第36話 洗脳される者

文字数 2,166文字

 上階へ向かう俺たちを迎えたのは、モーターの喧しい稼働音だった。
 階段の上から誰かが落下してくる。

 それはクラスメート兼勇者の一人だった。
 手には大型のチェーンソーを掲げている。
 ホラー映画なんかに登場する、本来は木を伐採するための機械だ。
 モーター音の正体はこれだったらしい。

(奇襲か……ッ!)

 俺は魔法銃で反撃しようとして中断する。
 その場から飛び退くことで回避に専念した。

 たとえ光弾で迎撃しても、チェーンソーは止まらない。
 あんな高速回転する刃なんて食らいたくなかった。
 かと言って防御するのも難しい。

 しかし、距離を取る俺と入れ替わるように飛び出す人間がいた。
 【液状人間(ヒューマンリキッド)】のキタハラだ。
 彼女は尖らせた氷の腕でチェーンソーの振り下ろしを防ぐ。
 衝突と同時にチェーンソーがガリガリと凄まじい音を立てながら氷を削り飛ばした。

 俺は魔眼でキタハラの状態を確かめる。
 どうやら【液状人間(ヒューマンリキッド)】で腕だけを液体にして形を変え、そこを勇者スキルの【氷魔法】で氷結させたようだ。
 異能力と魔法の合わせ技か。 
 よく考えられている。
 異能力の分だけ魔力消費を抑えられるし、魔法の操作も単純になるだろうからね。
 即席の戦法としては十二分に有効だろう。

「私だって、戦えるんだからッ!」

 キタハラは氷の腕を振り払い、チェーンソーを押し退ける。
 今のを凌ぐとは、なかなかやる。
 俺が同じように立ち回ったら防御ごとぶった切られてもおかしくない。
 凍らせた腕はかなり頑丈になっていたようだ。

 初撃を防がれて距離を取る勇者。
 風邪用マスクをつけたそいつは、虚ろな眼差しを俺たちに向けていた。

 ササジマ・ジュン。
 それが彼の名だ。

 【電動回転鋸(ザ・チェーンソー)】という異能力を持つBランク異能力者である。
 その効果はシンプルで、物体から質量を奪ってチェーンソーを生み出すというものだ。

 ササジマのステータスには「状態:洗脳」が表示されていた。
 早期に洗脳されて操り人形の戦力になっているのか。

 哀れに思うが、容赦はできない。
 ササジマの異能力はストレートに危険だ。
 ちょっとした油断で致命傷を負わされてしまう。

「…………」

 ササジマはチェーンソーを掲げて斬りかかってきた。
 一切の躊躇いもない。
 完全に自我を失っている。

 そこへカネザワが【収集癖(コレクション)】を発動した。
 チェーンソーが飴玉になり、さらにササジマの頭から飴玉が飛び出す。
 武器を奪うと同時に洗脳も解除したようだ。

「うぐぅ……」

 ササジマが辛そうな表情で呻いた。
 彼は屈んで床に手を置く。
 すると、触れた部分がどんどん凹み、代わりにチェーンソーが形成され始めた。
 ササジマはそれを掴み取り、こちらに再び突進してくる。

「おいおい、洗脳は解けたはずだろう!?」

 驚く俺は彼のステータスを確認する。
 新たに「状態:混乱」とあった。
 洗脳解除による負担が大きかったようだ。

(仕方ないか……)

 チェーンソーの間合いに入る前に、俺は魔法銃を撃ち込む。

 光弾を受けたササジマは怯んだ。
 ところが、尚もこちらへ駆け寄ってきたので、チェーンソーを握る手を蹴飛ばして後方へと放り投げる。
 ササジマは階段を転がり落ちていった。
 下まで落ちた彼はしっかり気絶していた。
 放っておいても大丈夫そうだ。

 俺は彼の落とした飴玉を拾う。

「まったく、次から次へと……」

 その時、シルエが警告の声を上げた。

「気を付けてください! 誰かがすぐそこまで接近しています!」

 言い終えると同時に彼女は魔法を放射する。

 白い煙が辺りに充満しだした。
 すると、煙の中にくっきりと人型が浮き上がる。

 一見すると誰もいないはずなのに、だ。
 まるで透明人間でもいるような……。

 そこで俺は思い出す。
 特進クラスには該当する異能力者がいたのだった。

 俺は煙の中を歩く人型を凝視する。
 案の定、ステータスが表示された。

 人型の正体は、俺の予想通りの人物だった。
 イリハマ・ココネ。
 Bランクの異能力【不可視体(インビジブル)】を使う曲者だ。
 効果は単純で透明人間になることである。
 しかも触れている任意の物体も透明にできるので、衣服等を着たままでも異能力を行使可能だ。
 ちなみに彼女は洗脳されていなかった。

 イリハマは堂々と闊歩しながらこちらに近付いてくる。
 その手には刃物らしきものがあった。
 煙のおかげでぼんやりと形状が分かる。
 透明なままで俺たちを暗殺するつもりだったらしい。

 俺は魔法銃でイリハマを射撃する。

「きゃああっ!?」

 イリハマは悲鳴を上げて倒れる。
 透明化が解けて、血まみれの彼女の姿が露わになった。

 俺は棍棒を片手にイリハマに歩み寄る。
 イリハマは苦しげな表情で見上げてきた。

「あ、あんたらじゃ、絶対に、勝てない、よ……」

「やってみなきゃ分からない」

 即座に答えを返しながら、俺はイリハマに棍棒を振り下ろした。
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