第52話 戦後の勇者たち
文字数 2,616文字
謁見の間での洗脳劇から三日。
俺は整然とした城内の廊下を歩いていた。
財力の窺える一本道を黙々と進む。
細部に目を凝らすと、端々に破損した痕跡があった。
魔法によって急ごしらえの修繕が施されている。
動員された魔法使いが体裁を保つために奔走しているようだ。
イガラシの【過重力 】で崩落した箇所は、損壊具合が酷いのでまだ放置状態だったと思う。
まあ、三日で城内のすべてを直すのは無理だろう。
むしろ今の状態でも十分にすごい。
魔法の利便性を改めて思い知らされたよ。
前方に人影が見えた。
巡回する兵士だ。
彼らは俺の姿を認めると、流れるように廊下の端に寄った。
そして驚くほど揃った動作で王国式の敬礼をする。
「……どうも」
石像のように不動な兵士たちに、俺は軽く会釈をして前を通り過ぎる。
しばらくの間、尊敬と羨望の視線が背中に刺さっていた。
そのことに俺は密かに嘆息する。
国王との対話以降、ずっとこのような調子だ。
端的に言うと、兵士たちから英雄視されているのである。
国を救った最高の勇者だと捉えられているらしい。
あながち間違ってはいないのだけれど、明らかに過剰な態度だった。
(洗脳が効きすぎたのか? 念を入れて強力にしてたもんなぁ……)
だが、洗脳を施していない兵士もあんな接し方をしてくるのだ。
実害はないものの、どういうリアクションをすればいいのか困る。
ちなみにこの場にシルエはいない。
彼女は王城内の書庫にこもっていた。
読みたい本があるらしい。
そんな彼女の要望を、国王は二つ返事で快諾していた。
小耳に挟んだところによると、禁術指定の魔法なんかが記録された書物もあるそうだ。
戻ってきたシルエの戦闘能力が、さらにすごいことになっていそうである。
ただの学生で魔法の一つも発動できない頃からあの知識量と技能なのだ。
今は城内勤務の本職の魔法使いの教えもあるので、さらに洗練されているに違いない。
気を抜くと置いて行かれそうだな。
さすがにそれは格好がつかないので、俺も頑張らないといけないね。
(まずは剣術か。ギルドで先輩冒険者に指導してもらったけど、まだまだ三流だからなぁ。魔法銃を使いこなすための訓練もしたいし……)
考え事をしているうちに、目的に着いた。
俺はとある一室の前で止まる。
扉の前には警備の兵士が立っていた。
彼は俺を見るなり、やはり敬礼と共に扉を開ける。
誰何の言葉もかけてこない。
これが噂の顔パスというやつか。
まさにVIP待遇だな。
どこか他人事のように感心しながら、俺は室内へ入る。
その部屋は簡素かつ広かった。
目に付くのは、数列に渡って並べられた無数のベッド。
ベッドの上には見覚えのある人々がいる。
クラスメートの異能力者たちだ。
彼らはそれぞれ包帯を巻いたりして横になっている。
負傷者ばかりであった。
この部屋は、臨時の医務室として使われているのだ。
さすがに勇者を一般の負傷兵と同じ部屋に入れておくのはどうかという意見があったのである。
正直、予想よりも人数が多い。
あれだけの激戦だから過半数が戦死したものとばかり思っていた。
複数人の高ランクの異能力者が全力で殺し合ったのだ。
薄情な認識かもしれないけど、そう考えるほど凄まじい戦いだった。
俺の入室に気付いた一人が声をかけてくる。
「元気そうじゃないか。良かったよ」
朗らかな表情をしているのはカネザワだ。
彼の周辺には、最初に王城襲撃を画策したメンバーもいた。
この面子が生きているのは知っていた。
死傷者の搬送や確認が行われた際に再会したのである。
正直、死んだものかと思っていたので驚いた。
以前カネザワに聞いた話によると、フロアから落下した際に【液状人間 】で巨大な水になったキタハラが皆を包み込み、さらにナナクラの【空間歪路 】で地上に瞬間移動できたらしい。
おかげであの高さから落ちたにも関わらず、誰も死なせなかったのだとか。
さすが特進クラスの異能力者である。
本当に無事でよかったよ。
カネザワたちの活躍があったからこそ、今の状況が作られているのだ。
表立っては俺とシルエばかりがクローズアップされているものの、真の貢献者は彼らだと思っている。
ちなみにゴウダのグループも半分ほどが生きていた。
死者も少なくなかったが、全滅ではなかったのだ。
聞けばトドメを刺される直前、クジョウが少し慌てた様子でどこかへ消えたらしい。
たぶん俺たちがタウラのもとへ到着するタイミングだろう。
おそらくはタウラが何らかの手段でクジョウを呼び戻したものと思われる。
俺たちの行動で犠牲者が減らせたのは喜ぶべきか。
カネザワと俺の会話を見守るクラスメートたちは、概ね好意的な目でこちらを見ていた。
元の世界にいた頃では考えられなかったことだ。
明らかに見下した態度を取る人間が過半数を占めていたからね。
なんだか複雑な気持ちになるが、あえて口に出すこともあるまい。
別に積極的に絡まなければ済む話だし、この雰囲気に水を差すほど空気が読めない人間でもないのだから。
「あまり長居すると悪いから。それじゃあ、お大事に」
いくらかの会話を経て、俺は微笑みながら退室した。
見張りの兵士に見送られて無人の廊下を進む。
生き残りの異能力者には、まだ勇者の処遇については詳しく話されていない。
負傷中の彼らに余計な不安や考え事を与えないようにという配慮だった。
国王とは悪くない条件で取り決めを行ったから、別に話しても構わないと思うんだけどね。
まあ、異能力者の誰かが情報収集くらいはしているだろう。
それくらいは容易にやってのける連中である。
動けるようになった後にどうするかは彼ら次第だ。
こちらが関与し得る領域ではない。
まあ、俺みたいな人間でも何とかなったのだ。
彼らも自力で何とかするだろう。
「――このまま良い方向へ動いてくれればいいけれど、ね」
この世界の未来に思いを馳せなながら、俺は静かに歩き続ける。
俺は整然とした城内の廊下を歩いていた。
財力の窺える一本道を黙々と進む。
細部に目を凝らすと、端々に破損した痕跡があった。
魔法によって急ごしらえの修繕が施されている。
動員された魔法使いが体裁を保つために奔走しているようだ。
イガラシの【
まあ、三日で城内のすべてを直すのは無理だろう。
むしろ今の状態でも十分にすごい。
魔法の利便性を改めて思い知らされたよ。
前方に人影が見えた。
巡回する兵士だ。
彼らは俺の姿を認めると、流れるように廊下の端に寄った。
そして驚くほど揃った動作で王国式の敬礼をする。
「……どうも」
石像のように不動な兵士たちに、俺は軽く会釈をして前を通り過ぎる。
しばらくの間、尊敬と羨望の視線が背中に刺さっていた。
そのことに俺は密かに嘆息する。
国王との対話以降、ずっとこのような調子だ。
端的に言うと、兵士たちから英雄視されているのである。
国を救った最高の勇者だと捉えられているらしい。
あながち間違ってはいないのだけれど、明らかに過剰な態度だった。
(洗脳が効きすぎたのか? 念を入れて強力にしてたもんなぁ……)
だが、洗脳を施していない兵士もあんな接し方をしてくるのだ。
実害はないものの、どういうリアクションをすればいいのか困る。
ちなみにこの場にシルエはいない。
彼女は王城内の書庫にこもっていた。
読みたい本があるらしい。
そんな彼女の要望を、国王は二つ返事で快諾していた。
小耳に挟んだところによると、禁術指定の魔法なんかが記録された書物もあるそうだ。
戻ってきたシルエの戦闘能力が、さらにすごいことになっていそうである。
ただの学生で魔法の一つも発動できない頃からあの知識量と技能なのだ。
今は城内勤務の本職の魔法使いの教えもあるので、さらに洗練されているに違いない。
気を抜くと置いて行かれそうだな。
さすがにそれは格好がつかないので、俺も頑張らないといけないね。
(まずは剣術か。ギルドで先輩冒険者に指導してもらったけど、まだまだ三流だからなぁ。魔法銃を使いこなすための訓練もしたいし……)
考え事をしているうちに、目的に着いた。
俺はとある一室の前で止まる。
扉の前には警備の兵士が立っていた。
彼は俺を見るなり、やはり敬礼と共に扉を開ける。
誰何の言葉もかけてこない。
これが噂の顔パスというやつか。
まさにVIP待遇だな。
どこか他人事のように感心しながら、俺は室内へ入る。
その部屋は簡素かつ広かった。
目に付くのは、数列に渡って並べられた無数のベッド。
ベッドの上には見覚えのある人々がいる。
クラスメートの異能力者たちだ。
彼らはそれぞれ包帯を巻いたりして横になっている。
負傷者ばかりであった。
この部屋は、臨時の医務室として使われているのだ。
さすがに勇者を一般の負傷兵と同じ部屋に入れておくのはどうかという意見があったのである。
正直、予想よりも人数が多い。
あれだけの激戦だから過半数が戦死したものとばかり思っていた。
複数人の高ランクの異能力者が全力で殺し合ったのだ。
薄情な認識かもしれないけど、そう考えるほど凄まじい戦いだった。
俺の入室に気付いた一人が声をかけてくる。
「元気そうじゃないか。良かったよ」
朗らかな表情をしているのはカネザワだ。
彼の周辺には、最初に王城襲撃を画策したメンバーもいた。
この面子が生きているのは知っていた。
死傷者の搬送や確認が行われた際に再会したのである。
正直、死んだものかと思っていたので驚いた。
以前カネザワに聞いた話によると、フロアから落下した際に【
おかげであの高さから落ちたにも関わらず、誰も死なせなかったのだとか。
さすが特進クラスの異能力者である。
本当に無事でよかったよ。
カネザワたちの活躍があったからこそ、今の状況が作られているのだ。
表立っては俺とシルエばかりがクローズアップされているものの、真の貢献者は彼らだと思っている。
ちなみにゴウダのグループも半分ほどが生きていた。
死者も少なくなかったが、全滅ではなかったのだ。
聞けばトドメを刺される直前、クジョウが少し慌てた様子でどこかへ消えたらしい。
たぶん俺たちがタウラのもとへ到着するタイミングだろう。
おそらくはタウラが何らかの手段でクジョウを呼び戻したものと思われる。
俺たちの行動で犠牲者が減らせたのは喜ぶべきか。
カネザワと俺の会話を見守るクラスメートたちは、概ね好意的な目でこちらを見ていた。
元の世界にいた頃では考えられなかったことだ。
明らかに見下した態度を取る人間が過半数を占めていたからね。
なんだか複雑な気持ちになるが、あえて口に出すこともあるまい。
別に積極的に絡まなければ済む話だし、この雰囲気に水を差すほど空気が読めない人間でもないのだから。
「あまり長居すると悪いから。それじゃあ、お大事に」
いくらかの会話を経て、俺は微笑みながら退室した。
見張りの兵士に見送られて無人の廊下を進む。
生き残りの異能力者には、まだ勇者の処遇については詳しく話されていない。
負傷中の彼らに余計な不安や考え事を与えないようにという配慮だった。
国王とは悪くない条件で取り決めを行ったから、別に話しても構わないと思うんだけどね。
まあ、異能力者の誰かが情報収集くらいはしているだろう。
それくらいは容易にやってのける連中である。
動けるようになった後にどうするかは彼ら次第だ。
こちらが関与し得る領域ではない。
まあ、俺みたいな人間でも何とかなったのだ。
彼らも自力で何とかするだろう。
「――このまま良い方向へ動いてくれればいいけれど、ね」
この世界の未来に思いを馳せなながら、俺は静かに歩き続ける。