第12話 誰も知らない決着

文字数 2,021文字

 靄魔族の動きが途端に緩慢になる。
 時折、靄の奥に実体化した地肌が見えた。

 何やら様子がおかしい。
 MPが激減したことで、靄状態を維持できなくなりつつあるのかもしれない。
 【数理改竄(ナンバーハック)】が相当な痛打になったようだ。

『グヌゥ……』

 靄魔族が悔しげな声を漏らして路地を進みだす。
 不利と悟って逃走するつもりらしい。

 そりゃ当然か。
 即死クラスの状態異常も俺には効かず、優れたMPも奪われたのだから。
 打つ手がなくなってしまったのだ。

 だが、ここで易々と逃がすほど俺は優しくない。
 いくら能力値が低くなったと言っても、魔族は危険な存在だ。
 人間を腐らせて殺すようなヤツは野放しにできない。

(絶対に逃がすものか)

 俺はサーベルを片手に靄魔族へ追い縋る。
 袈裟掛けに薙ぐも、やはりダメージを与えられない。

 サーベルを振り抜くのに合わせて、靄が蔦のように伸びてきた。
 幾重にもなって絡み付いてくる。
 心なしか靄魔族の必死な様子が伝わってきた。
 どうしても状態異常で足止めしたいらしい。

 接触面から焼けるような痛み。
 俺は反射的に顔を顰めるも、先ほどまでよりは症状が軽い。

 いや、腐臭が漂って骨は露出しているけどね。
 骨まで崩れた時よりはだいぶマシだ。
 筋肉が残っているのでサーベルも握っていられる。

 見れば靄魔族のMPが枯渇寸前だった。
 弱体化して状態異常の魔法が連発できなくなったようだ。
 それに伴って俺の損傷も少なくなっている。
 微減したHPとMPは数秒とせずに回復した。

 再生能力が優秀すぎるな。
 汎用性で言うと、俺の【数理改竄(ナンバーハック)】よりも強い気がする。
 Fランク指定の異能力なのだから当たり前か。
 ちょっとだけ悲しくなるね。

 どうでもいいことを考えながら、俺は力一杯に剣を振るう。
 斬撃は逃げる靄魔族を虚しく通過した。
 やはりダメか。
 俺は舌打ちする。

 殺される心配はほとんどなくなったが、攻撃が効かないのがネックだ。
 一体どうすればいいのか。
 HPを削る手段さえ見つかれば解決するのだが……。

 遅々としたスピードで逃げる靄魔族を、俺は何度も斬りつけていく。

『邪魔をするな小僧ッ!』

「嫌だね」

 ぶつけられる罵倒に軽口を返す。

 靄による被害が徐々にマシになってきた。
 それに比例して傷の治りも速くなる。
 ジャージの破れ具合が一番の懸念なくらいであった。
 後で制服に着替えないといけない。

(ドラゴンの血でぐしょぐしょだから、あまり着たくないなぁ……とぉっ?)

 余計なことに思考を割いたせいか、俺は前のめりになって体勢を崩す。
 片脚が爛れて筋肉が溶けていた。
 倒れた拍子にリュックサックが開き、何かが転がり出る。

 確認するとそれは、ドラゴンの牙だった。
 何かに使えるかもと思って所持していたものだ。

『そ、それはまさか……竜の牙!? なぜ矮小な人間如きが……ッ!』

 靄魔族が大きく狼狽する。
 動きが明らかな動揺を見せていた。
 ほんの少しでも俺から離れようとしている。

 牙のステータスを確かめたところ、特殊効果として【万物破壊】を有していることが判明した。
 靄魔族が恐れているのはこの部分だろう。

 俺は靄との接触で破損したサーベルを捨て、牙を逆手持ちで構える。
 そこから一息に駆け出す。
 急上昇した素早さによって信じられないスピードが出た。
 身体が羽毛のように軽い。

 俺は靄魔族が反応する前にその中心へと牙を突き刺した。
 肉を引き裂くような手応え。
 僅かな抵抗感に逆らうように、牙をさらに押し込んでいく。

『グ、グオオオオアアアアアアァァァァッ!!』

 響き渡る断末魔。
 黒い靄が滅茶苦茶に乱れて膨れる。
 飛ばされそうなほどの風圧が発散された。

 それを最期に、靄魔族は蒸発するように消滅する。
 逃走した感じはない。
 確実に仕留めた感覚があった。

「やっと倒せたか……」

 脱力した俺は路地の壁に背を預ける。
 どっと押し寄せてくる疲労。
 心臓が高揚に任せて暴れていた。

 文字通りの死闘を繰り広げたのだ。
 冷静でいられるわけがない。
 何かが一つでも違えば、結果は変わっていただろう。

 それでも、俺はやり切った。
 強大な魔族にトドメを刺したのである。
 誇ってもいいんじゃないかな。
 限られた手段でよくやった方だと思う。

 ほっと息を吐いた俺は、ステータスを見て固まる。
 称号欄に増えた【魔族殺し】【隠れた功労者】【陰の勇者】の文字。
 どれも直前までなかったはずだ。

 俺は肩をすくめて苦笑する。

「勇者はクビになったんだけどなぁ……」

 人知れず呟きながら、俺はシルエのもとへ歩みを向けた。
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