第29話 陰の支配者

文字数 2,540文字

(――敵か!)

 状況からそう判断した俺は、反射的に魔法銃に手を伸ばした。
 至近距離から光弾の連射で殺す。
 民衆の中だろうと知ったものか。

 相手は高ランク異能力者だ。
 遠慮をしてはこちらが死ぬのだから。
 見ず知らずの他人を気にしていられる余裕などない。

 そうして今まさに発砲しようとした手を掴んで止められた。
 目の前にいるカネザワ・シンヤの仕業である。

 癖のある黒髪に三白眼。
 社交性を消し去ったかのような暗い表情。
 一見すると機嫌が悪そうに見えるが、それが平常運転であることを俺は知っていた。
 カネザワはちょっとダウナーなヤツなのだ。

 彼は低い声で言う。

「俺は敵ではない。事情は後で話す。とにかく付いてきてくれないか」

 カネザワの背後には他にも三人のクラスメートがいた。
 揃って深刻そうな表情をしている。
 脅迫といった感じではないものの、安易に断れない雰囲気なのは確かであった。

(さて、どうするか……)

 俺は彼らの異能力もしっかりと覚えている。
 おそらくは抵抗しても無駄だろう。

 後ろの三人はそれほどの脅威ではないが、カネザワは危険すぎる。
 彼が本気になれば、今の俺でも勝てない可能性が高い。
 スピードに任せて攻撃したら倒せるかもしれないけれど、リスクがあまりにも高かった。
 慎重に動くのが賢明だろう。

 それにカネザワたちは、おそらく敵ではない。
 何より俺を殺したり拘束するだけなら、声をかける前の段階で襲ってきたはずだ。
 少なくとも問答無用で仕掛けてくるような連中ではないらしい。

 俺はシルエに目配せをしつつ、カネザワに頷いてみせる。

「分かった。信じるよ、一応」

「すまない。じゃあさっそく付いてきてくれ」

 カネザワの先導で連れてこられたのは、一軒の古びた家屋だった。
 場所としてはスラム街の中ほどにあたる。
 些細なことで倒壊しそうなほどに寂れているが、周りの建物群に比べればまだ幾分かはマシだった。

 治安も相応に悪いようで、あちこちから嫌な視線を覚える。
 無視すればいいのだが、何か粘質というか不快な感じだった。
 少なくともあまり長居したいとは思えない場所である。

 家屋の中に招かれた俺たちは、リビングらしき部屋に通された。
 ここもいつ床が抜け落ちるか不安になる有様で、天井にも穴が開いている。
 欠陥住宅とかそういうレベルじゃない。
 ほとんど廃墟である。

「よく来てくれた。ここは俺たちのアジトなんだ」

 カネザワは壁にもたれかかりながら言う。
 他のクラスメートも、各々が床に座り込んだり調度品に座ったりしていた。
 自由に寛げということか。
 俺とシルエは彼らに倣って壁にもたれる。

 俺はカネザワに問いかける。

「なぜ俺たちに接触してきた。そもそも、お前らはどの立場にいる?」

「少なくとも敵ではないと思ってくれていい。味方かどうかはこれから決まる」

 カネザワはそこで一拍の間を置く。

 彼の視線が俺へと向いた。
 何かを探るような色を帯びている。
 俺は真っ直ぐに視線を返した。

 すると彼は、少し思案しながら話し始める。

「――単刀直入に言おう。王と始めとしたこの国の中枢部は支配された。他ならぬ、勇者の手でな」

「知っている。タウラの異能力だろう?」

「そうだ」

 カネザワは頷く。

 タウラ・マコトの異能力は【幻々脳離(リフレッシュ)】と呼ばれている。
 Aランクの異能力で、その効果は洗脳だ。
 彼女が生み出したネジを頭部に刺し込まれた者は、無自覚のままに操られてしまう。
 やや面倒な手順を踏むだけに、その効力は絶大だ。

 元の世界では異能力犯罪への対策措置が徹底されており、無闇に悪用できる環境ではなかったが、この世界ではそんなことなど関係ない。
 彼女は勇者としての地位だけでは納得せず、王国そのものを欲したらしい。

「おまけにタウラは、召喚に伴って【能力偽装】【精神魔法】【魅了】【隠密行動】のスキルも得ている。さっきの映像にも【精神魔法】と【魅了】の効果が仕込まれていた」

 カネザワの補足を聞いて、俺は露骨に顔を顰める。

 最悪の組み合わせじゃないか。
 どう考えても、元の異能力と相性が良すぎる。
 直接的な戦闘能力は低そうだが、厄介さで言えば随一だろう。

 それにしても、空の映像を見ている時に頭に違和感を覚えたのはそのせいか。
 【精神魔法】と【魅了】の合わせ技を食らっていたらしい。
 ステータスを確認するも、特に異常は見当たらなかった。
 俺の場合は再生能力で自動的に回復するようだ。
 外傷だけではなく、こういった部分もカバーしてくれるのは非常にありがたい。
 過信はできないものの、俺に洗脳に類する攻撃は効かないと考えてもよさそうだ。

 ちなみにシルエも無事そうだった。
 訊けば彼女は、日頃からあらゆる防御魔法を自分に付与して、そういったものを弾いているらしい。
 できる子すぎる。

「召喚された当初、いち早く自分のスキルに気付いたタウラは【能力偽装】で自分の所持スキルを見かけだけ変更したんだ。それまでにチェックを受けた生徒の能力を参考にしたのだろう。無難な剣士系の勇者として判定されたタウラは、その日から城内の人間を次々と洗脳し始めた。俺たちクラスメートはやつの異能力を知っているから警戒していたが、城の連中はそうもいかない。気が付けば俺たちに周りは敵だらけで、策略にはまった人間は次々と洗脳されていった。タウラが本格的に動き出してから逃走に成功したのは、俺たちくらいだろう」

 カネザワは悔しげに語る。

 王城は想像以上に酷い状態らしい。
 ノザカたち三人の勇者は、早期の離脱で幸運にも被害を免れたのだろう。

 険しい表情のカネザワは、吐き捨てるように言う。

「強大な戦力を手にしたタウラは、大々的に戦争を始めるつもりだ。綺麗ごとで誤魔化していたが、実際は惨たらしい侵略戦争だ。あいつは元の世界に帰りたいわけではなく、この世界の支配者になるつもりなのだろう……」
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