第46話 逆転の一手
文字数 2,377文字
両手を上げたタウラは、無抵抗で苦笑する。
「ごめんなさい、捕まっちゃった。【隠密行動】でこっそり逃げようと思ったのだけれど無理だったわ。この子、魔力の探知ができるみたい」
「――人質だと? 卑怯な真似しやがって、このクソ魔法使いが!」
クジョウが犬歯を剥き出しにしてシルエを睨み付ける。
発せられる怒気に応じて電流が瞬いた。
「私は戦いが終わればそれで構いません。卑怯という言葉も甘んじて受け入れます」
対するシルエは少しも怯まずに宣言する。
彼女は魔法銃の銃口をタウラの頭に押し付けた。
(まだ説得できる可能性を捨て切れていないのか……)
俺はこっそりと上体を起こす。
攻撃が中断したことで肉体の再生が始まっていた。
この僅かな時間で外傷はほとんど癒えている。
シルエも説得が成功する望みは薄いと気付いているだろう。
それでも実践せずにはいられなかったのか。
或いはクジョウによる俺への猛攻を止めるためか。
どちらにしても俺にとってはありがたかった。
クジョウがシルエに気を取られているうちに不意打ちできればいいのだが、彼はしっかりと俺の動きを警戒している。
下手に仕掛けたらカウンターで電撃を食らう羽目になりそうだ。
もう少しやり取りを見守って隙を窺うしかあるまい。
人質となったタウラは特に気負った様子もなく喋る。
「うーん、【幻々脳離 】を使う暇もなさそうね。【魅了】と【精神魔法】も専用の魔法で対策されているし、何もできないみたい。あなた、用意周到ね」
「……あまり動かないでください」
「安心して。自慢じゃないけど戦闘能力は本当に皆無なんだから。王手を指された時点で詰みなのよ」
難しい顔をするシルエに、タウラはおどけた調子で返す。
室内の人間で最も冷静なのは、もしかすると彼女かもしれなかった。
肝が据わりすぎている。
どこか達観した姿には寒気すら覚えた。
シルエは気を取り直してクジョウに告げる。
「これは脅しではありません。大人しく投降してください。私たちは無用な争いは望みません」
シルエの目は本気だった。
温情を含む言葉だが、状況次第では躊躇なくタウラを撃ち殺すだろう。
「あーあ、もうちょっと楽しみたかったのに。人生、上手くいかないものね」
タウラは他人事のようにぼやく。
ティーカップに手を伸ばそうとして、シルエに止められていた。
「…………」
俯くクジョウがぶるぶると震える。
力一杯に噛み締められた歯が軋むような音を立てていた。
直後、クジョウの姿が消失。
高速移動で前方へ跳んだ彼の手は、タウラを胸を貫いていた。
「――っ」
タウラがきょとんとした顔で吐血する。
そして穏やかな微笑みを浮かべた。
憐憫を込めた眼差しは、クジョウを見つめている。
対照的にクジョウは壮絶な殺気を纏っていた。
彼は唸るように言う。
「足手まといはいらねぇ……邪魔な奴は皆殺しだ」
クジョウがタウラの胴体から手を引き抜く。
ずるりと血に染まった腕が現れた。
タウラは椅子から転げ落ちる。
じわじわと血だまりが広がっていった。
あれはもう助からない。
完全に致命傷だった。
「次はテメェだ、クソ魔法使い」
仲間を殺害したクジョウは、さらにシルエへ攻撃を行う。
電流を纏う一撃がシルエの体躯を薙いだかと思いきや、彼女の輪郭がぼやけて空気に溶けて消える。
そこから数メートルずれた位置に無傷のシルエが現れた。
「……あ?」
首を傾げるクジョウだったが、再びシルエを殴り付けた。
結果は同じで、また少し離れた地点に無事な彼女が出現する。
(なんだ、今の?)
俺は目を凝らして消失と出現を繰り返すシルエを見る。
魔眼によれば、あれは幻影魔法らしい。
実際とは異なる位置に自身の姿を映し出すという代物だそうだ。
「なるほど、よく考えている……」
クジョウへの魔法攻撃は無効化されるが、視覚的に誤認させるのは有効らしい。
炎や風での攻撃みたいに、魔力で干渉するわけじゃないもんな。
あの幻影魔法は、ただ純粋に"そういう現象"をその場に起こしているだけだ。
クジョウの脳を働きかけるタイプの魔法だと無効化されただろうが、そこはシルエも考えて通用する術を選んだのだろう。
「クソッ、どうして当たらねぇんだ!?」
凄まじい速度で攻め立てるクジョウだったが、放つ攻撃はすべて空振りだ。
シルエの生み出す幻影に見事に攪乱されている。
回避に徹するシルエは、油断なく杖を構えながら室内を動き回っていた。
魔法が効かない人間を相手に上手く立ち回っている。
シルエは巧みにクジョウの攻撃を凌ぎながら俺にアイコンタクトを送ってくる。
このままサポートするということらしい。
確かにタウラを人質に取った説得も失敗に終わった。
言葉でクジョウを止めることは不可能だ。
こうなったらクジョウと倒すしかない。
(仕方ない、奥の手を使うしかないか)
俺はある一つの覚悟を決める。
相応のリスクというか、思い通りにいかない可能性もあるが、生憎とそうも言っていられない。
ぶっつけ本番だ。
どのみち正攻法で決着できないのは分かっている。
賭けに出なければ打開できない局面だった。
俺はコートのポケットを探る。
そこから取り出したのは、一つの飴玉。
念のために魔眼で効果を確認した。
間違いない、これで合っている。
指でつまんだ飴玉を口に含む。
舌に感じる優しい甘み。
それを味わう暇もなく、俺は歯を立てて噛み砕いた。
「ごめんなさい、捕まっちゃった。【隠密行動】でこっそり逃げようと思ったのだけれど無理だったわ。この子、魔力の探知ができるみたい」
「――人質だと? 卑怯な真似しやがって、このクソ魔法使いが!」
クジョウが犬歯を剥き出しにしてシルエを睨み付ける。
発せられる怒気に応じて電流が瞬いた。
「私は戦いが終わればそれで構いません。卑怯という言葉も甘んじて受け入れます」
対するシルエは少しも怯まずに宣言する。
彼女は魔法銃の銃口をタウラの頭に押し付けた。
(まだ説得できる可能性を捨て切れていないのか……)
俺はこっそりと上体を起こす。
攻撃が中断したことで肉体の再生が始まっていた。
この僅かな時間で外傷はほとんど癒えている。
シルエも説得が成功する望みは薄いと気付いているだろう。
それでも実践せずにはいられなかったのか。
或いはクジョウによる俺への猛攻を止めるためか。
どちらにしても俺にとってはありがたかった。
クジョウがシルエに気を取られているうちに不意打ちできればいいのだが、彼はしっかりと俺の動きを警戒している。
下手に仕掛けたらカウンターで電撃を食らう羽目になりそうだ。
もう少しやり取りを見守って隙を窺うしかあるまい。
人質となったタウラは特に気負った様子もなく喋る。
「うーん、【
「……あまり動かないでください」
「安心して。自慢じゃないけど戦闘能力は本当に皆無なんだから。王手を指された時点で詰みなのよ」
難しい顔をするシルエに、タウラはおどけた調子で返す。
室内の人間で最も冷静なのは、もしかすると彼女かもしれなかった。
肝が据わりすぎている。
どこか達観した姿には寒気すら覚えた。
シルエは気を取り直してクジョウに告げる。
「これは脅しではありません。大人しく投降してください。私たちは無用な争いは望みません」
シルエの目は本気だった。
温情を含む言葉だが、状況次第では躊躇なくタウラを撃ち殺すだろう。
「あーあ、もうちょっと楽しみたかったのに。人生、上手くいかないものね」
タウラは他人事のようにぼやく。
ティーカップに手を伸ばそうとして、シルエに止められていた。
「…………」
俯くクジョウがぶるぶると震える。
力一杯に噛み締められた歯が軋むような音を立てていた。
直後、クジョウの姿が消失。
高速移動で前方へ跳んだ彼の手は、タウラを胸を貫いていた。
「――っ」
タウラがきょとんとした顔で吐血する。
そして穏やかな微笑みを浮かべた。
憐憫を込めた眼差しは、クジョウを見つめている。
対照的にクジョウは壮絶な殺気を纏っていた。
彼は唸るように言う。
「足手まといはいらねぇ……邪魔な奴は皆殺しだ」
クジョウがタウラの胴体から手を引き抜く。
ずるりと血に染まった腕が現れた。
タウラは椅子から転げ落ちる。
じわじわと血だまりが広がっていった。
あれはもう助からない。
完全に致命傷だった。
「次はテメェだ、クソ魔法使い」
仲間を殺害したクジョウは、さらにシルエへ攻撃を行う。
電流を纏う一撃がシルエの体躯を薙いだかと思いきや、彼女の輪郭がぼやけて空気に溶けて消える。
そこから数メートルずれた位置に無傷のシルエが現れた。
「……あ?」
首を傾げるクジョウだったが、再びシルエを殴り付けた。
結果は同じで、また少し離れた地点に無事な彼女が出現する。
(なんだ、今の?)
俺は目を凝らして消失と出現を繰り返すシルエを見る。
魔眼によれば、あれは幻影魔法らしい。
実際とは異なる位置に自身の姿を映し出すという代物だそうだ。
「なるほど、よく考えている……」
クジョウへの魔法攻撃は無効化されるが、視覚的に誤認させるのは有効らしい。
炎や風での攻撃みたいに、魔力で干渉するわけじゃないもんな。
あの幻影魔法は、ただ純粋に"そういう現象"をその場に起こしているだけだ。
クジョウの脳を働きかけるタイプの魔法だと無効化されただろうが、そこはシルエも考えて通用する術を選んだのだろう。
「クソッ、どうして当たらねぇんだ!?」
凄まじい速度で攻め立てるクジョウだったが、放つ攻撃はすべて空振りだ。
シルエの生み出す幻影に見事に攪乱されている。
回避に徹するシルエは、油断なく杖を構えながら室内を動き回っていた。
魔法が効かない人間を相手に上手く立ち回っている。
シルエは巧みにクジョウの攻撃を凌ぎながら俺にアイコンタクトを送ってくる。
このままサポートするということらしい。
確かにタウラを人質に取った説得も失敗に終わった。
言葉でクジョウを止めることは不可能だ。
こうなったらクジョウと倒すしかない。
(仕方ない、奥の手を使うしかないか)
俺はある一つの覚悟を決める。
相応のリスクというか、思い通りにいかない可能性もあるが、生憎とそうも言っていられない。
ぶっつけ本番だ。
どのみち正攻法で決着できないのは分かっている。
賭けに出なければ打開できない局面だった。
俺はコートのポケットを探る。
そこから取り出したのは、一つの飴玉。
念のために魔眼で効果を確認した。
間違いない、これで合っている。
指でつまんだ飴玉を口に含む。
舌に感じる優しい甘み。
それを味わう暇もなく、俺は歯を立てて噛み砕いた。