第16話 侵入
文字数 2,442文字
木々の隙間を縫って疾走した俺は、草陰にて待機していたシルエに声をかける。
「じゃあ、よろしく頼むよ」
「お任せください!」
シルエは力強く返事をすると、低い声で詠唱を始める。
数秒もしないうちに無数の雷球が発生し、一斉に廃砦へと発射された。
闇夜を切り裂く凄まじい爆発音。
盗賊たちの悲鳴が響く。
魔法の成果もそこそこに、シルエはすぐさま駆け足で別の木陰へと移動していった。
彼女にはこうして場所を転々と変えながら魔法の連打を叩き込んでもらう。
廃砦の崩落で驚いている盗賊への追撃だ。
もし発見されたり接近されても、別の魔法で対処可能らしい。
そういった場合に備えた魔法も覚えているそうだ。
万能すぎて見習いたくなるね。
俺も能力値的には魔法が使えるのだろうか。
ちょっとチャレンジしてみてもいいかもしれない。
町に戻ったら、呪文の詠唱を練習してみるか。
さて、シルエにばかり任せてはいられない。
俺も本腰を入れて戦いに行こう。
ステータスの称号欄から【隠れた功労者】【陰の勇者】の効果をオンにする。
この二つは隠密行動やサポート的な立ち回りにおいて、優れた補正をもたらしてくれるらしい。
特に【陰の勇者】は通常時でもそれなりの身体強化や各種耐性を付与してくれるみたいなので、ずっと使っておこうと思う。
「おっ、これは……」
発動した途端、身体が明らかに軽くなる感覚がした。
こんなに劇的に変わるのなら、取得した段階で使っておけばよかったね。
称号の効力を侮っていたよ。
俺は先ほどまでより数段アップした速度で廃砦の裏側へと回る。
シルエからも離れた位置だ。
意表を突くにはちょうどいい。
積み上がった瓦礫の向こうで、数人の盗賊たちが何事かを話し合っていた。
注視してステータスを確認するも、標的である"魔弾"のジークはいない。
内部に設けられた小さな塔はまだ無事なので、あの中に隠れているのかもしれない。
とにかくシルエが敵を引き付けている間に、俺が内部から荒らしていこう。
誰にも見られていないことを確認してから駆け出し、俺は流れるように瓦礫を跳び越える。
そこから手近な盗賊一人の首を抱え込んで、身を捻りながら地面を回転した。
骨の折れる鈍い衝撃。
即死したそいつから素早く剣を奪い取る。
「な、なんだこいつッ!?」
俺に気付いたそばの盗賊が驚く。
動かれる前に剣を振るい、喉頭を深く切り裂いた。
迸る鮮血を避けるように駆け抜けて、次の犠牲者を見定める。
「うぉらぁッ」
横合いで一閃される戦斧。
同時に走る鋭い痛み。
間一髪で躱したつもりだったが、右肩の付け根が抉られていた。
俊敏性の問題というより、俺の戦闘センスの問題だろう。
ここで器用に回避できればかっこよく決まるのだが。
内心で愚痴りながらも、俺は戦斧持ちの懐に潜って剣を突き出す。
剣は切っ先が背中まで貫通した。
戦斧持ちは吐血してあえなく沈む。
食らった肩の傷は既に塞がりつつあった。
「侵入者め、燃えろ……!」
今度は火炎放射が迫ってきた。
見れば少し離れた地点から、杖を持った女が放っている。
火魔法だ。
死んだ味方ごと燃やすつもりらしい。
「危なっ!?」
俺は慌ててバックステップで退避した。
足元を焦がされたが、どうにか直撃は免れる。
かなりの高火力だ。
炙られた死体が黒焦げになっている。
ああはなりたくない。
(だけど、覚悟を決めれば或いは……)
魔法使いを相手にするには、距離を詰めなければいけない。
俺には遠距離攻撃の手段がないからだ。
逃げているばかりではどうにもならない。
一瞬の躊躇いを経て、俺は剣を掲げて全力で魔法使いに突進する。
当然、火炎放射に迎えられた。
すぐさま目の前が真っ白に染まる。
「あぐァッ……!?」
熱いという感覚を軽く凌駕する苦痛。
頭の中が想像を絶する感覚にスパークしている。
けれど、俺は足を止めなかった。
ここで止まれば死ぬと理解していたからだ。
飛びそうな意識を掴んで強引に走る。
がむしゃらに進むうちに炎が止んだ。
気付けば眼前に魔法使いがいる。
驚愕の瞳で俺を凝視していた。
視界の半分ほどが黒くなっているが、そこだけはしっかりと捉えた。
「……っ」
声を出そうとしたが、空気が漏れ出るような音しか発することができなかった。
俺は妙に動かしにくい腕を振り下ろし、握った剣で魔法使いを両断する。
死体を前に、俺は激しく咳き込んだ。
炭臭い煙が口から出る。
俺は剣を手放して仰向けに倒れた。
その拍子に、ベリべりと手のひらの皮が持っていかれる。
(あー……こいつは駄目だ……)
全身火傷という表現すら生温い。
常人ならまず死んでいる。
身体が強張って上手く動かせない。
ミシミシと軋んでいた。
至る所から血が流れている。
しかし、そんな致命傷も数秒もすれば完治した。
「……よいしょっと」
俺はむくりと起き上がる。
ボロボロの皮膚が剥がれ落ちると、シミ一つない肌が顔を出した。
肉体の不調も綺麗に無くなっている。
いつの間にか視界不良も解消されていた。
まさに元気そのものである。
ただ、代償として制服が焼け焦げて穴が開いていた。
リュックサックは背面にあったおかげなのか、幸いにも少し焦げた程度で済んでいる。
俺はなぜかサラサラの髪を掻いた。
「本当、滅茶苦茶な再生力だな……」
それを信じて無謀な突撃を行ったわけだが、いざあっさりと回復してしまうと思うところがあるよね。
好都合なことだから文句はないけどさ。
自らの反則具合に呆れつつ、俺は周囲に転がる武器を集め始めた。