第5話 冒険者

文字数 3,756文字

 俺とシルエは、町の冒険者ギルドへと向かっていた。

 冒険者とは、主に魔物討伐を生業とする半フリーの職業を差す。
 ギルドにて登録を行うと、掲示された依頼を受注できる仕組みだそうだ。
 未開拓地域の調査や古代の遺跡を探索することもあるそうで、危険を覚悟すれば短期的な稼ぎが大きいらしい。

 なぜそんな施設へ向かっているかと言うと、シルエの弁償代もとい借金返済のための金を得るためだ。
 ちなみに借金は金貨五十枚だという。
 具体的にどれくらいなのか分からないが、たぶんかなりの高額なのだろう。
 少なくとも通りの露店では、銅貨や銀貨しか使われていなかった。

 肝心の返済期限だが、二日後の昼らしい。
 現在、彼女の所持金を掻き集めても金貨一枚にも満たないとのことだ。
 請求されたのが一昨日と言うのだから、かなり無茶な条件だと思う。

 当然、それだけの大金を二日後までに集めるのはほぼ不可能。
 唯一、冒険者として高額報酬の依頼を狙うことだけが解決策になり得るのであった。

「こんなことに付き合わせてしまって、本当にごめんなさい。スドウさんには何の利益もないのに……」

「いえいえ、とんでもないです。お恥ずかしいことに物を知らない田舎者でして、色々と教えていただけて十分に助かっていますよ」

 これは事実だ。
 何も善意だけでシルエに協力するわけではない。

 この世界で生きていく上で、現地の人間の知識や情報は必須だ。
 ちょうど協力者がほしいと思っていた。
 そんな事情もあって、シルエの手助けをするのは俺にとっても一定のメリットがある。

(金貨五十枚か……)

 俺はリュックサックの中身に意識を向ける。
 持ち帰ったドラゴンの爪と牙なら売れば結構な金になりそうだが、なんとなく市場に出さない方がいい気がした。
 どうも騒ぎになりそうな予感がする。
 あれだけ強い魔物の素材なら、高い金を払ってでも欲しい者はいそうだもんね。

 これは最後の手段だな。
 どうしても金が足りない時は売却して、さっさとこの町を出ていこう。
 ドラゴンの素材を目当てに、余計な連中に目を付けられても面倒だ。

「スドウさんのご予定は本当に大丈夫なのですか? 迷惑でしたら遠慮なく言っていただければ」

「まったく問題ないですよ。特に予定はないですから」

「でも――」

 シルエは自分の事情に俺を巻き込んでいることに罪悪感を覚えている様子だ。
 別にいいのにね。
 どうせやることなんて決まっていなかったのだ。
 遅かれ早かれ冒険者にはなるべきかと思っていたので、むしろちょうどいいくらいである。

 シルエからすれば、出会ったばかりの人間の借金返済を手伝うお人好しといった感じだろうか。
 まあ、お人好しだろうが何だろうが、俺が納得できればそれで構わないだろう。
 誰かのために頑張るというのも行動の自由である。

 そうこうしているうちに、俺たちは冒険者ギルドに到着した。
 三階建ての木造建築で、やたらと頑丈そうな外観だ。
 武装した冒険者らしき人々が出入りしている。

(ここで冒険者になれるのか……)

 俺は密かにワクワクしていた。

 ゲームにしかないようなファンタジー職業だ。
 それに自分がなれるなんて、なかなか夢のある話じゃないか。
 この世界に来た当初は勇者になれそうだったが、あれは嫌な思い出なので蓋をして忘れておく。

 色々と考えているうちにシルエが先んじてギルドに入ってしまった。
 俺もその後に続く。

「おぉ、すごい……」

 室内を目にした俺は思わず呟く。
 そこにあったのは、まさに想像していた通りの内装だった。
 受付カウンターや依頼が貼り出された掲示板が設けられており、揃いの制服を着た職員さんが冒険者を待っている。

 感心すると同時に、ムッと酒の臭いが鼻腔を突いた。
 一階部分の半分ほどが酒場になっているようだ。
 雑多に並べられたテーブルに、昼間だというのに飲んだくれている冒険者がたくさんいた。
 なかなか凄まじい光景である。
 昨日も酒場で盛り上がる冒険者を見かけたし、そういう生態だと認識した方がいいのだろうか。
 とりあえずあまり近寄らないでおこう。

 その間にシルエは、受付でギルドの職員と会話を進めていた。
 俺と自分の二人分の冒険者登録を頼んでいるようだ。

 それを承った職員さんは、慣れた手つきでカウンターに白い板を置いた。
 大学ノートくらいのサイズで、手形のような模様が描かれている。
 職員さんは淀みない口調で説明を始めた。

「始めにこの鑑定用の魔法道具でお二人のステータスを測定します。名前、種族、所属、スキル、称号を確認して、それらの情報を冒険者カードに記録してお渡しする形となります。ご理解いただけましたら、お一人ずつ測定していきますね」

 職員さんの言葉に俺はギョッとする。

(俺のステータスを見られると面倒なことになりそうだぞ……)

 懸念箇所はいくつもある。
 称号の【竜殺し】は俺がドラゴンを倒したことがバレバレだし、スキルの【竜血の洗礼:生命竜】も同様にマズい。
 あまり目立ちたくないのだ。
 まだ自衛もままならない状態だし、どんな人間が悪意を以て近付いてくるか分かったもんじゃない。
 高い再生能力なんて知られたら、人体実験のために拉致されるとかもありそうだ。
 せっかくの異世界でその展開は遠慮したい。

(何か誤魔化す手はないか? 今更、登録しないというのも不自然で怪しいもんなぁ……)

 どうにかできないかとステータスを確かめていたところ、俺は便利な能力を発見した。
 【異界の改竄者】の効果で、数値以外の項目を弄れることが判明した。
 しかも、念じるだけで効果を発動できる便利仕様だ。
 称号にも色々な効果があると初めて知ったよ。
 ちゃんとチェックしないと駄目だね。

 とにかく、これでピンチは回避できる。
 シルエが測定を受けている間、俺はスキルや称号を残らず非表示にしておいた。
 この状態でも各能力は問題なく発動できるみたいなので支障はない。
 名前はスドウだけに変更する。

 本来のステータスも二重表示で確認できるみたいなので、混乱することもなさそうだ。
 どこまでもゲームっぽいなぁと思うけど、便利なので何も文句はない。
 職員さんからも特に何も指摘されず、俺は無事にステータス測定を済ました。

 余談だけど、通常の鑑定能力では名前、種族、所属、スキル、称号辺りしか分からないらしい。
 鑑定能力のグレードに従って、閲覧可能な項目が増えるのだという。
 ステータスの能力値まで視える俺の魔眼は、意外と高性能みたいだね。
 このことは念のために黙っておこう。
 魔眼摘出を狙って拉致されたら笑えない。
 再生能力もそうだが、段々と人に言えない秘密が増えてきた。
 なるべく知られないようにしなければ。

 数分ほど待っていると、小さな鉛の板を渡された。
 表面にはステータス測定で表示された情報が彫り込まれている。
 これが冒険者カードのようだ。

 見比べるためにステータスを表示させたところ、所属欄が冒険者ギルド、職業欄がFランク冒険者になっていた。
 異世界に来た時点では、どちらも空欄だった。
 今の登録をきっかけに追加されたのだろう。
 無職を脱したということか。
 喜んだ方がいいのかな。

(Fランクかぁ……)

 馴染み深いその響きに、俺は遠い目をする。
 元の世界において、俺はFランク指定の異能力者だった。
 正直、好きな言葉ではない。
 むしろ最も嫌いと評してもいい。

 まあ、この世界ではそれほど悲観することはない。
 職員さんによると、依頼をこなしてギルドに貢献していくことでランクが上がる仕組みらしいのだ。
 一般的にはBランクに到達できれば上出来で、将来も安泰だと言われた。
 そこまで行くと稼ぎもかなりのものだという。
 つまり、頑張り次第でFランクも脱却できるのである。
 なかなか夢があっていいよね。

 一方、シルエは冒険者カードをじっと見つめてニヨニヨと頬を緩めていた。
 もしかして、冒険者に憧れでもあったのかな。
 その姿に癒される。
 さっきまでずっと暗い表情だったからね。
 やっぱり笑った顔の方が可愛い。

(この子のためにも、早くお金を稼いで憂いを払ってあげよう)

 俺が決意を固めていると、酒場の方から野太い声が飛んできた。

「おいおい、ここはガキの遊び場じゃねぇんだぜ。どこから迷い込んだんだ?」

 嘲りを多分に含んだ口調。
 受付周辺には、俺たち以外の冒険者がいなかった。
 間違いなくこちらへ向けられた言葉だ。

「スドウさん……」

 先ほどまで笑顔だったシルエの表情が引き攣っていた。
 彼女は自分の身体を抱いて、ぎゅっとローブを掴んでいる。

(注目されないようにしてたんだけどなぁ)

 嫌な予感がしながらも、俺は声のした方向を見る。

 のそのそと大股で近付いてくるのは、鎧を着た数人の男たちだった。
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