第22話 勇者たちの不安事情
文字数 3,029文字
「勇者を辞めてきた……?」
意味が分からず、俺はオウム返しに訊く。
一体、どういうことだ。
俺の知らない間に王城で何かあったのだろうか。
ノザカの言葉から事情を考えていると、【傷瘴弾 】のクラウチがひょっこりと前に出てくる。
「ノザカちゃんは口下手だし、ここからは俺が説明するよ」
随分と気楽な口調である。
元の世界にいた頃から、クラウチはこのテンションがデフォルトだった。
よく考えたら、ここにいる三人は俺を蔑んでいなかった少数派だな。
女子二人に関しては単に眼中にないという印象だったが、少なくとも悪意を向けられた覚えはない。
ちょっとだけ苦手意識はあるけどね。
「スドウ、久しぶりじゃん。元気してた? ていうか、髪とか目の色が変わってるけどイメチェン? 可愛い子を連れてるけど、もしかして彼女とか?」
こちらの内心を知ってか知らずか、クラウチは質問攻めにしてくる。
底抜けに明るいな。
その元気をちょっとでも分けてほしいものだ。
俺なんてもう疲労困憊である。
それでも無愛想すぎるのはどうかと思い、俺は彼の質問に答えることにした。
「髪と目の色はちょっとした不可抗力だ。それとあの子は彼女じゃない。知り合いみたいなものだ。それより事情を教えてくれないかな。勇者を辞めたってどういうことなんだ」
するとクラウチは、ちょっと苦笑しながら語り始める。
「それがさ、ヒガタが死んだ後も国の上層部は淡々とした態度でさ。変わらず訓練を続けて勇者として力を付けるようにって命令してきたんだ。あのタイミングで魔族が襲撃してくるのも、想定内の範囲だったらしい」
続けてノザカが冷淡に言い放つ。
「王国にとっては、あの魔族の襲撃で国民の敵愾心を煽れれば良かったみたい。その方がスムーズに開戦へ話を進められるから」
「結局、不信感を抱いた俺たち三人は、結託してこっそりと城を抜け出してきたってわけさ。王国には頼らず、独自のルートで元の世界への帰還方法を探すためにね」
あっけらかんと述べるクラウチは、芝居がかった調子で肩をすくめた。
わざとフランクな態度を強調しているが、その裏には王国への少なからぬ嫌悪感が窺える。
「このままいい加減な対応を繰り返していたら、俺らみたいなパターンが続出しそうだね。まあ、生真面目な連中はそれでも公式勇者を続けるんだろうけどさ」
「それもそうだろうな」
俺は納得しつつ相槌を打った。
見知らぬ世界で王国の後ろ盾があるのは心強い。
おまけに帝国を打倒して技術を奪えば、元の世界へ戻ることも可能と明言していた。
周りがどうあれ、その恩恵に縋りたくなるのは当然の心理である。
いくら王国の態度に腹が立つと言っても、元の世界への切符を握られているのは確かなのだから。
(それにしても、勇者じゃなくなったわけではないのか……)
俺は三人のステータスを確認して気付く。
彼らの勇者称号はまだ残っていた。
ただし、ステータスの所属欄が空白だ。
国に属する勇者ではなくなったということかな。
俺みたいに勇者の資格を剥奪されたわけではないのだろう。
微妙に差別である。
今までのクラウチたちの話が嘘ではないのは、称号欄の【離反者】も物語っていた。
ついでに俺は、三人のスキルにも注目する。
俺の【鑑定の魔眼】のように、異能力だけではなく勇者として取得したものがあるはずなのだ。
【千手 】のノザカは【超怪力】【万能感知】【即死攻撃無効】の三つを持っていた。
それぞれの効果はだいたい名称通りで、言うまでもなく強力だ。
これに加えて異能力もあるのだから反則も良い所である。
【傷瘴弾 】のクラウチは【鷹の目】と【付与魔法】の二つのスキルだ。
前者は自分を起点に半径五十メートルを俯瞰視できるようになり、後者は様々な効果を自他に施せる魔法らしい。
異能力との調和性も高そうだ。
いつの間にか【憑霊術 】を解除しているシマは【物理完全耐性】と【魔力武器生成】である。
こちらも補足はそこまで要らないだろう。
前者は物理攻撃全般のダメージを大幅に減退し、後者はMPを消費することで任意の武器を生み出せるそうだ。
前言撤回。
こいつら無敵すぎやしないか。
スキル構成をよく見たら、俺が勝てる相手ではなかった。
なぜこんなにもスキルを持っている?
俺なんて一つだった上に、戦闘系の能力ではなかった。
他者や物体のステータスを視認できるだけだ。
たまたま【数理改竄 】の効果とマッチしたから役に立っているが、三人の発現したスキルに比べれば貧弱と言わざるを得ない。
この世界には平等という概念が存在しないらしい。
おまけに三人とも能力値が高い水準で揃っていた。
喉から手が出るほどに欲しいが、ここで敵対的な行動を取るのはマズい。
心惜しいけど穏便に事を運ぶのが一番だろう。
「それで、スドウはどうしてここにいるんだ?」
クラウチが興味津々といった様子で尋ねてきた。
嫉妬心をそっと隠した俺は、ここまでのざっくりとした経緯を話す。
ただしドラゴンや魔族の討伐、【数理改竄 】がステータスの入れ替えも可能なことは黙っておいた。
明かせば厄介なことになると分かっていたからだ。
「へぇ、大変そうね。というか、赤の他人の借金返済のために盗賊退治って、お人好しすぎない?」
シマが少し呆れた様子で俺を見やる。
ノザカとクラウチも大きく頷いていた。
そこはあまり否定できないね。
我ながらよくやっていると思っているよ。
まあ、収穫はたくさんあったから満足している。
誰が何と言おうと、俺が納得していればそれで問題ないのだ。
その後、軽い情報交換を経て三人はその場を去っていった。
追手を警戒しているそうだ。
このまま強行軍で国外へ脱する予定らしい。
西方に魔法研究に熱心な国があるそうなので、まずはそこへ向かうつもりなのだとか。
元の世界へ戻るための手段を探すのだろう。
別れ際、特に勧誘などはされなかった。
落ちこぼれだった俺をパーティに入れても、足手まといになるとの判断されたに違いない。
鑑定能力がないから、俺のステータスが見えなかったのだろう。
俺が城を追い出されたころのままだと思っている。
まあ、別にいいさ。
むしろ懸命な判断だと思う。
仮に【数理改竄 】のことを話して実力者だと認めてもらえても、今度は警戒されそうだ。
接触するだけで力を奪われる存在と見なされてもおかしくない。
どのみちスカウトしたいとは思わないだろう。
落ちこぼれのままでいた方が、双方にとって都合が良いのだ。
彼らの仲間になれれば今後が非常に楽だろうが、俺も無理に付いていきたいとは思わない。
シルエの借金返済の件もあるしね。
俺は彼らの旅路が上手くいくことを祈っていようと思う。
(勇者稼業も楽ではないようだ。最初の段階で追い出されて良かったかもしれないなぁ……)
思わぬタイミングでクラスメートたちの近況を知り、俺はしみじみとそう思った。
意味が分からず、俺はオウム返しに訊く。
一体、どういうことだ。
俺の知らない間に王城で何かあったのだろうか。
ノザカの言葉から事情を考えていると、【
「ノザカちゃんは口下手だし、ここからは俺が説明するよ」
随分と気楽な口調である。
元の世界にいた頃から、クラウチはこのテンションがデフォルトだった。
よく考えたら、ここにいる三人は俺を蔑んでいなかった少数派だな。
女子二人に関しては単に眼中にないという印象だったが、少なくとも悪意を向けられた覚えはない。
ちょっとだけ苦手意識はあるけどね。
「スドウ、久しぶりじゃん。元気してた? ていうか、髪とか目の色が変わってるけどイメチェン? 可愛い子を連れてるけど、もしかして彼女とか?」
こちらの内心を知ってか知らずか、クラウチは質問攻めにしてくる。
底抜けに明るいな。
その元気をちょっとでも分けてほしいものだ。
俺なんてもう疲労困憊である。
それでも無愛想すぎるのはどうかと思い、俺は彼の質問に答えることにした。
「髪と目の色はちょっとした不可抗力だ。それとあの子は彼女じゃない。知り合いみたいなものだ。それより事情を教えてくれないかな。勇者を辞めたってどういうことなんだ」
するとクラウチは、ちょっと苦笑しながら語り始める。
「それがさ、ヒガタが死んだ後も国の上層部は淡々とした態度でさ。変わらず訓練を続けて勇者として力を付けるようにって命令してきたんだ。あのタイミングで魔族が襲撃してくるのも、想定内の範囲だったらしい」
続けてノザカが冷淡に言い放つ。
「王国にとっては、あの魔族の襲撃で国民の敵愾心を煽れれば良かったみたい。その方がスムーズに開戦へ話を進められるから」
「結局、不信感を抱いた俺たち三人は、結託してこっそりと城を抜け出してきたってわけさ。王国には頼らず、独自のルートで元の世界への帰還方法を探すためにね」
あっけらかんと述べるクラウチは、芝居がかった調子で肩をすくめた。
わざとフランクな態度を強調しているが、その裏には王国への少なからぬ嫌悪感が窺える。
「このままいい加減な対応を繰り返していたら、俺らみたいなパターンが続出しそうだね。まあ、生真面目な連中はそれでも公式勇者を続けるんだろうけどさ」
「それもそうだろうな」
俺は納得しつつ相槌を打った。
見知らぬ世界で王国の後ろ盾があるのは心強い。
おまけに帝国を打倒して技術を奪えば、元の世界へ戻ることも可能と明言していた。
周りがどうあれ、その恩恵に縋りたくなるのは当然の心理である。
いくら王国の態度に腹が立つと言っても、元の世界への切符を握られているのは確かなのだから。
(それにしても、勇者じゃなくなったわけではないのか……)
俺は三人のステータスを確認して気付く。
彼らの勇者称号はまだ残っていた。
ただし、ステータスの所属欄が空白だ。
国に属する勇者ではなくなったということかな。
俺みたいに勇者の資格を剥奪されたわけではないのだろう。
微妙に差別である。
今までのクラウチたちの話が嘘ではないのは、称号欄の【離反者】も物語っていた。
ついでに俺は、三人のスキルにも注目する。
俺の【鑑定の魔眼】のように、異能力だけではなく勇者として取得したものがあるはずなのだ。
【
それぞれの効果はだいたい名称通りで、言うまでもなく強力だ。
これに加えて異能力もあるのだから反則も良い所である。
【
前者は自分を起点に半径五十メートルを俯瞰視できるようになり、後者は様々な効果を自他に施せる魔法らしい。
異能力との調和性も高そうだ。
いつの間にか【
こちらも補足はそこまで要らないだろう。
前者は物理攻撃全般のダメージを大幅に減退し、後者はMPを消費することで任意の武器を生み出せるそうだ。
前言撤回。
こいつら無敵すぎやしないか。
スキル構成をよく見たら、俺が勝てる相手ではなかった。
なぜこんなにもスキルを持っている?
俺なんて一つだった上に、戦闘系の能力ではなかった。
他者や物体のステータスを視認できるだけだ。
たまたま【
この世界には平等という概念が存在しないらしい。
おまけに三人とも能力値が高い水準で揃っていた。
喉から手が出るほどに欲しいが、ここで敵対的な行動を取るのはマズい。
心惜しいけど穏便に事を運ぶのが一番だろう。
「それで、スドウはどうしてここにいるんだ?」
クラウチが興味津々といった様子で尋ねてきた。
嫉妬心をそっと隠した俺は、ここまでのざっくりとした経緯を話す。
ただしドラゴンや魔族の討伐、【
明かせば厄介なことになると分かっていたからだ。
「へぇ、大変そうね。というか、赤の他人の借金返済のために盗賊退治って、お人好しすぎない?」
シマが少し呆れた様子で俺を見やる。
ノザカとクラウチも大きく頷いていた。
そこはあまり否定できないね。
我ながらよくやっていると思っているよ。
まあ、収穫はたくさんあったから満足している。
誰が何と言おうと、俺が納得していればそれで問題ないのだ。
その後、軽い情報交換を経て三人はその場を去っていった。
追手を警戒しているそうだ。
このまま強行軍で国外へ脱する予定らしい。
西方に魔法研究に熱心な国があるそうなので、まずはそこへ向かうつもりなのだとか。
元の世界へ戻るための手段を探すのだろう。
別れ際、特に勧誘などはされなかった。
落ちこぼれだった俺をパーティに入れても、足手まといになるとの判断されたに違いない。
鑑定能力がないから、俺のステータスが見えなかったのだろう。
俺が城を追い出されたころのままだと思っている。
まあ、別にいいさ。
むしろ懸命な判断だと思う。
仮に【
接触するだけで力を奪われる存在と見なされてもおかしくない。
どのみちスカウトしたいとは思わないだろう。
落ちこぼれのままでいた方が、双方にとって都合が良いのだ。
彼らの仲間になれれば今後が非常に楽だろうが、俺も無理に付いていきたいとは思わない。
シルエの借金返済の件もあるしね。
俺は彼らの旅路が上手くいくことを祈っていようと思う。
(勇者稼業も楽ではないようだ。最初の段階で追い出されて良かったかもしれないなぁ……)
思わぬタイミングでクラスメートたちの近況を知り、俺はしみじみとそう思った。