第13話 創られた成長

文字数 2,402文字

 ズタボロになったジャージから制服に着替えた俺は、町の通りへと出る。
 辺りは次第に落ち着きを取り戻しつつあった。
 悲鳴と怒声が飛び交うレベルのパニックは治まっている。

 勇者による魔族討伐の影響が大きいのだろう。
 最たる脅威が退けられたとなれば、人々もそれほど慌てずに済む。
 厳密には俺が仕留めたわけだが、それをわざわざ言い広めることもあるまい。

 新たに取得した称号も残らず非表示設定にしておいた。
 誰かにステータスを覗き見されて騒がれるのも面倒だからね。
 鑑定能力はそこそこ珍しいらしいが、わざわざ称号を見せびらかす必要もあるまい。

(勇者たちは……もういないのか)

 彼の乗っていた馬車は既に消えている。
 ヒガタの死体も消えて、石畳に血痕だけが残っていた。
 なかなか迅速な対応である。

 今頃、王城に戻って緊急会議でも始めているかもしれない。
 あっさりと流してしまったが一大事だろうからね。
 国民へのパフォーマンスの最中に、勇者が殺されてしまったのだ。
 これからの行動にだって不都合が生じているに違いない。

 これからどうなっていくのか気になるところではある。
 まあ、追い出された俺には関係ないことだけどね。
 願わくばさっさと魔族やら帝国を倒して平和をもたらしてほしい。

「うぅ、気持ち悪い……」

 制服から漂う微かな血の臭いに顔を顰める。
 入念に洗ったが、ドラゴンの血が染み込んでしまっていた。
 全体の色合いも本来のものとは変わっている。

 懐が温まったら、きちんとした衣服を買いに行こう。
 本当は他人の借金返済を手伝っている場合じゃないよね。
 我ながらお人好しすぎる。
 もう少し自分本意で生きていいと思う。

 そんなことを考えながら視線を巡らせているうちに、ギルド前に立つシルエを発見した。
 律儀に動かずにいてくれたらしい。

 こちらに気付いたシルエは、緊迫感のある表情で歩み寄ってくる。

「ス、スドウさん! あの……魔族は……?」

 周囲に配慮した小声。
 聞かれたらまずい内容だからね。

「ちょっと大変だったけど倒したよ。もう安全さ」

「え!? ほ、本当ですか」

「うん、本当」

 シルエは口に手を当てて仰天する。
 驚きのあまり、言葉も出ないという風な状態だった。

 我ながら結構なことをやってのけたからね。
 実行するつもりはないが、きちんと名乗り出たらあちこちから称賛されそうだ。
 クラスメートから余計な感情を向けられる可能性もあるから絶対にやらない。

 下手に嫉妬されて攻撃されたら洒落にならないぞ。
 ドラゴンや魔族をぶっ殺している俺だが、高ランク異能力者が相手だと非常に分が悪い。
 相性にもよるが、再生力と【数理改竄(ナンバーハック)】だけでは歯が立たないだろう。
 今回は成り行きで仕方なく戦ったものの、なるべく関わりたくないものである。

 さて、思わぬトラブルで心身共に疲弊してしまった。
 本音を言うなら一週間くらい休みたい。
 だけど、これから賞金稼ぎとして働かなければならないのだ。

 タイマンで魔族に勝ったのだから、人間くらい楽勝だよね。
 うん、いけるいける。

 自分を鼓舞しながら町の外へ繋がる門を目指す。

(そうだ、今のうちに戦力強化しておくか)

 盗賊団との戦いにおいては、シルエの力も借りたい。
 相手は大勢という話だし、俺が単身で一人ずつ殺すと効率が悪すぎるからね。
 ただ、現在のシルエの能力値では心許ないので、【数理改竄(ナンバーハック)】でお手軽にパワーアップしてしまおうというわけだ。

 俺は耐久値目当てに地面の小石を拾い集めていく。
 竜の牙や鱗からも数値は取れるが、どちらも貴重品なので今回は手を付けない。
 仮に取ったとしても100前後だ。
 下手に低い数値を入れて壊れたら嫌なので、しばらくは放置する方向でいく。
 武具として然るべき加工を経れば、かなり強くなる気がするのだ。
 大事に温存しておこう。

 石拾いを始めた俺をシルエは訝しそうに見てくるが、口に出して指摘はしてこない。
 何かしらの意図があることは伝わっているようだ。

 手頃な数値を持つ小石が手に入ったところで、俺はシルエに話を切り出した。

「突然なんだけど、俺は他者を強化する力を持っているんだ」

「は、はぁ……」

 いきなりの告白に、シルエは戸惑い気味に相槌を打つ。

「よかったらシルエさんに使わせてもらえないかなぁと思ってね。盗賊との戦いで有利になると思うんだ。俺はこの力で魔族に勝ったんだから、信用してもらっていいよ」

「そうなんですか……!?」

 シルエは目を丸くして驚く。
 魔族を仕留めてきたばかりの俺が言うと、やはり説得力が違うらしい。
 少し考えた後にシルエは俺に頭を下げた。

「お願いします。頑張ってお役に立ちますので、私を強くしてください!」

 彼女の瞳には揺るぎない信念が宿っていた。
 正真正銘、本気の言葉だ。

 俺は頷いてシルエの肩にそっと手を置く。
 反対側の手には小石を握った。

 魔眼の力で双方のステータスを展開する。
 そして、シルエの能力値を残らず入れ替えた。
 これによってシルエの能力値はだいたい60前後にまで上昇する。
 元が低かったので、だいたい倍程度になった。

 シルエは小さく震えながら自分の手を凝視する。

「す、すごいです! 魔力がこんなに……はっきりと感じます!」

 喜んでくれているようで何よりだ。
 感動に浸るシルエを邪魔しないよう、俺は無言で微笑むだけに留める。
 この分なら張り切って盗賊との戦いに臨んでくれそうだ。

 シルエの目に光るものを見て、俺はこの異能力の価値をまた一つ知った。
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