタイルでの撮影手法が軌道に乗ってきたみたいね」
音声通話相手―――シムーに話しかける。アタシは、ピンクのボブカットのウィッグをスタンドに被せてブラシでお手入れしていた。
(うむ。永らく配信再会を待っていたのだよ。『プリティーベイビーズ』)
スピーカー越しに、シムーの涎をたらさんばかりのうっとりした声が聞こえる。
アインたちは、ネコを使って高等生物の暮らしぶりを撮影していた時、赤ちゃんの可愛さに心を奪われた。室内ネコ飼いで赤ちゃんのいる家庭というとなかなか数が制限されてしまうので、外に出てきた赤ちゃんも撮影しようとハトにカメラを仕込むことを思いついた。
公園などに散歩に来る赤ちゃん、街中をベビーカーに乗せられていく赤ちゃん、親に抱っこされていく太腿ムチムチの赤ちゃん……それらをハト目線で撮影編集して配信していたのだ。外星系人は意外に赤ちゃんや幼体が大好きだ。そのエネルギーにあふれた様に元気をもらうのだ。
(赤ちゃんはいい。平和と繁栄の象徴だ)
まぁ、嫌いな人はいないわねぇ。以前編集したハトの顛末も、なかなかに痛快だと評判が良いみたい。オゼンってば意外な才能があったのよねぇ。
(親や第三者が撮影した赤ちゃん動画も溢れているのだがね、『可愛く撮ろう』という欲が垣間見えるのはどうにも萎えるのだよ。こう、偶然見てしまった何気ない仕草というのがイイ。そこんとこが解っているアインたちの動画は最高なんだ)
新しい撮影方法というのは、義体自体に情報収集ギミックを仕込むというもの。街中でさりげなく視線のあった赤ちゃんをあやしてみたり、お困りのママさんに声を掛けてお手伝いをしつつ赤ちゃんを撮影したりするのだ。
(知らない人から声を掛けられて、一瞬「この人大丈夫なの?」って不安な顔をしてママの顔を見た赤ちゃんが、「あ、大丈夫なんですね」ってにパッと笑う、あれがタマラン)
ホント、楽しみ方がマニアックすぎるわ。アインのあの容姿と話術で警戒する人は少ない。そこにオゼンのイケメン高身長にぽぉっとするママさんもいて、撮影は順調らしい。
まぁ、いい方に転がったってことで、よかったんじゃないかしら?
シムーとの音声通話を切った途端に、新たな入電があった。んもー、今日はゆっくりしようと思ったのに誰よー。と、切り替えると、噂をすればアインだった。
(パイ! 今いい?)
「悪かったら何? すぐ切ってくれるの?」
声をひそめて切羽詰まった様子だったので、つい意地悪を言ってみる。
(っつたく! 今日休みだって知ってんだぞ!)
「休みは暇な日だって、誰が言ったの?」
(もー! じらすなよ!)
あらまー、なんか必死な感じ? 素直に聞いたげようかしら?
「解ったわよ。で、何?」
(オレがポンコツって言ったせいで、パイが追加してくれた機能、あれ、外せねぇの?)
「はぁ?」
涙が出るようにしたアレ? なんで?
どういうことか承服できないでいる間に、通話の向こう側が急に慌ただしくなった。
ちょ! とか、ダメ! とか、のけ! とか断片的に聞こえてバタバタしている気配。
(あー、パイ? 今の気にしないで)
笑いを含んだオゼンの声に切り替わる。背後で、アインが、こら! 邪魔すんな! と喚く声が聞こえる。
「何? どう言うことよ」
(義体でいる時にアインにキスするとさ、目が潤んでチョーカワイイんだよ。んで、それ指摘したらさ……)
(ああああああ! もー! やめろよ! 恥ずかしいだろっ!)
半泣きのアインの声。オゼンの笑い声。
「あーーー。はい。ごちそうさまです」
呆れ返ってこちらから通話を切った。
ふうっ、と溜息をつく。
「私のとこにも同郷の徒が現れないかしらねぇ……」
アタシは手入れの終わったウィッグをスタンドごと手に取ると、チュッとキスをした。
< 終わり >