第2話 大いなる力を

文字数 6,595文字

「ほー、さすが異世界。街並みからして違うなぁ」

 城下町を散策する俺は、独り言を漏らす。

 現在地は大きな通りとなっており、道に沿っていくつもの露店があった。
 耳の長いエルフや顔が動物っぽい獣人族など、様々な種族の人々が行き交っている。
 格好も鎧だったりローブだったりしてファンタジー感が強い。
 まさにゲームの中でしか見たことのないような光景が、目の前に広がっていた。

(それにしても、やっぱりジロジロと見られるね……)

 先ほどからすれ違う人々が、物珍しそうに視線を向けてくる。
 今の服装は学園規定の制服にリュックサック姿なので、目立ってしまうのも当然だろう。
 リュックサックには体育用のジャージがあるけど、着替えたところであまり効果はないと思う。

 できれば適当な露店で大きめのローブでも買って周囲に埋没したいものだが、残念ながら俺はこの世界の貨幣を持っていない。
 財布があるので元の世界のお金ならあるものの、それが使える望みは薄い。
 ちょっと露店を覗いてみたら、銅貨や銀貨で支払っていた。

(追い出すにしても、小遣いくらい恵んでくれたっていいのに)

 俺を召喚した国のトップたちに内心で不満を垂れつつ、今後の予定について考える。

 これは一生に一度のチャンスだ。
 スキルの組み合わせによって希望は見えた。

 しかし、まずは何をするか。
 せっかくの異世界だから存分に満喫したい。

(やっぱり強くなるのが第一かな?)

 確固たる力さえあれば、ある程度は自由に行動できる。
 幸いにも俺は【数理改竄(ナンバーハック)】のおかげで簡単に強くなれるのだ。
 高い数値を見つけて俺のステータスに取り込むだけでいい。

 次に財力だ。
 いつまでも一文無しでは生きられない。
 どうにかして稼げるようになろう。
 町中で餓死なんて笑えない。

(そういえば、俺以外のメンツはどうなるんだろう)

 ふとクラスメートたちのことが脳裏を過ぎる。

 俺と違って、彼らはその優秀さを買われて勇者だと認められた。
 さすがに嫉妬なんかはしないけど、これだけ待遇の格差があると多少は羨ましくなる。

 もっとも、俺と彼らの扱いの差は今に始まったことでもない。

 此度、召喚されたのは異能力学園の特進クラス。
 優秀な生徒が勢揃いで、Fランクの俺を除けばBランク以上の異能力者しかいない。
 それどころか、学園最強のSランクが四人も在籍している。
 勇者となる前から、彼らは突出した才覚の持ち主なのだ。

 そんな特進クラスに俺が所属しているのは、前例のない奇妙な異能力である【数理改竄(ナンバーハック)】を評価された――わけではなく、クラスメートの憂さ晴らしや蔑みの対象となるためである。
 分かりやすい落ちこぼれが近くにいると、エリートの彼らのやる気や自信に繋がるらしい。
 なんともクソッタレなシステムだが、事実として特進クラスの成績は右肩上がりだったし、俺も授業料免除などの恩恵を受けられた。
 あとは滅多に折れない鋼のメンタルも育った。
 嬉しいことに、現在進行形で役に立っているよ。

 もちろん、学園の制度が意図的にイジメを助長するなんて最低だと思うけどね。
 本音としては普通クラスで平穏な生活を送りたかった。
 今更、何を思っても遅いわけだが。

 少しダウナーな気持ちになってしまった。
 過去を振り返りすぎるのも良くないね。
 ここはもう異世界なんだから、気持ちを切り替えていかねば。

「そこの黒髪の兄ちゃん! ルシの実いらないかい? 一つで小銅貨一枚だよ!」

「ごめんね、遠慮しておくよ」

 露店から飛んできた声に、俺は軽く手を上げて返答する。

 見慣れない形の果物に興味を惹かれたが、生憎とその小銅貨一枚とやらも払えない身なのだ。
 残念そうな店主に心の中で謝って、俺は通りに沿って引き続き歩く。

 さて、異世界召喚によってめでたく利用価値が生じた【数理改竄(ナンバーハック)】だが、道すがら実験することで新たな性質が判明した。
 まず単位のある数値は弄れない。
 ステータスには年齢欄があったのだが、そこの数値は動かせなかった。
 都合よく老けたり若返ることは無理ということだね。
 念じることで身長や体重など詳細データ付きのステータスも閲覧できたが、これらの数値もやはり改竄不可だった。
 HPやMPのように、単位のない能力値にしか効果を及ぼせないみたいである。

 次に、同じステータス内の数値を入れ替えることはできない。
 たとえば俺の物理攻撃力と物理防御力を入れ替えるみたいな操作は無理なのだ。
 【数理改竄(ナンバーハック)】は、外部の数値のみを入れ替え対象とするらしい。
 別の物体を介して入れ替えを行うことで実は可能なのだが、その分だけ手順が増える。
 要するに、自分の能力値は瞬時に切り替えられないと覚えておけばいいだろう。

 最後の性質は【数理改竄(ナンバーハック)】で数値を入れ替える際、対象とする二つの数値の媒体は一致させなければならないということだ。
 ややこしい表現だけど内容は簡単である。
 ノートの数字を変えたいなら、同じくのノートや紙に書いた数字を使わなければならない。
 コンピューターのデータの場合でも、機械類に表示されたデジタル数字が必要になる。
 そしてステータスの数値は、他のステータスからしか数値を持って来れない。
 たったそれだけだ。
 これに関しては元の世界の頃からのルールなので、厳密には新たな性質ではないな。
 以前までの仕様が、ステータスにも適用されるか確認したという感じだね。

 それと実験中にステータスを見て気付いたことだが、称号欄にちょっとした変化が起きていた。
 具体的には【仮初の勇者】が消えて、【異界の改竄者】というものが追加されている。
 前者は城を追い出されたことで資格を失ったのが原因だろう。
 後者はこの世界で初めて【数理改竄(ナンバーハック)】を使ったタイミングで増えた気がする。

 これらの称号の有無がどう作用するか不明だが、ひとまずは置いておこう。
 頭の整理も済んだので、本格的に行動に移っていきたいと思う。

「なんだテメェ!?」

「うるせぇ、この野郎ッ」

 路上で殴り合いの喧嘩をするマッチョな獣人族のそばをコソコソと抜ける。
 巻き込まれたらひとたまりもないな。
 やっぱり肉体スペックの強化は急務だ。
 このままだと安心して町の散策もできない。

(まずは地道に数値を集めますかね……)

 腕まくりをした俺は、落ちている小石や枝や紙屑なんかを拾いながら歩く。
 これでチマチマとステータスを底上げするぞ。
 傍目にはゴミ拾いにしか見えないだろうが、こっちは大真面目である。
 千里の道も一歩からだ。



 ◆



 ゴミ拾い式のステータスアップを繰り返すこと数時間。
 俺の能力値は全体的にマシになっていた。
 最高値は変わらず、最低値が魔法防御力の51である。
 所詮はゴミから得られた数値なのでそこまで高くはないが、元が悲惨すぎるので十分にありがたい。

(……本当は町の誰かから奪えば楽なんだけどなぁ)

 【数理改竄(ナンバーハック)】の効力は、他者にも問題なく発揮できる。
 そこら辺の小石のステータスよりもずっと高い数値持ちを、既に何人も見かけていた。
 ただ、人から数値を取るのはなんとなく躊躇してしまう。
 努力を掻っ攫うみたいで嫌だ。
 そんなことを言っている余裕はないんだろうけど、気持ちの問題なので仕方ない。

(奪っても良心が痛まない人でもいればいいのだが……)

 そんなことを考えつつ、俺は町中の酒場へと向かう。
 実は少し前に通りすがりの商人と交渉して、リュックサック内の教科書を売却してお金を貰ったのだ。
 なんでも珍しい品を探していたらしい。
 だったら異世界の学習教材は適任だろうと思って相談してみたら、あっさりと交渉成立した。
 そうして手に入れたのは銀貨五枚と銅貨十八枚。
 これが高いか安いかは判断に困るものの、そこは商人の善意を信じようと思う。
 俺自身、重い荷物が減った上にお金が貰えて満足しているしね。

 意気揚々と酒場に入った俺は、適当な空席に座る。
 室内は概ねイメージ通りだった。

 木製の丸テーブルがいくつも置かれて、奥にはバーカウンターがある。
 昼間からジョッキを片手に盛り上がるのは武装した人々だ。
 ステータスの所属欄や職業欄によれば、彼らは冒険者ギルドの冒険者らしい。
 ファンタジー特有の仕事だな。
 やはり魔物なんかを倒したりするのだろうか。

 注文を取りに来たエプロン姿の女性にステーキらしき料理を頼み、俺はほっと息を吐いて椅子に背を預ける。

 ここに来たのは空腹を満たすためでもあるが、メインの目的は情報収集だ。
 映画やマンガの知識だけど、こういう場所で聞き耳を立てていると気になる噂が入ってきたりする。
 そういうシチュエーションに憧れたのだ。

 我ながら安易な考えかもしれないが、別に収穫がなくたっていい。
 食事ついでに探偵やスパイの真似事ができればそれで満足だ。
 せっかくの異世界だし、こういう楽しみ方もいいよね。

 運ばれてきた硬いステーキに苦戦しながら周囲の会話を盗み聞きしていると、気になる会話を捉えた。

「なぁ、聞いたか。西の山にドラゴンが棲み付こうとしているらしいぞ」

「マジかよ。あの最寄りの山だろ? 王都の間近なのに大丈夫なのか?」

 会話をするのは斜め前方に座る二人の冒険者だ。
 二人は見知った仲らしく、酒とツマミを挟んで気楽な調子で話している。

「大丈夫じゃねぇだろうさ。だから、騎士団が調査の後に撃退作戦を決行するそうだ」

「おいおい、ドラゴンに挑むのかよ。冒険者になっておいて良かったってもんだ! 危うく食われちまうところだった!」

「ハッハッハ! まったくだな!」

 そこで二人の話題は別のものへ変わってしまった。
 盗み聞きを終えた俺は、テーブルの下で拳を握り締める。

(ドラゴンだって!? 最高じゃないか!)

 ファンタジーの定番とも言える魔物であり、同時に最強種族の一角。
 それが俺の抱くドラゴンのイメージだ。
 先ほどの冒険者の話を聞くに、それほど間違っていないだろう。

 ――そのステータスを、奪いたい。

 俺は衝動のような考えを心の内で反芻する。
 ドラゴンの身体能力があれば、異世界での生活もほぼ安泰だろう。
 たとえ期待より弱かったとしても、今の俺よりは強いはずだ。
 能力値アップできるのなら多少の誤差は構わない。

 些か無謀すぎる気もするが、先手を打てれば【数理改竄(ナンバーハック)】でどうとでもなる。
 一瞬でも触れた時点で俺の勝ちだ。

 脳内でドラゴン討伐計画を組み上げていると、そばに誰かの気配を感じた。
 見れば赤ら顔の見知らぬおっさんが佇んでいる。
 なかなか屈強だが、酔っぱらっているせいで表情は緩んで目の焦点が合っていなかった。

 おっさんは俺を指差して問う。

「なんだお前ぇ? 見かけねぇ顔だなぁ?」

「えぇ、ここには初めて」

「うっるせぇんだよッ!!」

 答えようとしたのも束の間、前触れもなく突き飛ばされた。

 椅子から転げ落ちた俺は床に後頭部を打つ。
 めちゃくちゃ痛い。
 ステータスを見るとHPが二割ほど減少していた。
 衝撃で頭がぐらぐらする。

 悶絶する俺の姿に、周りから嘲笑が沸き起こっていた。
 俺を突き飛ばした張本人であるおっさんも、なぜか誇らしそうに手を振っている。

「とんだ理不尽だな……」

 俺は天井を眺めながら呻く。

 こんな風に馬鹿にされる状況は、元の世界の頃から幾度となく受けてきた。
 意味不明な異能力を持つ落ちこぼれの俺は、さぞ蔑みやすかったに違いない。
 異世界に来てもこういう扱いは変わらないのか。

 ちょっと辟易するも、俺はふと妙案を閃く。
 そして激痛を我慢して立ち上がり、酔っ払いのおっさんに歩み寄った。

「なんだ小僧? まだやる気か?」

「いやいやとんでもないです! 不快にさせてしまったお詫びに、これをお渡しできればと思いまして……」

 そう言って俺は、銀貨三枚をおっさんに手渡す。
 こちらの対応に目を丸くしたおっさんだが、すぐに笑顔になって肩を組んできた。

「おう、話が分かるじゃねぇか! そういう素直な奴は好きだぜ!」

「ありがとうございます。では、少し用事がありますので」

 上機嫌なおっさんの腕をさりげなく剥がし、俺は支払いを済ませてさっさと酒場を出た。
 しばらく足を止めずに歩き、落ち着いたところでステータスを確認する。

「……よし、上出来だ」

 俺の能力値が軒並み上昇していた。
 先ほどのおっさんと【数理改竄(ナンバーハック)】で交換したのである。
 酔っている上に金と謝罪で油断させたから、ホイホイと異能力を実行することができた。
 理由なき暴力の対価としてはちょうどいいんじゃないのかな。

 今回の収穫により、俺のHPと物理攻撃力、物理防御力が100を突破した。
 他の項目も60は下らない。
 意外と強かったな、あのおっさん。
 彼も冒険者だったので、相応に鍛えていたのだろう。
 貰った能力値は大切に使わせてもらうよ。



 ◆



 おっさんの能力値でさらなるパワーアップを果たした俺は、町の出入り口にあたる門前にいた。
 そこで門番の兵士にドラゴンについて尋ねたところ、訝しげに思われながらも居場所を教えてもらうことに成功する。
 別れ際に「興味本位でドラゴンには近付くなよ」と警告されたので、曖昧に笑って誤魔化しておいた。

 興味本位で会いに行くわけではない。
 その強大な能力値を拝借しに行くのだ。

 俺は町を出て草原の上を走る街道を進んでいく。
 道中、角の生えた兎が襲いかかってきたが、危なげなく返り討ちできた。
 あの酔っ払いのおっさんから得たステータスが意外に優秀なのだ。

 加えて学園での戦闘訓練の成果も大きいだろう。
 名目上は体育の授業なのだが、担当教師が張り切りすぎていつも常軌を逸した過酷な内容だった。
 当時は苦痛でしかなかったものの、ちゃんと真面目に受けた甲斐があったようだ。
 戦闘時も素人なりに動ける。
 ちなみに角の兎のステータスはおっさんより弱い数値しかなかったので放置した。

 そういえば、生まれて初めて生物を殺したのに気持ちの揺れが少ない。
 自分でも驚くほど冷静だった。
 異能力者は常人とは精神構造に差があるとの統計が出たそうだが、意外と信憑性がありそうだね。
 基本インドア派な俺にも、サバイバル適性が眠っていたらしい。

 その後は街道を逸れて、高々とそびえる山へと踏み込む。
 野生動物でも出てきそうだと警戒していたが、不自然なまでに何事もない。
 順調に目的地へと近付いていく。

(もしかしてドラゴンが生息しているから、他の生物が逃げてしまったのか?)

 ありえそうなことだ。
 野生動物はそういった危機感地能力が高そうだし。
 俺からすれば余計なリスクを受けずに進めるから好都合である。

(門番の情報では、そろそろ着きそうなものだけど……)

 そうして獣道を行くこと暫し。
 唐突に茂みが途切れて視界が開けた。

「――――ッ!?」

 前方に見えるモノを認識した俺は、無意識のうちに屈んで口を手で覆う。
 呼吸が聞こえないようにという本能的な行動だった。
 数分の深呼吸で気持ちを落ち着かせてから、俺は改めて前を見据える。

 遠近感のおかしくなりそうな巨躯。
 僅かにはためくたびに突風を起こす翼。
 ちょっとした拍子に揺れる長い尻尾。
 陽光を反射する深紅の鱗。

 ――視線の先に存在するのは、寝息を立てて眠る巨大なドラゴンであった。
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