第42話 洗脳勇者との邂逅
文字数 2,014文字
扉の先には広間があった。
白を基調とした一辺三十メートルくらいの部屋である。
調度品や装飾品の類はほとんどない。
明らかに撤去した痕跡が残っている。
妙にさっぱりした室内は、どこか空虚な印象を受ける。
金の刺繍が入った赤いカーテンは端に寄せられており、温かな日光を取り込んでいた。
そんな広間の中央にぽつんと椅子と机が置かれている。
俺は無言でじっと目を凝らす。
カフェのオープンテラスにあるような洒落た意匠だ。
この広間に設置された数少ない家具でもある。
そこに一人の少女が座っている。
洗脳勇者のタウラだ。
彼女はこちらを一瞥しつつ、ティーカップに口をつける。
異様な落ち着きを纏っていた。
こちらの登場に特筆するようなリアクションを見せない。
俺は大扉から動かず、魔法銃を握る手に力を込める。
不用意に近付くのは躊躇われた。
タウラは洗脳の異能力に加えて【精神魔法】と【魅了】持ちの勇者だ。
俺の再生能力ならすぐに無効化できると分かっているが、それでも万が一ということがある。
一応、横に立つシルエに精神防護の魔法をかけてもらっているものの、タウラの前ではどれだけ有効なのかも不明だ。
どんな罠があるかわかったものではない。
(だから、対策は考えてある)
事前情報により、タウラは大した戦闘能力を持っていないことが判明している。
何らかの魔法や武器でカバーしているかもしれないが、それでも誤差の範囲に留まる。
俺とシルエの攻撃を完封できるとは思えない。
あまりにも堂々とした態度にペースを乱されたが、やることなんて一つだった。
俺の引き金に指が触れたその時、タウラがにっこりと微笑む。
「あなたの【数理改竄 】だけど、能力が変わったの?」
投げかけられたのは俺への疑問。
一体、何を訊きたいのだ。
もしかして、俺の改竄能力に気付いているのか。
俺が何も答えないと見ると、タウラは気にせず話を続けた。
「城内でのあなたたちの動向はずっと観察していたの。さすがに完璧ではないのだけれどね。きっと誰かが仕掛けに来るとは思っていたけれど、スドウ君が参戦するのはちょっと予想外だったわ。何も持たずに追放されたあなたが、AランクやSランクの異能力者を倒してくるなんて……本当にどんな手を使ったのかしらね」
語るタウラは軽く手を振った。
すると、彼女のそばに映像が出現する。
中空に浮かぶそれは、最初の国王のスピーチにて使われたものと同じく幻影魔法によるものだった。
映像には俺がクラスメートたちと戦う姿があった。
これまでの城内の出来事の数々だ。
数秒ごとに画面が切り替わり、城内での戦いを映し出す。
どうやったのかは知らないが、タウラはこちらの動きを監視すると同時に録画までしていたらしい。
腐竜の脚にしがみ付いて能力値を奪っている際の光景もあった。
本当に直前のことだ。
この機能で俺たち二人がここを訪れたこともお見通しだったのだろう。
反応が薄かったのも納得である。
ただし、俺の【数理改竄 】の効果については分かっていないようだ。
周りから見れば、ただ触れているだけだもんな。
まさかステータス自体に介入しているとは思うまい。
録画映像を流したまま、タウラは淡々と話す。
「ひょっとしたらノザカさんは来ると思ったのよ。取り越し苦労に終わったけれど、もし彼女に敵対されたら不味かったわ。あの【千手 】が相手だと被害が甚大になるもの」
「被害が甚大、ということは、別に負けるとは思っていないんだな」
俺の問いにタウラは頷く。
「ええ。それなりに用意しているから」
即座に返ってきたのは断定の言葉。
相当に自信があるらしい。
なんとなく底の知れない感じだ。
端的に言って気味が悪い。
もっとも、ここで延々と問答を繰り返しているわけにもいかない。
説得して国王たちの洗脳を解いてくれたりなんてことは期待しない方がいいだろう。
正気になった国王は、きっと彼女を処刑しようとする。
勇者による反逆だ。
許されるはずがない。
無論、俺だってもはや他人事ではない。
今の俺たちは、英雄視されるタウラを襲撃した侵入者も同然だ。
ただちに洗脳を解かねば悲惨な末路が待っている。
なるべく人殺しはしたくないが、タウラに関してはそれも難しいだろう。
彼女はもう、ボーダーを踏み越えていた。
庇える状況じゃないし、庇うほどの義理も関係もない。
俺は前に一歩だけ進み出た。
持ち上げた魔法銃の狙いを、椅子で寛ぐタウラに合わせる。
「……この国にかけられた洗脳は解かせてもらう」
自らの意志を告げて、俺は魔法銃の引き金を引いた。
白を基調とした一辺三十メートルくらいの部屋である。
調度品や装飾品の類はほとんどない。
明らかに撤去した痕跡が残っている。
妙にさっぱりした室内は、どこか空虚な印象を受ける。
金の刺繍が入った赤いカーテンは端に寄せられており、温かな日光を取り込んでいた。
そんな広間の中央にぽつんと椅子と机が置かれている。
俺は無言でじっと目を凝らす。
カフェのオープンテラスにあるような洒落た意匠だ。
この広間に設置された数少ない家具でもある。
そこに一人の少女が座っている。
洗脳勇者のタウラだ。
彼女はこちらを一瞥しつつ、ティーカップに口をつける。
異様な落ち着きを纏っていた。
こちらの登場に特筆するようなリアクションを見せない。
俺は大扉から動かず、魔法銃を握る手に力を込める。
不用意に近付くのは躊躇われた。
タウラは洗脳の異能力に加えて【精神魔法】と【魅了】持ちの勇者だ。
俺の再生能力ならすぐに無効化できると分かっているが、それでも万が一ということがある。
一応、横に立つシルエに精神防護の魔法をかけてもらっているものの、タウラの前ではどれだけ有効なのかも不明だ。
どんな罠があるかわかったものではない。
(だから、対策は考えてある)
事前情報により、タウラは大した戦闘能力を持っていないことが判明している。
何らかの魔法や武器でカバーしているかもしれないが、それでも誤差の範囲に留まる。
俺とシルエの攻撃を完封できるとは思えない。
あまりにも堂々とした態度にペースを乱されたが、やることなんて一つだった。
俺の引き金に指が触れたその時、タウラがにっこりと微笑む。
「あなたの【
投げかけられたのは俺への疑問。
一体、何を訊きたいのだ。
もしかして、俺の改竄能力に気付いているのか。
俺が何も答えないと見ると、タウラは気にせず話を続けた。
「城内でのあなたたちの動向はずっと観察していたの。さすがに完璧ではないのだけれどね。きっと誰かが仕掛けに来るとは思っていたけれど、スドウ君が参戦するのはちょっと予想外だったわ。何も持たずに追放されたあなたが、AランクやSランクの異能力者を倒してくるなんて……本当にどんな手を使ったのかしらね」
語るタウラは軽く手を振った。
すると、彼女のそばに映像が出現する。
中空に浮かぶそれは、最初の国王のスピーチにて使われたものと同じく幻影魔法によるものだった。
映像には俺がクラスメートたちと戦う姿があった。
これまでの城内の出来事の数々だ。
数秒ごとに画面が切り替わり、城内での戦いを映し出す。
どうやったのかは知らないが、タウラはこちらの動きを監視すると同時に録画までしていたらしい。
腐竜の脚にしがみ付いて能力値を奪っている際の光景もあった。
本当に直前のことだ。
この機能で俺たち二人がここを訪れたこともお見通しだったのだろう。
反応が薄かったのも納得である。
ただし、俺の【
周りから見れば、ただ触れているだけだもんな。
まさかステータス自体に介入しているとは思うまい。
録画映像を流したまま、タウラは淡々と話す。
「ひょっとしたらノザカさんは来ると思ったのよ。取り越し苦労に終わったけれど、もし彼女に敵対されたら不味かったわ。あの【
「被害が甚大、ということは、別に負けるとは思っていないんだな」
俺の問いにタウラは頷く。
「ええ。それなりに用意しているから」
即座に返ってきたのは断定の言葉。
相当に自信があるらしい。
なんとなく底の知れない感じだ。
端的に言って気味が悪い。
もっとも、ここで延々と問答を繰り返しているわけにもいかない。
説得して国王たちの洗脳を解いてくれたりなんてことは期待しない方がいいだろう。
正気になった国王は、きっと彼女を処刑しようとする。
勇者による反逆だ。
許されるはずがない。
無論、俺だってもはや他人事ではない。
今の俺たちは、英雄視されるタウラを襲撃した侵入者も同然だ。
ただちに洗脳を解かねば悲惨な末路が待っている。
なるべく人殺しはしたくないが、タウラに関してはそれも難しいだろう。
彼女はもう、ボーダーを踏み越えていた。
庇える状況じゃないし、庇うほどの義理も関係もない。
俺は前に一歩だけ進み出た。
持ち上げた魔法銃の狙いを、椅子で寛ぐタウラに合わせる。
「……この国にかけられた洗脳は解かせてもらう」
自らの意志を告げて、俺は魔法銃の引き金を引いた。