第15話 襲撃者

文字数 2,203文字

 日暮れを迎えた森の中。
 俺とシルエは森の中に紛れる廃砦を発見した。
 二人で遠くの木陰からこっそりと覗き見をする。

 廃砦とのことだが、まだまだ現役で使えそうな佇まいだ。
 周囲を石壁で囲った立派な建造物である。

 入口と石壁の上に見張りがいた。
 ただ、駄弁っている様子だ。
 ふらふらと揺れており、動作に落ち着きがない。
 酔っているのかもしれない。
 随分と余裕な態度だ。
 襲われないだけの自信があるのかもしれない。

「スドウさん、どうやって戦いましょう……」

 シルエが不安そうな面持ちで尋ねてくる。
 人間と殺し合うことを実感して、怖じ気づいているようだ。
 至極真っ当な感情である。

 俺みたいに冷静な方がおかしいのだろう。
 命のやり取りへの忌避感が薄れつつあるのは自覚していた。
 たぶん異能力者特有の精神構造が影響しているのだと思うが、ちょっと不安になってくるね。
 おかしなことをやらかさないように気を付けよう。
 強大な力を得て闇堕ちなんて笑えない。
 俺が目指すとするなら庶民派ヒーローだよ、うん。

 ふんわりとした理想を脳内に掲げつつ、俺はシルエに頷いてみせる。

「大丈夫だよ。俺に任せてほしい」

 実は道中にて攻略方法は考えてある。
 俺にしか実行できない作戦だ。
 上手く決まれば、盗賊たちを混乱させることができる。
 人数差による不利の軽減を期待できそうだ。

 ただ問題なのが、廃砦への接近方法だろう。
 俺の作戦は盗賊たちに見つからずに近付いて準備をする必要があった。
 これが難しい。

 無策で突っ込めば、矢でも飛んできそうだ。
 ちょうど日没なので夜闇に乗じて行動できるものの、さすがに限界がある。

 最悪なのは相手に魔法使いがいることだ。
 ゴブリンを蹴散らしたシルエのように、強力な魔法を撃ち込んでくるのが怖い。
 火球を食らっても俺の再生力なら即死はなさそうだが、好んで受けたいとは思えない。
 靄魔族との戦闘よりも酷い負傷になりそうだ。
 元通りになると言っても、普通に痛いからね。
 できるだけ怪我はしたくないものである。

 俺は廃砦への接近方法についてシルエに相談してみた。

「それでしたら、お役に立てるかと思います」

 シルエ曰く、魔法で隠密能力を付与することが可能らしい。
 具体的には風魔法による無音移動と敏捷性の向上と精神魔法による認識阻害の二種類である。
 どちらも知識として覚えていた魔法だそうだ。
 火球と同様に、MPが増えて発動可能になったのだという。
 勤勉なシルエは、魔法が使えない頃から多種多様な魔法の呪文や術式を完璧に記憶していたらしい。
 手放しで称賛したくなる頑張り屋さんだ。

 というわけで、さっそく魔法をかけてもらった俺は単独で廃砦へと向かう。
 シルエには別の役割があるので、ここで待機してもらった。
 彼女には、俺の仕掛けが作動したタイミングで動くように指示してある。

 俺は大回りで見張りに悟られないように動き、数分かけて廃砦の壁際に到着した。
 盗賊たちが俺に気付いた様子はない。
 談笑する呑気な声だけが入口や石壁の上から聞こえる。
 そのまま悠長にやっていてほしい。
 こっそり祈りつつ、俺は作業に入る。

 やることは非常に単純明快。
 破損して耐久値が減った枝をその辺から集めて、低くなった数値を廃砦の各所の耐久値と入れ替えるだけだ。
 それを繰り返しながら廃砦の壁をぐるりと一周する。
 複雑な操作があるわけでもないので、スムーズに進行していく。

 ミシミシと軋む石壁。
 【数理改竄(ナンバーハック)】で急速に耐久値を失い、脆くなってしまったようだ。
 乾燥した小枝程度になっているからね。
 何かの弾みで壊れたとしてもおかしくない。
 まあ、これからその"弾み"を作ってやるのだが。

 俺がじっくり時間をかけて石壁に細工をしている間、やはり見張りに気付かれることはなかった。
 たぶんシルエの隠密魔法が優秀なのだろう。
 地味にありがたいサポートである。

 そうして石壁を粗方脆くできたところで、俺はその一角に立つ。
 靄魔族から奪った約700の能力値を、素早さから物理攻撃力に移した。
 仕様上、同じステータス内の直接の入れ替えはできないので、制服を経由する形で入れ替えを行う。

 瞬間的に力が漲る感覚。
 俺は笑みを深める。

「――さぁ、パーティーの始まりだ」

 小さく呟くと同時に、俺は石壁を思い切り蹴った。
 シューズから伝わる確かな衝撃。
 爪先が石壁にめり込んで亀裂を走らせる。
 そこから連鎖的に破壊の波が広がり、石壁が次々と崩壊し始めた。

 上に立っていた見張りが、情けない悲鳴を上げて落下していく。
 廃砦内にて響く喧騒。
 突然のことに驚いているらしい。
 盗賊たちの動揺を喜びながら、俺は木々の合間に逃げ込んだ。

 そこから姿勢を低くしてシルエのもとへ急ぐ。
 変更した能力値は元の素早さ特化のバージョンに戻しておいた。
 この方が勝手がいいのだ。

 初撃は無事に成功した。
 廃砦は半壊状態。
 敵も意表を突かれて混乱している。
 絶好のチャンスだ。
 だけど決して油断はしない。
 戦いはこれからだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み