第38話 闇夜の待ち人

文字数 2,170文字

 次のフロアは闇に包まれていた。

 陽光を取り入れるためのガラス窓が全て木材で塞がれた上でカーテンをかけられている。
 それが何重にも施されているという徹底ぶりだ。

 下階からの光は不自然に途切れて、何も見えない闇が広がっている。
 シルエによると、闇魔法によってこのような状態になっているらしい。
 黒一色の空間を前に僅かに不安が抱いてしまう。

(本当に暗いな……)

 俺は目を細めて先を見通そうとする。

 とても昼間とは思えない。
 この部屋にいる人物は、よほど光を毛嫌いしているらしい。
 或いは日光が入ると都合が悪いのか。

 誰の仕業かはなんとなく予想できた。
 答えはすぐに分かることだろう。

 シルエの魔法で光源は確保できるが、迂闊に点けたりはしない。
 この暗闇でそんな真似をすれば、いい的になることだろう。
 目立って仕方ない。

 辛抱強く待っていると、次第に目が慣れて室内の様子が分かるようになってきた。
 魔眼の補正もあるのだろうか。
 夜目にしては妙にくっきりとしている。

 目を凝らすと、前方に並ぶ三人の勇者が見えてきた。

 一人は長身の青年。
 癖のある黒髪に色白の肌が特徴だ。
 黒づくめの衣服を着ており、目は深紅の光を灯している。

 Sランク異能力者、クロシキ・シュウヤである。
 彼の持つ異能力は【夜闇ノ使徒(ナイトウォーカー)】。
 効果は吸血鬼化だ。
 具体的には怪力、再生能力、飛行、異能力耐性など様々な特殊能力を獲得する。
 条件にさえ恵まれれば、他のSランクをも凌駕する無敵の存在だ。

(再生能力って、完全に俺の上位互換だな……)

 あちらの方が総合的な強さが上だからね。
 俺みたいにそこだけが秀でているわけでもないし。

 クロシキの隣にいるのはローブ姿の少女だ。
 彼女の名はシマザキ・フウカ。
 Aランク異能力者で【屍起覚醒(ネクロマンシー)】の使い手である。
 端的に言えば、死体を自在に操って使役させる力だ。

 三人目の勇者は、【炎塵界(バーニング)】のヒガタ・シンゾウ――かつて魔族に暗殺された異能力者だった。
 爆散した頭部は鋼鉄製の兜で覆われている。
 中身がどうなっているのか、確認したいとは思えない。

(なるほど、回収した遺体を【屍起覚醒(ネクロマンシー)】で蘇らせたのか)

 俺はすぐに合点がいくと同時に焦る。
 最悪の組み合わせだ。
 Sランクのクロシキだけでも絶望的だというのに、そこに追加で二人も勇者がいるとは。

 ちなみに遺体を除く二人の勇者は洗脳されていなかった。
 まあ、薄々予想はしていた。
 この二人はそういう性格なのだ。
 王国に大人しく従うような連中ではない。
 おそらくはタウラの部下ということもないだろう。
 成り行きで一時的に加担している程度だと思う。

 俺たちを見るクロシキが、意外そうに手を打った。

「おや。まさかスドウが来るとは思わなかった。もうとっくの昔に他国へ去ったと思っていたな。追い出された身なのに、この国を救いに来たのか?」

 シマザキはブツブツと何かを呟いている。
 内容は聞き取れない。
 死体であるヒガタは微動だにせず佇んでいた。

 俺はクロシキの会話には応じず、魔法銃を発砲する。
 のんびりと談笑する時間なんてないのだ。

 放たれた光弾の雨はクロシキを撃ち抜いた。
 シマザキへ飛んだ分は、立ちはだかるヒガタによって防がれる。
 肉の盾として使ったのか。
 彼女への攻撃から庇うように命令されているのだろう。

 一方、全身がズタズタになったクロシキは、仰け反った姿勢で苦笑していた。

「おいおい、不意打ちかよ――俺じゃなければ死んでいたな」

 クロシキが姿勢を戻す。
 抉れて穴の開いた肉体が逆再生のように癒え始めた。
 瞬く間に傷が修復されていく。

(やはり通常の攻撃では効かないか)

 その間に俺は魔法銃の狙いを上にずらし、内外を隔てる壁へと撃ちまくった。
 光弾が次々と炸裂するも、煙を上げるばかりで壁は壊れない。
 おかしい、なぜだ。
 ただの壁なら今ので崩壊するはずだった。

 再生を終えたクロシキが鼻を鳴らす。

「そういう無粋な真似をするやつがいるだろうから、壁は魔法で頑丈にしてあるんだ。日光で吸血鬼を倒すなんて、使い古された結末だと思わないか? さて、雑談はこの辺にして、そろそろ始めよう」

 クロシキが床を蹴って急速に接近してきた。
 俺は魔法銃で迎撃する。

 クロシキの輪郭が曖昧になって闇に同化した。
 光弾は見事に彼の身体を素通りする。

 そしてクロシキは、俺の眼前で実体化した。

「こ、の……ッ」

 俺は咄嗟に棍棒で振り上げる。
 クロシキの脇腹を捉えた棍棒がひん曲がった。
 衝突の衝撃で手が痺れる。

 穏やかに笑うクロシキが無造作に拳を掲げた。

「弱いな。筋力、足りてないんじゃないか?」

 直後、硬く握り締められた拳がめり込む。
 めり込みすぎる。
 圧倒的な破壊が俺の頭部を突き進む。
 鼻が潰れて目が見えなくなり、骨の砕ける音を聞き、何もかも分からなくなり、痛みが頂点に達したところで意識がブラックアウトした。
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