第24話 行き過ぎた悪意
文字数 2,555文字
張り詰めた雰囲気の中、シルエは恐る恐る話を切り出す。
「あの、約束の金貨五十枚を持ってきました」
彼女は魔法の鞄から金貨入りの樽を取り出してみせた。
じゃらじゃらと硬貨が鳴る。
地面に置かれたそれは重厚感があった。
中身を改めずとも、彼女の言葉が本当であると物語っている。
「なっ……!」
「嘘だろ!?」
樽を目にしてざわつく生徒たち。
シルエが本当に金貨五十枚を持ってくるとは思っていなかったのだろう。
それだけ法外な額だからね。
今回は大盗賊の財宝を根こそぎ奪うことで達成できたが、普通なら返済など到底不可能な設定である。
(さて、ここからどう出るか……)
俺は腕組みをして事態の推移を傍観する。
場の空気は晴れず、むしろ余計に刺々しいものへと変わっていた。
険悪な態度を隠さないのは、もちろん相手の生徒たちである。
彼らは無言で目配せをして何事かを相談し始めた。
やがて代表らしき少年が、頬を引き攣らせつつも首を振る。
「駄目だ。足りない……そうだ、利子がある! 返済を待つ間、お前が壊した魔法道具の持ち主が迷惑を被っていた! ただ弁償代を寄越すだけで済むわけがないだろう?」
そう言って少年は、シルエに指を突き付ける。
彼はとびきりの笑みを以て続きを述べた。
「さらに金貨三百枚だ。足りない分は三日後までに工面しろ。間に合わなければ犯罪奴隷になる。ひとまずその樽の分はいただいておこう」
取り巻き連中が素早く動き、金貨入りの樽を自分たちのもとへ運んでいった。
彼らは中身を手に取って笑い合う。
欲に塗れた世にも醜悪な面をしていた。
あまりに酷い。
返済不可能な設定をしておきながら、いざ金が集まれば理不尽な言い分で跳ね除けようとする。
外道もここまで来ると尊敬してしまいそうだ。
滅茶苦茶な展開を見かねた俺は、代表の少年に意見する。
「おい、これはおかしいんじゃないか? どういう計算で追加の三百枚を計算した。納得のいく説明がほしい」
「うるさい! 部外者は黙っていろ。大方、お前が落ちこぼれのシルエにこの大金を貸したのだろう? 一体、何を対価にしたんだ? ひょっとして身体か?」
横暴を極めた発言に、俺は目の前が真っ白になる。
背中に吊った魔法銃に手をかけるも、寸前で動きを止めた。
ここで俺が怒っても意味がない。
安い挑発に乗って安易な行動を取る方が問題だ。
深呼吸をして心を落ち着ける。
一方、シルエは静かに泣き崩れていた。
当然だろう。
これだけの仕打ちを受けた挙句、あんな風に言われて平常心でいられるわけがない。
そんな彼女は赤くなった目で、少年を強く睨む。
「……く、苦労してお金を工面してきたのに。どうしてっ!?」
「文句を吐く暇があるなら追加分の金貨を集めてこい……と言いたいところだが、僕もそこまで鬼じゃない。一つチャンスを与えよう。決闘で白黒はっきり付けよう」
少年は悪意に満ちた様子で決闘を提案する。
彼の説明は単純だった。
これからシルエと少年がタイマンで対決する。
シルエが勝てば借金は帳消し。
負ければ犯罪奴隷に落ちる。
つらつらと流暢に述べられる説明に、俺は反吐が出そうになった。
シルエが金貨五十枚を持って来れなかった際も、この段取りで進行するつもりだったのだろう。
決闘の提案は最初から仕組まれていたのである。
それは取り巻きたちの涼しい顔からしても明らかだった。
その後、シルエが決闘を了承したことで、俺たちは魔法学校の敷地内へ移動した。
俺もも来客扱いで入れてもらう。
案内された中庭らしき場所には、白い石材で構築されたフィールドがあった。
ここが専用の決闘場なのだという。
さっそく舞台に上がったシルエと少年は対峙する。
「提案した僕が言うのもなんだが、よくもまあ決闘を受けたものだ。借金が返済できないと悟って自暴自棄になったのか?」
少年は自信満々の様子で言い放つ。
魔法的な数値は、この場にいる誰よりも優れていた。
才覚に恵まれているのだろう。
もっともそれは、シルエが以前までの彼女と同じと思っているが故の余裕である。
というか、あの頃のシルエに決闘を挑もうと考えているのなら性格が悪すぎだ。
俺と出会った当初、彼女はMP不足で魔法が使えず、身体能力も人並み以下だった。
少年は、そんな相手をこれから徹底的に叩き潰すつもりなのだ。
彼らの中に一人でも鑑定系の能力持ちがいたら、シルエの変化にも気付いているのだろう。
まあ、普通は能力値がいきなり上がることなんてないから、考慮しないのも当たり前のことなのか。
「決闘は相手を場外に落とすまで終わらない。降参もなしだ。仮に重傷を負っても、医務室で治療できる。跡は残るかもしれないが、元より気にする者もいないから安心しろ」
少年は絶対の自信を持って説明する。
取り巻き連中も、彼の勝利を疑っていない様子だった。
「…………」
シルエは何も語らない。
既に泣き止んだ彼女の横顔は、目の前の闘争だけに集中していた。
俺は決闘場の外からじっと見守り続ける。
「これが地面に着いた瞬間に決闘を始める。いくぞ」
少年は取り出したコインを指で弾く。
澄んだ音と共に宙を舞うコイン。
綺麗な放物線を描きながら落下していった。
回転するそれが闘技場の床を叩いた瞬間、両者は杖を構えて詠唱を開始する。
先に詠唱を終えたのはシルエだった。
驚異的なスピードである。
彼女は鋭い眼差しで杖を少年に向けた。
先端から発せられる空気の揺らぎ。
魔眼の力によれば風魔法が発動されたらしい。
撃ち出された突風が、詠唱の終わらない少年に直撃した。
「ぐぁっ!?」
乾いた破裂音が響き渡る。
直後、少年は抵抗する間もなく吹き飛ばされて転がり、あえなく場外へと落ちてしまった。
「…………え?」
顔を上げた少年は、呆然とした表情を見せる。
視線の先に立つシルエは、毅然とした態度で告げた。
「――私の、勝ちです」
「あの、約束の金貨五十枚を持ってきました」
彼女は魔法の鞄から金貨入りの樽を取り出してみせた。
じゃらじゃらと硬貨が鳴る。
地面に置かれたそれは重厚感があった。
中身を改めずとも、彼女の言葉が本当であると物語っている。
「なっ……!」
「嘘だろ!?」
樽を目にしてざわつく生徒たち。
シルエが本当に金貨五十枚を持ってくるとは思っていなかったのだろう。
それだけ法外な額だからね。
今回は大盗賊の財宝を根こそぎ奪うことで達成できたが、普通なら返済など到底不可能な設定である。
(さて、ここからどう出るか……)
俺は腕組みをして事態の推移を傍観する。
場の空気は晴れず、むしろ余計に刺々しいものへと変わっていた。
険悪な態度を隠さないのは、もちろん相手の生徒たちである。
彼らは無言で目配せをして何事かを相談し始めた。
やがて代表らしき少年が、頬を引き攣らせつつも首を振る。
「駄目だ。足りない……そうだ、利子がある! 返済を待つ間、お前が壊した魔法道具の持ち主が迷惑を被っていた! ただ弁償代を寄越すだけで済むわけがないだろう?」
そう言って少年は、シルエに指を突き付ける。
彼はとびきりの笑みを以て続きを述べた。
「さらに金貨三百枚だ。足りない分は三日後までに工面しろ。間に合わなければ犯罪奴隷になる。ひとまずその樽の分はいただいておこう」
取り巻き連中が素早く動き、金貨入りの樽を自分たちのもとへ運んでいった。
彼らは中身を手に取って笑い合う。
欲に塗れた世にも醜悪な面をしていた。
あまりに酷い。
返済不可能な設定をしておきながら、いざ金が集まれば理不尽な言い分で跳ね除けようとする。
外道もここまで来ると尊敬してしまいそうだ。
滅茶苦茶な展開を見かねた俺は、代表の少年に意見する。
「おい、これはおかしいんじゃないか? どういう計算で追加の三百枚を計算した。納得のいく説明がほしい」
「うるさい! 部外者は黙っていろ。大方、お前が落ちこぼれのシルエにこの大金を貸したのだろう? 一体、何を対価にしたんだ? ひょっとして身体か?」
横暴を極めた発言に、俺は目の前が真っ白になる。
背中に吊った魔法銃に手をかけるも、寸前で動きを止めた。
ここで俺が怒っても意味がない。
安い挑発に乗って安易な行動を取る方が問題だ。
深呼吸をして心を落ち着ける。
一方、シルエは静かに泣き崩れていた。
当然だろう。
これだけの仕打ちを受けた挙句、あんな風に言われて平常心でいられるわけがない。
そんな彼女は赤くなった目で、少年を強く睨む。
「……く、苦労してお金を工面してきたのに。どうしてっ!?」
「文句を吐く暇があるなら追加分の金貨を集めてこい……と言いたいところだが、僕もそこまで鬼じゃない。一つチャンスを与えよう。決闘で白黒はっきり付けよう」
少年は悪意に満ちた様子で決闘を提案する。
彼の説明は単純だった。
これからシルエと少年がタイマンで対決する。
シルエが勝てば借金は帳消し。
負ければ犯罪奴隷に落ちる。
つらつらと流暢に述べられる説明に、俺は反吐が出そうになった。
シルエが金貨五十枚を持って来れなかった際も、この段取りで進行するつもりだったのだろう。
決闘の提案は最初から仕組まれていたのである。
それは取り巻きたちの涼しい顔からしても明らかだった。
その後、シルエが決闘を了承したことで、俺たちは魔法学校の敷地内へ移動した。
俺もも来客扱いで入れてもらう。
案内された中庭らしき場所には、白い石材で構築されたフィールドがあった。
ここが専用の決闘場なのだという。
さっそく舞台に上がったシルエと少年は対峙する。
「提案した僕が言うのもなんだが、よくもまあ決闘を受けたものだ。借金が返済できないと悟って自暴自棄になったのか?」
少年は自信満々の様子で言い放つ。
魔法的な数値は、この場にいる誰よりも優れていた。
才覚に恵まれているのだろう。
もっともそれは、シルエが以前までの彼女と同じと思っているが故の余裕である。
というか、あの頃のシルエに決闘を挑もうと考えているのなら性格が悪すぎだ。
俺と出会った当初、彼女はMP不足で魔法が使えず、身体能力も人並み以下だった。
少年は、そんな相手をこれから徹底的に叩き潰すつもりなのだ。
彼らの中に一人でも鑑定系の能力持ちがいたら、シルエの変化にも気付いているのだろう。
まあ、普通は能力値がいきなり上がることなんてないから、考慮しないのも当たり前のことなのか。
「決闘は相手を場外に落とすまで終わらない。降参もなしだ。仮に重傷を負っても、医務室で治療できる。跡は残るかもしれないが、元より気にする者もいないから安心しろ」
少年は絶対の自信を持って説明する。
取り巻き連中も、彼の勝利を疑っていない様子だった。
「…………」
シルエは何も語らない。
既に泣き止んだ彼女の横顔は、目の前の闘争だけに集中していた。
俺は決闘場の外からじっと見守り続ける。
「これが地面に着いた瞬間に決闘を始める。いくぞ」
少年は取り出したコインを指で弾く。
澄んだ音と共に宙を舞うコイン。
綺麗な放物線を描きながら落下していった。
回転するそれが闘技場の床を叩いた瞬間、両者は杖を構えて詠唱を開始する。
先に詠唱を終えたのはシルエだった。
驚異的なスピードである。
彼女は鋭い眼差しで杖を少年に向けた。
先端から発せられる空気の揺らぎ。
魔眼の力によれば風魔法が発動されたらしい。
撃ち出された突風が、詠唱の終わらない少年に直撃した。
「ぐぁっ!?」
乾いた破裂音が響き渡る。
直後、少年は抵抗する間もなく吹き飛ばされて転がり、あえなく場外へと落ちてしまった。
「…………え?」
顔を上げた少年は、呆然とした表情を見せる。
視線の先に立つシルエは、毅然とした態度で告げた。
「――私の、勝ちです」