第37話 挫けぬ精神

文字数 4,072文字

 俺たちはタウラを目指してひたすら進む。

 カネザワによると、依然として彼女の現在地は変わっていないそうだ。
 広間に閉じこもっているのだという。

 俺たちがそこまで辿り付けないと高を括っているのだろうか。
 まあ、これだけの戦力を揃えているのだから当然だと思う。
 普通は突破できないだろう。

 そういえば【不可視体(インビジブル)】のイリハマを倒した後くらいから、兵士や異能力者による妨害頻度が心なしか緩やかになっていた。
 あれから何度か交戦を経たが、倒し切ったと言えるほどの数ではない。
 まだまだ敵が殺到してもおかしくないくらいだ。

 俺はその旨をカネザワに尋ねてみる。
 彼ならば【人物検索】によってリアルタイムの情報を把握できるからだ。

 こちらの疑問に対し、カネザワは硬い口調で答える。

「兵士たちの大部分が、ゴウダたちのグループの対応に向かっている……異能力者も、動揺の動きが多いな。ただ、俺たちのルートに合わせて待ち構える者も、いる。何人かは避けられない地点だ」

 返答が途切れ途切れなのは、現在進行形で戦況を調べているからだろう。
 便利なスキルなだけに、使用には相応の集中力を要するみたいだ。
 それでも勇者スキルの中ではトップクラスだろう。
 シルエの魔法と合わせればほぼ完璧な索敵網となり得る。
 直接的な戦闘能力には直結しないものの、今の状況では不可欠な人材だった。

 その後も俺たちは比較的順調に進む。
 多少の負傷者は出たが、治癒できる程度に収まっていた。
 俺は何度か致命傷を受けたものの、今は無傷なのでノーカウントだろう。
 これくらいは十分に許容範囲内である。
 適材適所というやつだ。

(このまま大きなトラブルもなく辿り着けたらいいなぁ……)

 現在進行形で大きなトラブルと称するに値する状態なわけだが、もう今更な話だ。
 これでもまだ最悪ではない。
 ドラゴンと殴り合った時ほどの絶望感はなかった。
 あれに比べれば気楽なものである。

 そんなポジティブ思考が影響したのか定かではないが、快調な進行もここまでらしい。
 タウラのいるフロアまでもう少しというところで、シルエとカネザワから同時に待ったがかかる。
 ちょうど階段を上りきるタイミングだった。

「大量の魔力反応です。特に罠の気配はありませんが、いつでも魔法を放てるように備えているようですね」

「曲がった先に二十人の魔法使いと異能力者がいる……イガラシ・サイカだな」

 俺はその報告を聞いて顔を歪めた。
 二十人の魔法使いも厄介だが、それ以上にイガラシの存在が無視できない。

 彼女の異能力は【過重力(グラビティーフォース)】といって、目視範囲内の重力を増幅させるというものだ。
 重力操作系の中でもトップレベルの強さを誇る。

 とにかく出力が桁違いなのだ。
 フルパワーで発動すれば、空間にすら干渉するらしい。
 周りに超重力の空間を作って防御フィールドを形成することもできる。
 レーザー光線の軌道を捻じ曲げるのを見たこともあった。

 そういった所業から、Aランク異能力者の中でも上位と言われている。
 一部ではSランク指定でもいいのではないかとまで評されていた。

(まずいな、どうしようか……)

 相手は待ち伏せしている。
 しかし、ここを迂回するとなると、かなり時間がかかってしまう。
 悠長なことをやっている暇はないのだ。
 できれば魔法使いたちとイガラシを倒して突破したい。

 ただし、出会い頭に【過重力(グラビティーフォース)】を食らえば終わりだ。
 人体強度を遥かに超えた負荷でミンチにされる。

 常人ならそれで即死だろう。
 再生できる俺も、重力をかけられ続けたら身動きが取れない。
 どのみちゲームオーバーである。

 話し合いの結果、俺とシルエとカネザワが対処することになった。
 大人数で向かおうが一網打尽にされると分かっている以上、最速かつ殲滅力の高いメンバーにした。

 作戦はこうだ。
 まず俺がカネザワを掴んだまま跳び上がり、イガラシたちの前に躍り出る。
 跳び上がるのは、相手を見下ろす形になることで少しでも視界を確保するためだ。

 そこからカネザワの【収集癖(コレクション)】でイガラシを瞬時に無力化。
 目視し続けてもらうことで異能力を封じ、その間に俺とシルエで魔法使いを排除する。

 現状、これがベストだろう。
 下手に人数が増えると乱戦になって射線が遮られてしまう。
 最悪なのがカネザワがイガラシを目視できなくなることだ。
 それはすなわち【過重力(グラビティーフォース)】の発動を意味する。
 実質的には【収集癖(コレクション)】の発動を維持させるのが仕事だった。

 簡潔に手筈を確認してから、俺たちは作戦を実行に移す。

(多少のリスクはあるけどやむを得ない。やってやるぞ)

 決心した俺はカネザワの腕を掴んで跳躍する。
 上昇した物理攻撃力の恩恵で、こういった力技も容易だ。
 跳び上がると同時に長い廊下に出た。

 浮遊感と共に宙を跳ぶ中、十メートルほど向こうに魔法使いたちを認める。
 その奥にイガラシが佇んでいた。

 俺は彼女のステータスを閲覧して、眉を寄せる。

(洗脳されている……?)

 イガラシは能面のように無表情だった。
 その頬を涙が伝う。
 彼女が俺たちへと手をかざした。
 重力波で叩き潰すつもりだ。

「――させるか」

 その前にカネザワが【収集癖(コレクション)】を使い、イガラシの異能力を不発にさせる。
 彼女の手からポロポロと飴玉が落ちた。
 増殖する飴玉は床を転がっていく。
 つまり、この間も異能力を発動させようとしているのだろう。
 その事実にぞっとする。

 魔法使いたちは、杖をこちらに向けて魔法を発動しようとしていた。
 そこへ無数の突風が炸裂する。
 シルエによる援護だ。
 彼女は壁の陰から杖と顔だけを出していた。

 強力な風魔法の連打により、魔法使いたちは吹き飛ぶ。
 前衛を担う魔法使いが消えてイガラシの守りが手薄になった。

(よし、あとはイガラシを無力化するだけだ……!)

 俺は空中で魔法銃を構えて狙いを定める。
 残念ながら加減はできそうにない。
 全力を以て撃ち殺そう。

 その時、濃い霧のようなものがイガラシの姿を覆い隠した。
 見れば倒れた魔法使いの何人かが杖を持っている。
 倒されながらも気力で魔法を行使したようだ。
 おそらく【収集癖(コレクション)】対策を事前に教え込まれていたのだろう。
 まんまとやられたわけだ。

(イガラシの姿が目視できなくなった……マズいッ)

 嫌な予感を覚えるのと同時に、床がミシリと軋んで亀裂が走る。
 破壊の兆候は加速度的に広がって壁や天井までもを侵蝕した。
 そばの柱が半ばで折れて粉砕する。

(くそ、このフロア全体に超重力をかけたのか……ッ!)

 イガラシは俺たちの足止めを命じられたのだろうが、洗脳されているせいで加減ができていないのだ。
 まるで命令を全力で遂行しようとするロボットである。

 そうして着地すべき床が崩落した。
 階段にいた他の仲間たちも巻き込まれて落下していく。
 倒れていた敵の魔法使いや、異能力を行使するイガラシ自身の姿も見えなくなる。

 徐々に落下を始める身体。
 下を見れば、どこまでも床がなかった。
 現在進行形で王城の床が崩れて掘り抜かれていく。

 滅茶苦茶だ。
 敵味方など関係ない無差別的な攻撃である。
 こんなものに抗う術など持ち合わせていなかった。

(畜生、ここで落ちるわけにはいかないのに……)

 伸ばした手は虚しく宙を掻く。
 このまま地面に激突してもたぶん死なないだろうが、もう確実に再起不能になる。
 たとえ再生できたとしても、そこからタウラのもとへ赴けるのか。
 俺一人しか生き残れないのに。

 駄目だ、やられた。
 どうやっても詰んでいる。
 ゴウダたちに任せて俺は退場するしかないのか。

 諦めの感情が過ぎったその時、背中に強い力が加わった。
 俺は仰け反りながらも上方へ打ち上げられる。

 振り向くとカネザワの姿があった。
 口元が僅かに動いている。
 まるで何かを噛み砕くような動作。
 【斥力(リパルション)】の飴玉で俺を弾き飛ばしたのだと悟る。

 彼は真剣な表情で叫んだ。

「後で、追い付くッ! 先に行け!」

「…………っ」

 俺は出かかった言葉を呑み込み、黙って頷く。

 【斥力(リパルション)】によって飛ばされた俺は、崩落を免れていた床の縁にギリギリで掴まる。
 そこからなんとか這い上がった。

 連鎖的に鳴り響く轟音。
 このフロアから直下箇所が次々と崩落しているようだ。
 濛々と立ち込める砂煙のせいでどうなっているかは確認できない。

 そばには疲労した表情で座り込むシルエがいた。
 彼女は暗い表情で頭を下げる。

「すみません、突然のことだったので他の方々を助ける余裕がありませんでした……」

「いや。仕方ない、よ。むしろ……あの状況を自力で脱したことに驚きだ」

 それは紛うことなき本心だった。
 他の仲間は残らず落下したと思っていた。
 事実、シルエ以外の姿は見られない。
 敵も見当たらなかった。

「――さて。行こうか」

「はい!」

 俺はゆっくりと立ち上がる。
 砂埃を払い落として魔法銃を構え直した。
 肉体の損傷はない。
 ステータスにも異常はなかった。
 万全の状態である。

 ならば、やるしかない。
 犠牲が出たのは事実だが、元より過酷な選択であることは承知の上だった。
 目的遂行に尽力することこそが、残った者の責務だろう。

 俺はシルエと共に次のフロアに繋がる階段へと進む。
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