第4話 少女との出会い
文字数 3,217文字
翌朝、俺はぼんやりと町中を歩いていた。
世界一の薬草を蛇に食われた後、町に戻って目に付いた安宿で一晩を過ごした。
そしてほぼ一文無しになって現在に至る。
「さて、どうするかなぁ」
俺は今後の予定について思案する。
ドラゴンから得た四桁の高数値を失ったのは痛い。
昨日はショックで食事も喉を通らないほどだったが、今朝になってメンタルは多少回復した。
過ぎたことは仕方ないとして、粛々と受け入れることにしたのだ。
とにかく、同じ過ちは二度と犯さないよう肝に銘じる。
ふざけたことをしてチャンスを失うのは今回だけにしよう。
そういえば、新たに発見したこととして髪と目の色が変わっていた。
元はどちらも黒のはずなのだが、宿屋で顔を洗う際に水桶に映る自分の顔を見て気が付いたのである。
髪はくすんだ感じの朱色で、目は虹彩が澄んだ蒼色になっていた。
ドラゴンの血を浴びたり【鑑定の魔眼】を得たのが原因ではと睨んでいる。
まあ、何か異常を感じるわけではないのでいいだろう。
周りは明るい色合いの髪や目の人が多いので、黒髪黒目よりは目立たなさそうだ。
俺は露店の果物を買い食いしながら通りをぶらつく。
目的だったドラゴン退治は日帰りで終了した。
結果として高数値が得られないどころか物理攻撃力が下がる始末だったが、骨折り損のくたびれ儲けかと言うとそうでもない。
いくつかの変わった称号に加えて、強力な再生能力を持つスキルを取得したからね。
弱体化したとはいえ、あのドラゴンと正面から殴り合って死なないくらいだから、結構な効力ではないだろうか。
この再生能力を活かせば、色々とできることの幅が広がる。
たとえば酒場で見かけた連中のように冒険者をやるというのもいいかもしれない。
死ににくいが故の選択である。
そうして冒険者稼業の傍ら、今回のドラゴンのように高い数値を持ってそうな魔物を探し回ればいい。
生活費を稼ぐついでにステータスも上げられれば一石二鳥だ。
無謀ながらもドラゴンに挑んでよかった。
おかげで行動の選択肢が増えたね。
これなら異世界でもなんとか生きていけそうだ。
ある程度の目途が立って前向きになっていると、すぐ横の店からローブ姿の少女が飛び出してきた。
タイミングが悪くて避けられず、俺はその少女とぶつかる。
ここでスマートに受け止められたらかっこいいのだが、実際はそう上手くいかないのだ。
「あっ……すみません」
揺れる艶やかな紫色の長髪。
ぶつかった少女は、よろけて抱えていた紙束を取り落とす。
少女は謝罪の言葉を口にしながら、紙束を拾いだした。
幸いにも紐で括ってあるらしく、風に飛ばされるということもない。
このまま無視するのも薄情すぎるので、俺も紙束集めを手伝う。
あちらの不注意とはいえ、俺とぶつかって落とさせたものだからね。
申し訳ないという気持ちもあった。
「すみません、ありがとうございます……」
俺の行動に気付いた少女が礼を言う。
陰りのある顔は元気がなさそうだった。
言葉にも疲れが滲んでいる。
よく見れば顔色も悪く、今にも倒れそうなほどだ。
俺は拾った紙束の内容に目をやる。
それは何かのレシピの一部であった。
材料と作り方が綿密に記載されている。
内容はめくった二枚目に続いていた。
簡単なイラスト付きでなかなか分かりやすい。
知識のない俺でも、普通に読んでいるだけで十分に面白かった。
(ふむふむ、調合や配合と書いてあるけど何かの薬かな?)
黙々と紙束をめくっていると視線を感じた。
立ち上がった少女が、何か言いたげにこちらを見ている。
他の紙束はすべて拾っていた。
俺の持つ最後の一つを、早く返してほしいと言い出せずにいるようだ。
俺は読みかけの紙束を少女に渡す。
「珍しかったもので、気になって読んでしまいました。申し訳ないです」
「いえ……もうそんな価値もないものですから。お気になさらず」
少女はやはり暗い表情で答える。
すべてを諦めているかのような雰囲気であった。
そのまま会話もそこそこに、彼女は足早に立ち去ろうとする。
俺はなんとなく気になって声をかけた。
「あの、大丈夫ですか? 何かお悩みでしたら相談くらい乗りますが……」
お節介で偽善的な行動とは分かっていた。
だけど、このまま少女と別れるのは胸にしこりが残る。
要するに俺のエゴだ。
足を止めて振り向いた少女は、泣きそうな表情をしていた。
彼女は声を発さず、ただコクリと頷いた。
◆
近くの軽食屋に移動した。
そこで俺は、ローブの少女――シルエの不遇な状況を知る。
シルエはここ王都にある魔法学校の生徒で、数日前に魔法道具の窃盗と損壊の濡れ衣を着せられたらしい。
才能に恵まれない彼女は校内でも有名な落ちこぼれだそうで、今回の濡れ衣も嫌がらせがエスカレートした結果なのだという。
そんな彼女が反論しようが、誰も聞く耳を持たない。
嫌がらせの主犯格の生徒たちが、貴族の息子や娘なのも関係あるのだろう。
このような事情を経て、シルエは不本意ながらも魔法道具の弁償代を工面することにした。
無罪を訴えても意味がないと悟ったのだろう。
「最悪、このままだと犯罪者として奴隷に落とされるかもしれません。だから私は、なんとかお金を手に入れないといけないんです……」
先ほどの紙束は自作の魔法薬のレシピで、店に売って借金の返済に用いようとしていたそうだ。
ただし、交渉に失敗してレシピの売却はできなかったらしい。
そうして失意を湛えて店を出たところで、俺とぶつかったわけである。
(理不尽極まりないな。加害者共の悪辣さに吐き気がするよ)
話を聞き終えた俺は、どうしようもない苛立ちを覚えた。
悪意に満ちすぎている。
明らかにイジメとかそういう段階を超えていた。
普通に犯罪である。
それにも関わらずシルエが追い詰められているのは、相手が貴族の子供だからだろう。
なんとも嫌な世界である。
(そういえば魔法学校の落ちこぼれと言ってたけれど、実際はどれくらいなんだろう)
俺は魔眼でシルエのステータスを確認する。
ふむ、確かにすべてのステータスが異様に低い。
初期状態の俺と同程度――否、これはそれよりも悪いな。
特にMPと魔法攻撃力、魔法防御に関してはどれも一桁という絶望的な数値であった。
とても魔法使い向きな能力値ではない。
ただ、所持スキルが優秀だ。
【詠唱短縮】【詠唱理解】【魔法知識】【魔力操作】【魔力感知】など、魔法使いにぴったりな能力がいくつもある。
他にも【調合】や【錬成】といった別の技能系スキルも持っているようだ。
町中で見かけた人々と比べても、明らかに数が多い。
もっとも、せっかくのスキルもMPを筆頭に各能力値が低いせいでほとんど活動できていないみたいだ。
まさに宝の持ち腐れに等しい。
結果として落ちこぼれと呼ばれてしまうのも納得だが、その一言でシルエの才能を否定するのは非常にもったいないと思う。
そこまで考えたところで、俺はふと閃きを得た。
(俺の【数理改竄 】で魔法関連のステータスを上げてやれば解決するんじゃないか?)
ネックとなっているのは能力値の低さだ。
そこをどうにかしたら、シルエの眠れる力は存分に発揮される。
金はともかく、少なくとも落ちこぼれのレッテルは剥がしてやれるだろう。
そうと決まれば話は早い。
こうして出会ったのも何かの縁だ。
俺は、シルエの悩みの解決に協力することにした。
世界一の薬草を蛇に食われた後、町に戻って目に付いた安宿で一晩を過ごした。
そしてほぼ一文無しになって現在に至る。
「さて、どうするかなぁ」
俺は今後の予定について思案する。
ドラゴンから得た四桁の高数値を失ったのは痛い。
昨日はショックで食事も喉を通らないほどだったが、今朝になってメンタルは多少回復した。
過ぎたことは仕方ないとして、粛々と受け入れることにしたのだ。
とにかく、同じ過ちは二度と犯さないよう肝に銘じる。
ふざけたことをしてチャンスを失うのは今回だけにしよう。
そういえば、新たに発見したこととして髪と目の色が変わっていた。
元はどちらも黒のはずなのだが、宿屋で顔を洗う際に水桶に映る自分の顔を見て気が付いたのである。
髪はくすんだ感じの朱色で、目は虹彩が澄んだ蒼色になっていた。
ドラゴンの血を浴びたり【鑑定の魔眼】を得たのが原因ではと睨んでいる。
まあ、何か異常を感じるわけではないのでいいだろう。
周りは明るい色合いの髪や目の人が多いので、黒髪黒目よりは目立たなさそうだ。
俺は露店の果物を買い食いしながら通りをぶらつく。
目的だったドラゴン退治は日帰りで終了した。
結果として高数値が得られないどころか物理攻撃力が下がる始末だったが、骨折り損のくたびれ儲けかと言うとそうでもない。
いくつかの変わった称号に加えて、強力な再生能力を持つスキルを取得したからね。
弱体化したとはいえ、あのドラゴンと正面から殴り合って死なないくらいだから、結構な効力ではないだろうか。
この再生能力を活かせば、色々とできることの幅が広がる。
たとえば酒場で見かけた連中のように冒険者をやるというのもいいかもしれない。
死ににくいが故の選択である。
そうして冒険者稼業の傍ら、今回のドラゴンのように高い数値を持ってそうな魔物を探し回ればいい。
生活費を稼ぐついでにステータスも上げられれば一石二鳥だ。
無謀ながらもドラゴンに挑んでよかった。
おかげで行動の選択肢が増えたね。
これなら異世界でもなんとか生きていけそうだ。
ある程度の目途が立って前向きになっていると、すぐ横の店からローブ姿の少女が飛び出してきた。
タイミングが悪くて避けられず、俺はその少女とぶつかる。
ここでスマートに受け止められたらかっこいいのだが、実際はそう上手くいかないのだ。
「あっ……すみません」
揺れる艶やかな紫色の長髪。
ぶつかった少女は、よろけて抱えていた紙束を取り落とす。
少女は謝罪の言葉を口にしながら、紙束を拾いだした。
幸いにも紐で括ってあるらしく、風に飛ばされるということもない。
このまま無視するのも薄情すぎるので、俺も紙束集めを手伝う。
あちらの不注意とはいえ、俺とぶつかって落とさせたものだからね。
申し訳ないという気持ちもあった。
「すみません、ありがとうございます……」
俺の行動に気付いた少女が礼を言う。
陰りのある顔は元気がなさそうだった。
言葉にも疲れが滲んでいる。
よく見れば顔色も悪く、今にも倒れそうなほどだ。
俺は拾った紙束の内容に目をやる。
それは何かのレシピの一部であった。
材料と作り方が綿密に記載されている。
内容はめくった二枚目に続いていた。
簡単なイラスト付きでなかなか分かりやすい。
知識のない俺でも、普通に読んでいるだけで十分に面白かった。
(ふむふむ、調合や配合と書いてあるけど何かの薬かな?)
黙々と紙束をめくっていると視線を感じた。
立ち上がった少女が、何か言いたげにこちらを見ている。
他の紙束はすべて拾っていた。
俺の持つ最後の一つを、早く返してほしいと言い出せずにいるようだ。
俺は読みかけの紙束を少女に渡す。
「珍しかったもので、気になって読んでしまいました。申し訳ないです」
「いえ……もうそんな価値もないものですから。お気になさらず」
少女はやはり暗い表情で答える。
すべてを諦めているかのような雰囲気であった。
そのまま会話もそこそこに、彼女は足早に立ち去ろうとする。
俺はなんとなく気になって声をかけた。
「あの、大丈夫ですか? 何かお悩みでしたら相談くらい乗りますが……」
お節介で偽善的な行動とは分かっていた。
だけど、このまま少女と別れるのは胸にしこりが残る。
要するに俺のエゴだ。
足を止めて振り向いた少女は、泣きそうな表情をしていた。
彼女は声を発さず、ただコクリと頷いた。
◆
近くの軽食屋に移動した。
そこで俺は、ローブの少女――シルエの不遇な状況を知る。
シルエはここ王都にある魔法学校の生徒で、数日前に魔法道具の窃盗と損壊の濡れ衣を着せられたらしい。
才能に恵まれない彼女は校内でも有名な落ちこぼれだそうで、今回の濡れ衣も嫌がらせがエスカレートした結果なのだという。
そんな彼女が反論しようが、誰も聞く耳を持たない。
嫌がらせの主犯格の生徒たちが、貴族の息子や娘なのも関係あるのだろう。
このような事情を経て、シルエは不本意ながらも魔法道具の弁償代を工面することにした。
無罪を訴えても意味がないと悟ったのだろう。
「最悪、このままだと犯罪者として奴隷に落とされるかもしれません。だから私は、なんとかお金を手に入れないといけないんです……」
先ほどの紙束は自作の魔法薬のレシピで、店に売って借金の返済に用いようとしていたそうだ。
ただし、交渉に失敗してレシピの売却はできなかったらしい。
そうして失意を湛えて店を出たところで、俺とぶつかったわけである。
(理不尽極まりないな。加害者共の悪辣さに吐き気がするよ)
話を聞き終えた俺は、どうしようもない苛立ちを覚えた。
悪意に満ちすぎている。
明らかにイジメとかそういう段階を超えていた。
普通に犯罪である。
それにも関わらずシルエが追い詰められているのは、相手が貴族の子供だからだろう。
なんとも嫌な世界である。
(そういえば魔法学校の落ちこぼれと言ってたけれど、実際はどれくらいなんだろう)
俺は魔眼でシルエのステータスを確認する。
ふむ、確かにすべてのステータスが異様に低い。
初期状態の俺と同程度――否、これはそれよりも悪いな。
特にMPと魔法攻撃力、魔法防御に関してはどれも一桁という絶望的な数値であった。
とても魔法使い向きな能力値ではない。
ただ、所持スキルが優秀だ。
【詠唱短縮】【詠唱理解】【魔法知識】【魔力操作】【魔力感知】など、魔法使いにぴったりな能力がいくつもある。
他にも【調合】や【錬成】といった別の技能系スキルも持っているようだ。
町中で見かけた人々と比べても、明らかに数が多い。
もっとも、せっかくのスキルもMPを筆頭に各能力値が低いせいでほとんど活動できていないみたいだ。
まさに宝の持ち腐れに等しい。
結果として落ちこぼれと呼ばれてしまうのも納得だが、その一言でシルエの才能を否定するのは非常にもったいないと思う。
そこまで考えたところで、俺はふと閃きを得た。
(俺の【
ネックとなっているのは能力値の低さだ。
そこをどうにかしたら、シルエの眠れる力は存分に発揮される。
金はともかく、少なくとも落ちこぼれのレッテルは剥がしてやれるだろう。
そうと決まれば話は早い。
こうして出会ったのも何かの縁だ。
俺は、シルエの悩みの解決に協力することにした。