第30話 陰の勇者の決断

文字数 2,964文字

 カネザワの話を聞いて、俺は呆れ返る。

 なかなかヘビーな状況だ。
 王国としての機能が麻痺している。
 完全にタウラによって乗っ取られているな。

 おそらくは多数の異能力者が彼女に操られているのだろう。
 その戦力は計り知れない。
 具体的に誰が洗脳されているかにもよるが、上位陣が数人いるだけで相当に危険だ。

 例えば【千手(ハンズ)】のノザカが洗脳なんかをされていたら、それはもう悲惨なことになる。
 一騎当千という言葉すら生易しい。
 彼女が本気を出せば、殺戮の嵐が吹き荒れる。
 ほんの数時間で都市を沈めることくらい朝飯前だろう。

 それに値するようなことが起きているのだ。
 笑うしかあるまい。
 今日か明日にでもこの王都が崩壊するのではないだろうか。
 それが冗談ではなく実現しかねないのが恐ろしい。

 カネザワは床を睨みつける。

「俺たちはタウラの企みを食い止めるつもりだ。洗脳に抵抗するクラスメートは、王城の地下に閉じ込められている。放っておけばいずれ洗脳されるだろう。そうなれば戦力的に手出しできない。言うなれば、現状こそがタウラに仕掛ける最大のチャンスなんだ。やるなら今しかない」

 カネザワの言葉に、俺は【幻々脳離(リフレッシュ)】の仕様を思い出す。

 あの異能力は、頭に刺さったネジを引き抜くか破壊すると解除可能なのだ。
 反抗する意思が強かったり、異能力の存在を知っていると、洗脳が浸透するまでに時間がかかるとも聞いたことがある。

 つまり、カネザワの情報を信じるならば、まだすべての異能力者がタウラの味方になったわけではない。
 このままだと遠からず洗脳される運命だろうが、まだ手遅れではないのだ。

 タウラが完全な戦力を手にする前に、カネザワたちは攻勢に打って出るつもりらしい。
 王国を救うとしたら、その手段しかないだろう。
 今ならば被害も最小限に抑えられる。
 タウラが戦争を始めてしまうより遥かにマシに違いない。

(ちゃんと考えた上での作戦だったんだな……まさに逆境を覆そうとするヒーローだ)

 俺は少し意外に思う。

 カネザワなら、保身のためにタウラの味方になってもおかしくないイメージだった。
 こんな風に正義のために立ち上がるような印象はない。
 何か思うところでもあったのだろうか。

 俺の視線から考えていることを察したのか、カネザワは毅然とした態度で宣言する。

「俺たちは元の世界に帰りたい。今すぐにでも他国へ逃げることもできるが、タウラの勢力はいずれ大きな脅威になり、目的の邪魔になるだろう。そうなる前に排除しておきたい」

「元の世界に戻りたいんだな」

「当然だ。だから俺たち四人は集まっている」

 即答するカネザワと、それに頷く他三人のクラスメートたち。
 俺は少なからず感心する。

(そんなに帰りたいと思わないけどなぁ……)

 まあ、落ちこぼれの俺とは違い、彼らは将来が約束されているようなものだからね。
 高ランク異能力者が職に困ることなどない。
 むしろ順風満帆な生活が待っているといっても過言ではない。

「…………」

 傍らのシルエが何か言いたそうな表情をしていた。
 しかし、場の空気を読んで発言は控えている。
 さすがにここまで聞かれたからには、後で俺の経歴も話さないといけないな。
 別に隠したいものでもないし、シルエとはパーティも組んだから別に構わないだろう。

 そんなことを考えつつ、俺は改めて四人のクラスメートを見やる。

 今更だが、先ほどから会話の主軸を担当するカネザワはSランク異能力者である。
 【収集癖(コレクション)】という異能力で、端的に言うと異能力をコピーする異能力だ。
 異能力を目視するか異能力者に触れると、その異能力を飴玉に変換することができる。
 生み出した飴玉を噛み砕くことでコピーした異能力を発動するのだ。

 【収集癖(コレクション)】は数ある異能力の中でも特に多才かつ強力と言われている。
 ストックした飴玉を臨機応変に使えるのだから、その利便性は説明するまでもないだろう。
 目視した異能力を飴玉に変換できるため、一種の無効化能力としても使用できる。

(正直、カネザワなら単騎でも殴り込みができるんじゃないかなぁ……)

 洗脳だって【収集癖(コレクション)】で残らず飴玉にしてしまえば、一気に勇者を開放できるだろう。
 わざわざ城を逃げ出して俺に話を持ち掛けた意味が分からない。
 そのことについて訊くと、カネザワは首を振った。

「俺の【収集癖(コレクション)】は異能力にしか適用されない。つまり、魔法やスキルによる攻撃は防げないんだ。勇者となったクラスメートたちは、強力なスキルや身体能力を獲得している。 彼らを相手に【収集癖(コレクション)】だけで挑むのは厳しい」

 曰く、洗脳を拒む人間は囚われているが、自らの意思でタウラの味方になった連中もいるらしい。
 面倒極まりないことだ。
 国王に指図されるのが嫌になったのだろうか。
 真意はどうあれ、いきなりクーデターを仕掛けるとか反社会的な性格すぎる。

「城には正規の騎士や兵士もいる。加えて俺自身があまり戦闘向きのステータスではない」

 そう言われて俺は、カネザワのステータスを確かめる。

 彼の【収集癖(コレクション)】と【翻訳】を除いた彼のスキルは三つ。
 自他の状態異常を知覚して解除する【状態異常感知】と、スキルと称号限定ながらも他者のものを視ることができる【能力看破】、それに思い浮かべた人間の現在地を把握する【人物検索】だった。

 かなり便利そうだが、どちらかというとサポート系だな。
 直接的な戦闘能力は高くない。
 各能力値も俺とシルエより低いくらいだった。

 異世界に来たことで、異能力の優位性が低くなったのか。
 珍しいパターンだ。

「スドウを仲間に誘ったのは【能力看破】でお前の力を知ったからだ。それにしても、巷で噂の"赤髪の魔弾"がまさかスドウだったとは……こんなにも強くなっているとは驚いた」

 なんでも手当たり次第にクラスメートを【人物検索】で探しているうちに、偶然にも俺がヒットしたらしい。
 そしてスキルと称号を確認してからアタックしてきたそうだ。
 俺は【異界の改竄者】で隠蔽しているはずなのだが、カネザワの【能力看破】はそれを見抜いてしまうらしい。
 効果が絞られている分、その一点においては強いのか。

 姿勢を正したカネザワの目がぴたりと俺に合わさる。

「――話すべきことは全て話した。それで、タウラを打倒するのに協力してくれるか?」

 俺はすぐには答えない。
 沈黙の下りた室内で、じっくりと考えを巡らせる。
 いくつかの選択肢を吟味し、その先の可能性をも見据えた。

 軽い気持ちで決めてはいけないものだった。
 取り返しのつかない事態なのだから。
 義理や良心で動くこともない。
 純粋な俺自身の意志を尊重する。

 そうして思考すること暫し。
 俺は決断を口にした。

「ああ、協力するよ。異能力者共の動乱を止めにいこう」
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