第32話 囚われた勇者の救出

文字数 2,453文字

 一瞬の浮遊感を経て視界が切り替わった。
 硬い床に着地した俺は、視線を巡らせて周囲を確かめる。

 現在地は、全面が石畳で構成された薄暗い室内だった。
 石畳の表面にはうっすらと苔が生えている。
 油断すると足を滑らせそうだ。
 湿っぽい空気と微かな異臭が不快感を煽る。

 すぐそばには他のメンバーもいた。
 どうやら無事に地下牢獄へワープできたらしい。
 こんなにあっさりと侵入できてしまうとは、やっぱり移動系の異能力は便利だ。

 牢獄内には、いくつもの鉄格子で囲われた空間があった。
 そこにはクラスメートの異能力者が収容されている。
 見渡す限りでは十人くらいだろうか。
 下へ続く道が見えるので、あちらにも同様のフロアがあるのだろう。

 そんな風に観察していると、出入り口らしき場所に立つ二人の兵士が驚愕する。

「し、侵入者だと!?」

「転移阻害の術式が施されているはず。どうやって入ってきたッ」

 兵士の言葉から推測するに、地下牢獄には何かしらの侵入対策が為されていたのだろう。
 まあ、当然か。
 洗脳中の勇者を閉じ込めているのだから、厳重な守りでもおかしくない。
 俺たちが侵入対策を無視できたのは、【空間歪路(ワープホール)】は魔法ではなく異能力だからだろう。

「とにかく、上階の勇者様を呼びに行くぞっ」

 そう言って兵士の一人が出入り口の階段を駆け込もうとする。
 もう一人は俺たちの足止めをするつもりのようで、剣を抜いて構えた。
 ここで仲間を呼ばれると厄介だ。
 早急に職務放棄してもらわないといけない。

 俺は兵士たちに突進する。
 立ちはだかる一人目を力任せに棍棒で殴り倒し、逃げ去ろうとする二人目を掴んで引き倒した。
 いずれも反応される前に仕掛けたので造作もない。
 高い素早さ故に可能な芸当である。

「く、くそっ」

 倒された兵士の繰り出す剣を素手で止めながら、顔面を棍棒で打ち据えて意識を奪う。
 二人の兵士のHPが九割ほど削れていたが、死んでいないので大丈夫だろう。

 ちなみに兵士たちは洗脳されていなかった。
 たぶん操られた国王に命令されて警備していたものと思われる。

 防御に使った手にうっすらと切り傷ができていた。
 それも血が滲む前に治癒される。
 如何なる致命傷でも数秒で回復するのだ。
 これくらいではもはや驚かない。
 本当にあのドラゴンには感謝せねば。

 兵士のステータスに「状態:昏倒」があるのを確かめてから、彼らが腰に吊るした鍵束を拝借する。
 チャリチャリと鍵束を指で回していると、カネザワが感心したような顔で見てきた。

「……とんでもないスピードだな。それに随分と戦い慣れている。"赤髪の魔弾"の噂から強いことは知っていたが、まさかこれほどとは思わなかった。一体、どうやってそこまでの力を身に付けたんだ?」

「野垂れ死にするのが嫌だったから、持っている力で頑張っただけだよ」

 俺は苦笑混じりに答える。
 嘘は言っていない。
 今になって考えれば、色々と無茶をしてきたものだ。
 正直、運に助けられてきた感も否めない。
 それを自覚しているから明言は避けた。

 見れば他の三人のクラスメートも、カネザワと同じような表情を俺に向けている。
 なんだか変な感じだ。
 到底届かないと思っていた連中が、俺にそんな風に見る日が訪れるなんてね。
 我ながら未だに落ちこぼれのFランク異能力者という感覚が抜けていないのだが。
 ちょっと戸惑ってしまう。

「とりあえず、さっさと皆を出そう」

 照れ臭くなった俺は足早に動いて、鍵束で牢屋を順に開錠していく。

 中で苦悶する勇者たちは、額から巨大なネジがはみ出していた。
 ステータスには「状態:洗脳(抵抗)」の表記がある。
 カネザワの情報通り、まだ完全に洗脳されているわけではないようだ。
 洗脳が浸透したら牢屋の外で味方として行動させるつもりだったに違いない。

「今度は俺の出番だ」

 先頭に立ったカネザワが、苦しむ勇者たちに視線を合わせる。
 すると、彼らに刺さるネジが飴玉になってコロコロと床に転がり落ちた。
 【収集癖(コレクション)】を発動したのだ。
 洗脳の状態異常も消え去っていた。
 やっぱりすごいな。
 Sランク異能力者の名は伊達ではないということか。

 その後、カネザワは勇者たちのネジを残らず飴玉にして洗脳を解除した。
 俺は牢屋を開けるだけの簡単な仕事である。

 さらに下のフロアも確認すると、似たような構造の空間があって数人の異能力者たちが囚われていた。
 こちらには見張りの兵士もおらず、持っていた鍵束で問題なく開放できた。
 そちらもカネザワの異能力で洗脳を解除する。

 自由の身になったクラスメートたちは、まだ体調が悪そうな様子だった。
 意識が朦朧としている者も多い。
 洗脳が解けたばかりで心身の疲労が残っているのだろう。

 しかし、ここに長居するわけにもいかない。
 早く脱出しなければ。
 ちょっと酷かもしれないが、彼らにも戦力としてやってもらわねばならないことがあるのだ。
 囚われた勇者を救って終わりではない。
 タウラをどうにかする必要があった。

 そうして脱出の準備をしていると、急にカネザワが警告の声を上げる。

「凄まじい速度で近付いてくる人間がいるぞ! 敵意の有無での検索に引っかかったから、間違いなく俺たちの敵だッ!」

 直後、眼前を何かが霞んで通過して、近くにいた【空間歪路(ワープホール)】のナナクラが吹き飛んだ。
 彼は受け身も取れずに壁に激突する。
 頭部から流れた血が床の溝を伝って広がり始めた。

「おっと、こいつは意外な客だな。面白い奴らが攻め込んできたもんだ!」

 嘲りを含んだ明るい声音。
 出入り口の階段にて笑うのは、元クラスメートの勇者だった。
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