第26話 彼女の決意

文字数 2,724文字

 数日後の昼。
 俺は冒険者ギルドへ向かっていた。

 何か依頼を受けるためだ。
 また手頃な賞金稼ぎの依頼でもないだろうか。
 "魔弾"のジークのような大物クラスは滅多にない。
 別にしばらく働かずとも問題ないほどの蓄えができたが、せっかくなのでどんどん冒険者として活動したい。
 異世界の知識も得られるしね。
 まだまだこの世界については知らないことがたくさんある。
 積極的に触れて学ぶべきだろう。

(賞金稼ぎの他だと、魔物討伐が無難かなぁ)

 魔眼でステータスを確かめられるので薬草採取などもできる。
 そろそろこの町を出て行くつもりなので、護衛なんかの依頼もいいかもしれない。
 魔法銃を駆使すれば、大抵の敵は接近される前に仕留められるだろうし。

 こうして考えると、俺って意外と冒険者に向いているのかな。
 もう少し能力値を上げられれば、安定した生活を送ることができそうだ。

 そんなことを考えているうちにギルドに到着した。
 建物の前に見覚えのある姿がある。

 シルエだ。
 彼女は軽い足取りで駆け寄ってくると、じっと上目遣いで見つめてきた。

「食事、奢っていただける約束でしたよね?」

 静かに微笑む姿を前に断ることなどできず、俺たちは近くの軽食屋に移動した。
 それぞれ料理を頼んだところで、シルエが話しを切り出す。

「魔法学校は自主退学しました。あれだけの騒ぎを起こした以上、在籍し続けるのは難しそうだったので」

「そう、なんだ……」

 俺は歯切れの悪い相槌を打つ。

 それは悪いことをしてしまった。
 完全に俺のせいだ。
 頭を下げて素直に謝罪する。

「ごめん。俺がやりすぎたからだ」

「いえ、全然大丈夫です。むしろスドウさんには助けてもらってばかりですよ。感謝の気持ちしかありません。自主退学については前々から考えていたことなので、ちょうどよかったんです」

 それからシルエは穏やかな口調で、魔法学校関連の出来事を教えてくれる。

 あの決闘に関わった四人の生徒たちは、療養を名目に学校に来なくなったらしい。
 噂によれば幽閉されたり、勘当されたそうだ。

 彼らは家を継ぐ長男でもないので、そういう扱いなのだという。
 元々、魔法学校に通わせていたのも将来的に家を継げない身ながらも生計を立てられるようになるための配慮とのことだった。
 それにも関わらず、好き勝手に振る舞うどころか、申し込んだ決闘で卑怯な手法を取った挙句に大敗したのが親の怒りを買ったとのことである。

 決闘というのは、俺の思っている以上に意味が重たいものだったらしい。
 この辺りの感覚はあまり馴染みがないので分かりにくいものの、道理はだいたい理解できた。
 家の看板に泥を塗る行為だもんね。
 そういう部分を大事にする貴族からしたら、とんでもない愚行なのだろう。

 さて、これらのことは実はシルエから聞くより前に知っていた。
 あれだけ派手にやらかした以上、報復があってもおかしくないと思い、町の情報屋を介して事の顛末を調べたからだ。
 それなりの出費となったが、幸いにも資金はたんまりとあるので問題なかった。
 今も金貨数十枚が魔法の鞄の中にある。
 財宝も含めれば結構な資産だ。
 賞金稼ぎとはなかなか実りの良い職業だと思う。

 まあ、それはさておき。
 報復の可能性を考えた俺は情報屋を利用したわけだが、結論から述べるとそれは杞憂に終わった。
 あの生徒たちの親――つまりは貴族たちは俺を恐れているようなのだ。

 原因は生徒たちの能力値である。
 弱体化が状態異常ではないことが問題になったらしい。

 状態異常なら解除できるが、俺の【数理改竄(ナンバーハック)】は、数値を入れ替えている。
 つまり、それが本来の値となっている。
 この性質が相当な脅威と見られたみたいなのだ。

 さらに決闘が終わった後、やって来た野次馬が俺の魔法銃を目撃していた。
 "魔弾"のジークが倒されたという噂を加味して、俺がジークを倒した賞金稼ぎだと断定したそうだ。

 人間の能力値を恒久的に下げられるスキルを持ち、さらには"魔弾"のジークを討伐するほどの手練れ。
 貴族たちから見た俺の評価は、そういった感じのものであった。
 加えてステータスも隠蔽されているせいで正確な実力も測れず、下手に手を出すのは危険だという結論に落ち着いたらしい。

 貴族たちも、世継ぎでもない子供の報復のために余計なリスクを背負いたくないのだろう。
 むしろ有能な戦力としてスカウトしようと計画している貴族もいるらしい。
 それはちょっと面倒臭いが、思ったよりも平穏な顛末で良かった。

 あんな生徒だから親も酷いのかと思ったら、意外にも賢明な人間が多いみたいだね。
 俺も無闇に敵を作りたいわけじゃないから安心である。

 それでも報復は少なからずあるだろうけど、その時はその時だ。
 何とかしてみせよう。

 余談だが、あの決闘を経験したことで称号欄に【魔弾の操銃者】が追加されていた。
 個人的には連射性能に任せて光弾をばら撒いただけなのだが、別にあって困るものではないので有難く受け取っておく。
 魔法銃による射撃全般に補正が入るみたいなので地味に嬉しい。

「私、今度は冒険者として生きていこうと思うんです」

 シルエの一言で回想から現実に引き戻される。
 冒険者になるのか。
 ちょっと意外だ。

 実力はあるものの、彼女は荒事を好まない印象であった。
 冒険者は粗暴な人間が大多数だ。
 そんな界隈にシルエが自らの意志で所属しようとするとは思わなかった。

 彼女はこちらに身を乗り出すと、真剣な表情で懇願する。

「もし……迷惑でなければ、スドウさんとパーティを組めたら嬉しいです。落ちこぼれだった私を変えてくれた恩返しをしたいんです。駄目でしょうか……」

 真っ直ぐな眼差しがこちらの言葉を待つ。
 答えは一つしかなかった。

「もちろん大丈夫だよ。俺としてもシルエが仲間になってくれるなら頼もしい限りさ」

「あ、ありがとうございますっ!」

 感極まったシルエに抱き締められる。
 オロオロしていると、周りから視線を感じた。
 室内の他の客が生暖かい目で俺たちのやり取りを眺めていた。

(見世物じゃないぞ、と言ってやりたいけど……今は野暮か)

 出かかった文句を呑み込み、シルエの背中を優しく叩く。

 ――こうして俺は、異世界で初めての仲間ができた。
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