第45話 躊躇いなき決断

文字数 2,720文字

 雷魔法でさらなるブーストを得たクジョウ。
 彼はもはや瞬間移動にも等しい速度で攻撃を仕掛けてくる。

 拳の殴打が襲いかかる。
 辛うじて残像が見えた時には、胸部が破裂していた。

「――ッ」

 視界が真っ白にスパークする。
 頭の中が煮え滾るような感覚だった。
 攻撃を受けて感電したらしい。
 幸いにもギリギリで意識は飛ばない。

 俺はほとんど反射的にクジョウに掴みかかった。

「なにぃっ!?」

 クジョウの驚く声。
 彼は俺を突き飛ばしながら距離を取る。
 その際にも電流が炸裂し、またもや全身を駆け巡って俺を焼いた。

 俺はふらつく身体に煩わしさを覚える。
 咳き込むと血と煙が出た。
 何やら焦げ臭い。
 俺自身が焼けたせいだろう。

 目が乾くので瞬きをしていると涙らしきものがどっと溢れ出る。
 指で拭うとそれは赤い粘液だった。
 確認する術はないものの、眼球がグロいことになってそうだ。

(ちょっとした接触で結構なダメージになったな……)

 さすがは異能力と魔法の合わせ技だ。

 苦痛に顔を顰めつつ、俺はナイフを構え直す。
 普通なら死ぬような怪我だろうが、所詮はその程度だ。
 現在進行形で発揮される再生能力があれば、すぐに無傷状態に戻る。
 強烈なクジョウの電撃だが、それでも俺を即座に死へと至らせることはできないようだ。

 重傷を負いながらも倒れない俺を見て、クジョウは気持ち悪そうに呻く。

「なんだお前……今のは直撃だった。体内が沸騰して即死するはずだろ? どうして生きてやがるんだッ」

 タウラが洋菓子を齧りながら回答する。

「今までの戦いを見るに、スドウ君は再生能力を持っているわ。致命傷でも数秒で全回復するみたい」

「どうしてだ……どうしてこいつ如きがッ! 異能力と勇者のスキルは雑魚のはずじゃねぇのかよ!

 吼えるクジョウに、タウラが肩をすくめてみせる。

「私に訊かれたって知らないわ。鑑定用の魔道具もないのだし。そんなに気になるのなら、本人に教えてもらえば?」

 そう言って彼女はこちらを指差した。

 俺は呆れを隠さずに答える。

「教えるわけないだろ」

「――だよな! なら死ぬまで殺すだけだッ」

 クジョウは叫び、再び突進してくる。
 どこまでも脳筋な奴だ。

 俺は手に持っていたナイフを投擲する。
 クジョウの姿が消えて、ナイフは虚しく空を突き進んでいった。

 そして目の前に出現するクジョウ。
 俺は手刀で振り下ろすも、命中する前に蹴り飛ばされた。

 視界いっぱいに電流が瞬く。
 腹部辺りに激痛を感じ、耳鳴り以外の音が聞こえなくなった。

(……鼓膜をやられたか)

 蹴られた勢いで俺は床をバウンドする。
 それでも痺れる手足をなんとか動かして立ち上がった。

 刹那、顔の右半分が暗くなる。
 無事な左目で見れば、クジョウの拳がめり込んでいた。

 頭が異様に熱い。
 連続で電流を受けたせいでショート寸前なのかもしれない。
 それでもまだ動けそうだ。
 脳や脊髄が潰れていないおかげだろう。
 人間の身体というものは意外と頑丈にできているらしい。
 それとも高くなったHPによる補正なのか。

「…………っ」

 声を出そうとして、声帯が壊れていることに気付く。
 構わず俺は顔面に刺さるクジョウの腕に手を添えようとした。
 しかし、あと少しの所で逃げられてしまう。

(やはりこのままでは倒せない、か……)

 超スピードのせいで【数理改竄(ナンバーハック)】を使う隙がない。
 数秒でも止まってくれればHPを一桁にして即死攻撃へと繋げられるのだが。
 問題がその数秒を確保できないことだ。

 タウラが世間話でもするかのようにクジョウに忠告する。

「お察しだと思うけど、彼は妙な能力を持っているわ。彼からの接触には注意することね。それと彼はもう落ちこぼれのFランクじゃない。Sランク異能力者をも打倒する強者よ。見くびらない方がいいわ」

「分かっている! いちいちうるせぇ、指図すんな。もっと速く動けばいい話だろ? あのヒーロー馬鹿もそうやって仕留めたんだ。雑魚が生意気なことをしやがって……ぶち殺してやる」

 仄かに発光するクジョウが放電状態で突っ込んでくる。
 異能力と魔法の出力を上げたようだ。
 消耗を考えていないな。
 圧倒的なパワーで一気に叩き潰すつもりか。

 俺は横っ飛びで回避行動を取る。
 足元から三十センチ先の床が爆散した。
 地面を殴り付けるクジョウの姿が確認できる。

 煌めく電流の軌跡からクジョウの動きを予測したのだが、上手く成功した。
 そう何度もやれるものではなさそうだけどね。
 今のはまぐれに近い。

 俺は床に手を突いて反転した。
 遠心力を乗せてクジョウに蹴りを放つ。

 クジョウはやはり姿を消して避けた。
 割と本気で攻撃しているのだが、全然当たらない。

 脇腹に熱い感触を覚える。
 気が付けば、クジョウの貫手が突き刺さっていた。

 体内をこねくり回される不快感。
 肋骨が折れて内臓まで抉られているようだ。

 俺は上体を捻ってクジョウに触ろうとする。
 それより先に腕を振り払われ、宙を飛んだ末に壁に叩き付けられた。

 起き上がると同時にクジョウの膝蹴りが顔面に直撃する。
 平衡感覚を失って床に倒れた。

(スピードの差がありすぎる……見切る見切れないの話じゃないぞ)

「ぎゃっはっははははははぁ! おいスドウ! 立ってみろよ! 死なないんだろ!? 立てって言ってんだろうがッ!」

 クジョウは下品な笑いを上げながら何度も蹴り付けてくる。
 加速度的に破壊される肉体。
 雷撃を乗せた蹴りはなかなか効く。

 脳が焼き切れそうなのか、思考も鈍ってきた。
 全身が痺れて満足に動けない。
 なんとかしてクジョウに触れようとするも、彼はひょいと即座に足を引いてしまう。

 さすがにそこまで間抜けじゃないか。
 あまりの連続攻撃で再生能力も満足に働いていなかった。
 蓄積するダメージと拮抗して回復し切れない。

(弱ったなぁ。いくら死なないと言っても、これじゃあ詰みだ……)

 クジョウの猛打に意識が遠のきつつあったその時、張り詰めた声が聞こえてきた。

「そこまでです! 動かないでください……さもないと、この方の命は保証できません」

 声を契機に蹴りが止まった。
 俺は首だけを動かして発言者を確認する。

 魔法銃を持つシルエが、それをタウラの頭に突き付けていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み