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文字数 1,381文字
ロマンスグレーは内ポケットから取り出したシルバーの名刺ケースからスマートに一葉の名刺をこちらに差し出した。
凹版印刷で盛り上がった文字を指でなぞって、オレは目の前の男を二度見した。エングレービングとも呼ばれるクッソ高価な印刷技術で作らせた名刺だ。パイ、オレのこと「中身」で紹介したぞ? こいつ、何モンだ?
「ま、ここに座り給え。随分可愛らしい義体で来たね。いや、
ロマンスグレー改め東雲社長はニコニコしながらソファの左隣を叩いた。オレの成りが義体だと知っているということは、コイツも外部星系人ってことか。東雲綜合警備保障って言えば、ウララさんが勤めている会社。そして、あのマンションのセキュリティを担っている会社だ。……なるほど、そういうことか。
オレは合点して、シムーさんの隣に座った。
「実は私は、キミたちが配信しているチャンネルの登録者でね。特に最近のコンテンツは大変気に入っているんだ。実に癒される」
「ありがとうございます」
にっこり笑って頭を下げる。オマケに、顧客かよ。受信者と直接会う機会なんて滅多にない。マジでびっくりだゼ。そりゃぁ、パイもオレを「中身」で紹介したほうが色々捗るというものだ。
はす向かいに座ったパイをチラリと見る。すまし顔で水割りを作っていた。シムーさんは話を続ける。
「パイから、話は聞いている。シェルターに保護している者をあぶり出そうとしている誰かがいるらしいのだな。内部セキュリティには万全の自信を持っているのだがね、周辺をうろつかれているのは正直初耳だった。教えてくれてありがとう。対象者が誰であるかの可能性については、ただいま鋭意調査中だ。結果如何で相手の身元も割れるだろう。そうすれば、何らかの対策をすることができる」
「なら、よかったです。ソイツの出している強力な信号のせいで、軌道上からじゃモニタできなくなっちゃって往生してるんですよ。かといって、シェルターに匿われている亡命者とか政治犯とかの絡みだったら下手に破壊も出来ないですしね。相手を刺激して新たな火種にでもなったら、中立なんて言っていられなくなる」
オレがぼやくと、シムーさんは怒気もあらわに目を見開いた。
「なんと! ソイツのせいで私の『幸せタイム』が侵されているのか!」
え? は? 今何て?
オレはポカンとしてシムーさんを見た。
「それはさっさと解決せねばなるまい。担当者に発破を掛けねば!」
いやー、……仕事が早くなるのはいいことだけどもさ。
「相手に傍聴されたりする可能性を排除するために、キミとの連絡手段はウララ君を経由しようと思う。こういうのはアナクロが一番だ」
「あ、はい?」
そっか、だからこの場にウララさんも連れて来いって……。
そこへ、ホステスに連れられてウララさんが来た。オレの隣にいるシムーさんを見て、見事に固まっている。うん。それは正しい反応だと思うよ。
その時、離れたところからこの場にふさわしくない怒号と悲鳴が聞こえてきた。パイが慌てて立ち上がる。
「何事なのっ!」
ウララさんの足元に倒れるように走り込んできた人影があった。
「あっ……」
息をのみ、オレは思わず身を乗り出していた。