第18話 改竄者の鬼札

文字数 2,744文字

 ジークが腰だめの姿勢で魔法銃を発砲した。

 俺は身を沈めて回避を試みる。
 光弾が肩を掠めていった。
 僅かな痛み。
 されど動きには支障ない。
 俺は戦斧を引きながら地面を蹴る。

(一気に近付いて片を付けてやるよ……!)

 称号【下剋上】を発動をして、さらなるブーストを獲得する。
 身体能力が底上げされる感覚。
 やはりジークは格上の相手のようだ。
 それも僅差というわけでもなさそうである。
 死ぬ気でやらなければ勝てないな。

「動きが単純だ。撃っちまうぞ」

 接近する俺に対し、ジークは再び魔法銃のトリガーを引いた。

 俺は第六感に従って全力で跳躍して宙へと躍り出る。
 光弾が左膝を削った。
 しかし慣性までは殺せず、俺は放物線を描いてジークに迫る。

 掲げた戦斧に力を込めた。
 このままぶった斬ってやる。

「まったく、舐めすぎじゃないかい?」

 小さなぼやきを耳にする。
 軽く屈伸したジークの姿が霞んだ。

 次の瞬間、視界いっぱいにブーツの底が映る。
 そこまで認識したところで、滅茶苦茶な衝撃と共に目の前が黒に染まった。
 身体すべての感覚が消失する。

「…………うぅ、ぐっ?」

 視界が開けた時、木々と夜空が見えた。
 背中にはごつごつとした瓦礫の感触。
 どうやら仰向けで倒れているらしい。

 俺は上体を起こして目をこする。

 数メートル先にジークが立っていた。
 彼は感心した様子で口笛を吹く。

「驚いた。再生能力持ちとは何度か戦ったことがあるが、脳を破壊しても無事とはな。大抵は脳か心臓を潰せば死ぬんだが」

 俺は反射的に頭に触れる。
 特に怪我をした様子はなかった。

 ジークの言葉を信じるならば、彼の蹴りを食らって脳を破壊されたらしい。
 視界が黒くなったのは眼球などその他諸々も潰されて意識が途切れたからだろう。

 俺は起き上がって戦斧を拾う。

(こいつは参ったな。接近戦も対策されているか)

 ジークの格闘術は間違いなく一級品だ。
 遠距離武器を使うならば接近戦は不得手かと思ったが、とんだ勘違いである。

 おまけに再生能力を持つ人間とも戦い慣れている様子だ。
 発言からも明らかで、実際に即死を狙ってきているのでハッタリなどでもない。
 幸いなのは、俺の再生能力が常軌を逸するものだろうか。

 ただ、戦況は依然として劣勢と言わざるを得ない。
 どうにかして打開しなければ。

「ほら、休む暇なんて与えねぇよ」

 ジークはゆらりと魔法銃を構えてノータイムで発砲してきた。

 それを予期していた俺はサイドステップで躱す。
 光弾は脇腹を掠めてコートを裂いた。
 少し肉を持っていかれて痛みが滲む。
 上手くタイミングが合えば、無傷でも凌げそうな気がした。
 もっとも、これを戦闘の中で織り交ぜられるとかなり怪しいが……。

 こちらの懸念をよそに、ジークはせせら笑う。

「まあ、いいさ。四肢をバラバラにして首を刎ねれば問題ない。いざという時は他にも方法はある。じっくり楽しませてもらうさ」

 世間話のように語るジークは、無造作に魔法銃を構え直した。

 そこからは一方的な蹂躙だった。
 戦いにすらならない、ジークの独壇場である。

 魔法銃が瞬くたびに俺の身体が削られた。
 超高速の光弾を見切るのは至難の技だ。
 ステータスの上昇や各種称号のおかげで動体視力や俊敏性は強化されているはずだが、それでもすべてを回避するのは不可能であった。

 光弾を食らいながら接近しても、待っているのは超絶的な格闘攻撃だ。
 的確に脳と心臓を破壊してくる。
 俺が必死に戦斧を振るっても空を切るばかりだった。
 巧みに避けたジークは、何倍もの威力でカウンターを打ち込んでくる。

 まるで勝ち目がない。
 そんなやり取りをどれくらい繰り返していたのだろうか。
 気付けば俺は地に伏せて、目の前のジークに見下ろされていた。

 両脚は半ばほどで断ち切られ、両手もそれぞれ肘と二の腕辺りから先がない。
 既に断面から再生が始まっているが、そのたびにジークの魔法銃が修復箇所を破壊する。
 そのせいで俺は身動きが取れずにいた。

「何の代償もなしにこれだけ再生するとは予想外だ。身体能力も相当だが、所詮はその程度に過ぎない」

「…………」

 俺は反論もできず黙り込む。
 純粋な身体能力なら俺の方が高い。
 それにも関わらずこのような結果になったのは、ひとえに戦闘技術と経験の差だろう。

 ジークが俺の髪を掴んで持ち上げ、互いの視線が水平になるようにした。
 頭皮の痛みに顔を顰めつつ、俺はジークを睨みつける。
 ジークは鼻で笑う。

「おい、なんだその目は。状況が分かっているのか?」

 碧眼に浮かぶ優越感。
 そりゃ気持ちいいだろう。
 無抵抗で何もできない人間を痛め付けているのだから。
 ここから好き勝手に罵倒した末に首を斬り落とせば済むのだ。
 楽しいに決まっている。

 だからこそ俺は、血塗れの口を笑みの形に歪めて、はっきりと"魔弾"の盗賊に告げてやる。

「分かっているよ――俺の勝ちだ」

 言い終える瞬間、俺は肘までしかない片腕を上げて、髪を掴むジークの腕に触れさせた。
 条件を満たしたことで発動可能になった【数理改竄(ナンバーハック)】により、互いのHPを丸ごと入れ替える。
 魔法銃による持続的なダメージと大量出血により、俺のHPは一桁を低迷していた。

 そんな瀕死の状態を押し付けられたジークは、目を見開いてよろめく。

「カッ、は……な、何を……!?」

 先ほどまで余裕綽々だった顔は土気色になっていた。
 外傷はないが、HPが僅かになったことで健康状態を損なったようだ。

 逆に俺は四肢欠損の状態ながらも元気を取り戻す。
 力が漲り、手足も気持ち悪い速度で生えだした。
 先端には早くも赤ん坊のような手と指が形成されつつある。

 最大のチャンスを得た俺は、渾身の力で宙返りをした。
 その勢いのままジークの顎を蹴り砕く。
 所謂サマーソルトキックだ。

「ぐぁはッ」

 ジークは跳ね上がって吹っ飛ぶ。
 血と一緒に何本かの歯が散った。

 髪を手放された俺は地面に転がる。
 落下の痛みを無視して、小さな手足で苦労して身を起こした。

 大の字になって倒れるジークは少しも動かない。
 ステータスのHPは0になっていた。

(いくらなんでも、こんな奥の手は予想できなかっただろうな……)

 息絶えたジークから視線を外し、俺は息を吐きながら脱力した。
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