第40話 腐竜の進撃

文字数 2,338文字

「おいおい、反則だろう……」

 現れたドラゴンに俺は恐怖を通り越して呆れ果てる。

 王城になんてものを飼っているんだ。
 しかもここは上階だぞ。
 暴れ出したらひとたまりもないだろう。
 それこそ被害はイガラシの【過重力(グラビティーフォース)】と同等のものに違いない。
 いくら戦力になるからって無茶苦茶すぎる。

「あっはっは、はっはぁ、はは!」

 シマザキはケラケラと楽しそうに笑っていた。
 彼女は両手を広げると、ふらふらと室内を彷徨い始める。
 もはや現実が見えていないようだ。

 それなら大人しくしてほしいものだが、ドラゴンは元気よく動いている。
 彼女が【屍起覚醒(ネクロマンシー)】を発動しているからだ。
 本能的に使っているのだろうけど、本当に迷惑極まりない。

(それにしても……やっぱり見間違えじゃなさそうだな)

 隣室からのっそりと出てきたドラゴンの姿に、俺は記憶を遡る。

 容貌は随分と変わってしまっているが、こいつはかつて俺が殺したドラゴンだ。
 召喚された当初、高い能力値を求めて戦いを挑んだのである。
 あの時のことは忘れたくても忘れられない。
 死に物狂いで殴り殺したからな。
 そこで獲得した再生能力は今でも非常に役に立っている。

 ステータス上ではドラゴンゾンビという種族らしい。
 生前を比べれば大幅に弱体化しているものの、それでもすべての能力値が四桁に達していた。
 平均すればだいたい1500くらいか。
 十分すぎるほどに強力な魔物だ。

「まさか、アンデッド化したドラゴンなんて……」

 シルエは怯えていた。
 彼女は息を呑んでドラゴンゾンビを見上げている。
 さすがの彼女でも恐怖するのか。
 ドラゴンという存在はそれだけ圧倒的なものということだろう。

 俺は震えるシルエの肩にそっと手を置く。

「大丈夫だよ。絶対に倒せる」

「スドウさん……」

「ほら、お手本を見せてあげるよ」

 そう言って俺は、シマザキに向かって射撃した。

 すると、前脚を動かしたドラゴンゾンビが光弾を防ぐ。
 ヒガタの時と同様、主人を守るようだ。

 ただし光弾を受けた箇所はじりじりと焼け爛れていた。
 生前と比べて防御力が落ちているもんな。
 魔法銃の威力でも有効打は与えられそうだ。

 その様を指しながら俺はシルエに笑いかける。

「ね? 別に倒せないレベルのやつじゃない。シルエと俺なら勝てるさ」

 シルエの返事を待たず、俺は前方に駆け出す。
 ダメージを受けたドラゴンゾンビが襲いかかってきたからだ。
 まずは俺が囮となってみせよう。

 俺は魔法銃の乱射をドラゴンゾンビに浴びせる。
 光弾が炸裂するたびに腐肉が飛び散った。
 悪臭が鼻腔を突く。
 全身が腐り果てているせいで、本当に壮絶な臭いを漂わせていた。
 室内に鎮座されるだけで気分が悪くなってくるよ。

 大きく口を開けたドラゴンゾンビが噛み付いてきた。
 声帯が機能していないのか、咆哮を上げたりはしない。
 鈍重で腐敗した見た目とは裏腹にかなりの速度だ。

「おっと」

 俺はギリギリで飛び退く。

 眼前で噛み合わされた牙が火花を散らした。
 そこへカウンターの光弾を叩き込む。

 ドラゴンゾンビの顔面が爆ぜた。
 総合的な能力値は俺が劣っているものの、相手はアンデッドで知能が低い。
 機械的に攻撃してくる以上、気を付けていれば迎撃可能だった。

 ひりつくような緊張感はあるものの、絶望を覚えるほどではない。
 異能力者と戦う方がよほど大変である。

 さらなる追撃を仕掛けようと思った時、ドラゴンゾンビの横っ腹が大きく裂けた。
 シルエの魔法だ。
 距離を取った彼女が、巨大な風のカッターを撃ち出したのである。

 その表情は決意と勇気に固まっていた。
 上手く恐怖を克服してくれたようだ。

 続けざまにシルエは無数の火球を放って傷口から体内を焼き焦がす。
 ドラゴンゾンビの胴体に大穴が開いた。
 腐液がどろどろと零れる。
 膨大なHPが目に一気に減った。

 ドラゴンゾンビの首が旋回し、原型を失った頭部がシルエを睨む。
 大ダメージを前にターゲットを切り替えたようだ。

 これはチャンスである。
 その隙に俺は突進してドラゴンゾンビの前脚にしがみ付いた。
 べちゃりとした腐肉の感触に顔を顰めるも、我慢してステータスを展開させる。

 ドラゴンゾンビの能力値を把握した時点で、どうやって仕留めるかは決めていた。
 当時はできなかったことを挽回しよう。
 俺は自分自身の異能力を発動して、望む結果を起こす。

 ドラゴンゾンビはシルエを攻撃するのに必死で、脚に張り付いた俺には見向きもしない。
 まあ、ダメージを与えるような攻撃はしていないもんな。
 振り落とされないようにだけ注意しておけば、あとは悠々と作業ができる。

 異能力を発動してから約十秒。
 満足した俺はドラゴンゾンビの脚から離れた。
 床を転がりながら着地して微笑む。

 ドラゴンゾンビがこちらを見た。
 本能的に何かを察知したのか。
 もっとも、すべてはもう手遅れなのだが。

 紫炎を灯すその顔面に、俺は魔法銃の照準を定めて発砲する。
 光弾の連打がドラゴンゾンビの頭部をあっさりと消し飛ばし、余波で巨大な体躯をも粉砕した。
 極限まで低下したHPは速やかに0になる。
 ドラゴンゾンビは端から瞬く間に灰と化して消滅していった。

 俺は魔法銃を下ろして呟く。

「――【数理改竄(ナンバーハック)】。ドラゴンゾンビの能力値を総取りをさせてもらったよ」
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