第6話 改竄者の戦法

文字数 3,074文字

(おっと、まずは戦力チェックをしておこうか)

 俺は迫る男たちを注視して、それぞれのステータスを確認する。

 男の人数は四人。
 三人がDランク冒険者で、先頭を歩く禿げ頭だけがCランクだ。
 視線は俺たちに固定されている。

 まずいな。
 穏やかな雰囲気ではない。
 あちらの顔付きを見るに、先輩冒険者として親睦を深めに来たわけではなさそうだ。

 ドラゴン戦の物理攻撃力があれば楽勝だったのに。
 力一杯に殴るだけでこいつらを文字通りのミンチにできただろう。
 こうやって悩むこともなかった。

 今の物理攻撃力は薬草から得た30のままだ。
 サボったツケがここに来て響いてくる。
 面倒臭がらずにさっさと小石辺りからでも数値を貰えばよかったね。
 ドラゴンを倒したことで気が大きくなっていたようだ。

(無い物ねだりをしても仕方ないね……これでやるしかないか)

 俺は脳内で戦いの算段を組み立てていく。

 ただの冒険者の男たちなど何も怖くない。
 昨日、森で殴り合ったドラゴンに立ち向かった時の方が遥かに絶望的だった。
 それに比べれば気楽なものである。

 力を抜いて脱力していると、Cランクの禿げ頭が俺の前まで来て指を突き付けてきた。

「聞こえなかったか? ここはお前みたいなガキが来るところじゃねぇ。目障りだ。さっさと失せろ。不満ならママに泣き付いて愚痴ってこい」

 後ろのDランクの取り巻きが、下品な声で笑う。
 この上なく俺を馬鹿にしていた。
 なんだかとても既視感のある光景だね。
 学園で毎日のように受けてきた仕打ちと酷似している。

 うん、非常に不愉快だ。
 こういう連中の生態は、世界を越えても共通しているのかもしれない。
 一周回って感心してしまう。

 男たちの嘲笑に呆れていると、周りの冒険者の囁き声での会話が耳に入ってきた。

「バドルの野郎、依頼で失敗して大損した八つ当たりだな? あの新米二人も運が悪い」

「初心者イジメで有名な奴らだからな。まったく、なまじ実力があるから厄介だ」

 ふむふむ、どうやら面倒な連中に目を付けられてしまったようだ。
 仕方ない、なんとかして返り討ちにしよう。

 こういうタイプの人間は、大人しく引き下がればその分だけ踏み込んでくる。
 穏便に済まそうとするだけ却って危険だと思う。

 勝算はそれなりにあった。
 二度と逆らえないようにぶちのめしてやる。

 俺はシルエを背後に下がらせて、禿げ頭たちと対峙した。
 ぐっと拳を握り締める。
 神経を尖らせていつでも動けるようにした。

 俺の態度が不快だったのか、禿げ頭は露骨に顔を顰める。
 その手は腰に吊るしたサーベルに触れかかっていた。
 おいおい、白昼堂々と斬りかかってくるつもりか。

 内心でちょっと焦りつつも、俺は気丈に振る舞う。
 虚勢だろうが何だろうが強気に出てやるぞ。
 一応、俺はドラゴンスレイヤーなのだから。

 睨み合ったまま、俺たちは沈黙する。
 限界まで張り詰めた空気。
 先に動いたのは禿げ頭だった。

「うおらッ」

 ノーモーションからの前蹴りが放たれ、反応できなかった俺の腹部にめり込む。

「ぐっ……」

 びりびりと響くような激痛。
 俺は身体をくの字に折ってよろめいた。
 激痛と同時に吐き気を込み上げる。

 そこへ禿げ頭は手を伸ばしてきた。
 ジャージの襟首を掴まれ、勢いよく壁に叩き付けられる。

 激しく揺れる視界。
 壁にぶつけた後頭部や肩や背中が痛い。

 今のでHPがぐっと減ったが、すぐに【竜血の洗礼:生命竜】が効果を発揮された。
 瞬く間に再生して全回復する。
 やはり有能だ。
 全身各所の痛みも速やかに引いていく。

 禿げ頭は俺を壁に押し付けたまま持ち上げた。
 首を締め上げて気絶させるつもりらしい。
 息ができなくて苦しい。
 HPの残値は小刻みに上下していた。
 窒息ダメージと再生力が拮抗している。

 このままでも死ななさそうだが、悠長に待ってやるほど俺は優しくない。
 俺は首を絞める禿げ頭の腕を掴んで【数理改竄(ナンバーハック)】を起動させる。
 そして互いの物理攻撃力を入れ替えた。

「うお、なんだ!?」

 驚きの声を上げる禿げ頭。
 途端に拘束が弱まる。
 ステータスの変化に伴って禿げ頭の膂力が低下したみたいだ。

 やっぱり【数理改竄(ナンバーハック)】は素晴らしい。
 一瞬で形勢逆転できるのだからとんだチートである。
 もはや役立たずの異能力というイメージはすっかり払拭されていた。

 俺は拳を掲げて、困惑する禿げ頭の顔面をぶん殴る。

「ぐぁっ!?」

 禿げ頭は吹っ飛び、取り巻きのそばまで転がった。
 騒然とする室内。
 この場にいる者にとって、予想外の展開だったらしい。

 俺は殴った手をひらひらと振りながら微笑む。

(物理攻撃力130か。悪くない)

 ちょうど100上昇した。
 数秒前とは大違いだ。
 ちょっとした力持ちになった気分である。

 無論、筋力が上がったからと言って、四人を同時に相手取るなんて無茶はしない。
 戦意を削いで、あちらから逃げたくなるようにしよう。

 俺は四人のもとへ素早く駆け寄った。
 戸惑う面々が動く前に、まだ起き上がれていない禿げ頭の顔面をサッカーボールの要領で蹴る。

「ぶぐ……っ」

 シューズのつま先に伝わる鈍い感触。
 禿げ頭は鼻血を噴きながら倒れた。
 ちょっとやりすぎたかと思ったが、HPはまだ残っているしステータスに「状態異常:昏倒」となっているので、気を失っているだけだろう。

「てめぇ……ッ!」

 我に返った取り巻きの一人が、剣を抜いて突き込んできた。
 予測していた対応なので、慌てず騒がず禿げ頭を掴み上げて盾にする。

「うっ!?」

 寸前で剣を止める取り巻きの男。
 その眼差しは、こちらを卑怯者だと糾弾していた。

 返答代わりとして、男の顎に掌底を打ち込んで意識を刈り取る。
 倒れる男を眺めつつ、禿げ頭のステータスを奪い尽くした。

 これですべての能力値が三桁に入った。
 気絶する禿げ頭に感謝しながら、その腰のサーベルを鞘ごと拝借する。

 なかなかいい具合の重量感だ。
 俺はサーベルを引き抜いて軽く構えてみる。
 とは言っても、剣術の心得なんてないので、両腕を垂らした自然体に近い。
 ちゃんと扱えるか心配だ。

 俺は残る二人に尋ねる。

「どうする? こちらとしては、あまり不毛な争いはしたくないんだけど……」

 男たちは倒れる仲間と俺を交互に見た。
 それを何度か繰り返した末、顔を真っ赤にして叫ぶ。

「畜生、覚えてやがれ!」

 お手本のような捨て台詞を残して、男たちは仲間を担いでギルドを出て行った。

 その姿に俺は満足してサーベルを鞘に収める。
 どさくさに紛れて貰っちゃったけどいいのかな。
 それなりに良質そうな武器だけれど。
 まあ、わざわざ返却する義理もないし、迷惑料としていただいておこう。

 丸腰を卒業できてウキウキしていると、周囲が酷く静かなことに気付く。

 見れば室内の人々が仰天の眼差しで俺に注目していた。
 そばに立つシルエも、信じられないものを見るようにこちらを凝視している。

(これはやっちゃった、かな?)

 気まずさを誤魔化すために、俺はぽりぽりと頬を掻いた。
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