第9話 蹂躙される魔族

文字数 2,580文字

 頭部を失ったヒガタは、断面から血を噴出させながらふらつく。
 その身体が馬車から落下した。
 ヒガタは地面に転がって痙攣する。
 じわじわと流れる鮮血が、石畳の溝に沿って広がっていった。

 次の瞬間、民衆がパニックに陥った。
 彼らは他者を押し退けて逃げ惑う。
 こけて踏み付けられて悲鳴を上げる者が続出し始めた。
 勇者を見るために集まっていたのが仇になったようである。

(まずいな。このままだと怪我をしてしまう)

 人の波に巻き込まれそうなシルエの手を引いて、俺はギルド横の物陰へと移る。
 下手に動くと危ない。
 ここでほとぼりが冷めるまで待機するつもりだった。

(一体、何が起こったんだ?)

 ヒガタが死んだ。
 さすがにお披露目会のサプライズ演出とかではあるまい。
 いくら炎を操る彼でも、頭部が爆散すれば即死だ。

 本当に突然のことだった。
 あの感じだと暗殺されたのだろうか。

 そう思っていると、上空からノイズ混じりの声が降ってくる。

「ゲハハハハ! 勇者を討ち取ったり! 異界から召喚されたと聞いて来てみれば、実に惰弱な少年であったぞ。やはり召喚直後に始末するのが至高! 慎重派の同族共にも見せてやりたかった。魔王様もお喜びになるだろう!」

 上機嫌に笑うのは、山羊みたいな頭の大男だ。
 背中には蝙蝠の羽根がある。
 そんな異形が馬車を見下ろしていた。

 俺は目を凝らしてステータスを確認する。
 あの山羊頭は魔族らしい。
 ドラゴンほどではないが、人間を凌駕する能力値だ。
 今の俺の十倍はある。

 さらに【闇魔法】【爆裂魔法】【腐毒の血】【気配遮断】【暗殺】といったスキルを持っていた。
 見るからに奇襲特化の能力構成だ。
 その特性を活かしてヒガタを抹殺したらしい。

 山羊魔族の言葉を聞くに、召喚された勇者が成長する前に仕掛けてきたようだ。
 よく考えている。
 実際、強力な異能力者であるヒガタを仕留めているのだから作戦は成功だろう。

「スドウさん! あれは魔族です! 早く逃げましょう!」

 シルエが俺の袖を掴んで訴える。
 魔族とはそれほどまでに恐ろしい存在らしい。

 だが、慌てる必要はない。
 その理由はここにいればすぐ分かる。

 俺は物陰から顔を覗かせて、魔族と勇者たちの観察を始めた。

「残りの者も勇者だな? ちょうどいい、ここで一網打尽にしてやろう」

 山羊魔族が構えを取って発光する。
 魔法を使いそうな雰囲気だ。

 しかし、その前にアラヤが馬車の上で両手を掲げた。

「させないよ!」

 不可視の力が、空中の山羊魔族を吹き飛ばした。
 同時に発光現象も収まる。
 アラヤの【斥力(リパルション)】が発動したのだ。
 それによって魔法行使を妨害したらしい。

 山羊魔族は腕を交差させてガードしていた。
 ノックバックしたものの、ダメージ自体は大したことなさそうだ。

「ヌゥ、小癪な……!」

 悪態を吐く山羊魔族。

 その頭上に前触れもなく人影が出現した。
 【瞬間移動(テレポート)】で接近したハナミである。

「落ちなさい」

 彼女は勢いよく回転しながら踵落としを繰り出した。

 それが山羊魔族の脳天を直撃し、筋骨隆々な巨躯を地面に叩き付ける。
 激突の衝撃で地面が爆発した。
 割れた石畳が散って濛々と土煙が舞い上がる。

(元の世界でのハナミはあのような怪力ではなかったはず。なんだあのパワーは?)

 いくらハナミが強いと言っても常人の範囲だった。
 どうやら異世界召喚を経て超人的な身体能力を得たらしい。
 勇者としての力には恵まれなかった俺とは大違いである。

「グオォ……」

 石畳にめり込んだ山羊魔族は、血を流しながら上体を起こした。
 今のはそれなりにダメージが入った様子だ。

 そこへゴウダが突進する。

「【外甲装着(シフトチェンジ)】! 魔族よ、俺が成敗してくれるッ!」

 いつの間にか彼は、灰色の強化アーマーを身に纏っていた。
 色合いや質感からして、石畳を吸収して形成したようだ。
 素材としては良くない部類だが、ゴウダにとってはさしたる問題ではないだろう。

 ゴウダは起き上がった山羊魔族に右ストレートを放つ。
 山羊魔族は片手で受け止めようとして、肘から先が千切れ飛んだ。

「な、にッ!?」

 山羊魔族は驚愕する。
 ただのパンチの威力ではなかったからな。
 動揺するのも分かるね。

「まだまだァ!」

 そこへゴウダの容赦ない追撃を行う。
 絶え間ない拳のラッシュが山羊魔族を蹂躙していった。
 ごりごりと目に見えてHPが削られていく。

 そうしてフィニッシュの一発が山羊魔族の顔面に炸裂した。
 硬直した山羊魔族は、ワンテンポ遅れて仰向けに倒れる。
 HPは0になっていた。

「うおおおおおお! すげぇ!」

「さすが勇者様だ! 一瞬で魔族を倒しちまうとは!」

「これで王国も安泰だっ!」

 いつの間にかパニックが収まった民衆は歓声を上げる。
 どれも勇者を称える声だ。

 当の本人たちは、ヒガタの死体を見て沈痛な表情をしている。

(予想通りの展開だったな……)

 不意打ちこそ成功したが、高ランク異能力者の強さは伊達じゃない。
 即死したヒガタだって、正面戦闘ならば山羊魔族を圧倒していただろう。
 素の身体能力が低く、奇襲に弱いのは多く異能力者の弱点だ。
 そこを突かれればたとえAランクでも厳しい。

 物陰から一部始終を眺めていた俺は、学園での授業風景を思い出しながら考察を終える。

「スドウさん、あれ……」

 その時、シルエに肩を叩かれた。
 不安に揺れる彼女の視線。

 それを追うと、魔族の片腕が落ちていた。
 ゴウダによって千切り飛ばされたものである。
 それが徐々に崩れて靄状になり、路地裏へと流れていった。
 風に飛ばされたとかではない。
 人為的なものを感じる不自然な動き方だった。

 周りは勇者への称賛に夢中で気付いていない。
 討伐した勇者たちも気が向いていなかった。

(放置するわけには……いかないな)

 数秒の葛藤の末、俺は一人で靄の消えた路地裏へと進む。
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