第10話 靄の魔族

文字数 2,033文字

 俺は駆け足で山羊魔族を追跡する。
 路地の一本道にその姿はない。
 ひっそりと不思議なほどに静まり返っていた。
 人々の歓声から徐々に離れていく。

(魔族はもう少し先で曲がったかな)

 俺は腰に吊るしたサーベルを抜いておく。
 それを両手で正眼に構えた。

 いつ仕掛けられても反応できるように、神経を研ぎ澄ませる。
 お粗末な剣技しか披露できないが、素手で殴りかかるより幾分かマシだろう。

(ゴウダの【外甲装着(シフトチェンジ)】みたいに身体強化系の異能力があればなぁ……)

 あれくらい強力な異能力者なら、深く考えずとも肉弾戦で相手を叩きのめすだけで良い。
 やはり才能に恵まれている人は羨ましいね。
 まあ、ないものねだりをしても意味はないな。

 【竜血の洗礼:生命竜】で優れた再生能力が約束されているだけでもありがたいと思わねば。
 このスキルによって並の攻撃では俺のHP回復速度を突破できない。
 太刀打ちできずに殺される可能性は大幅に下がっていた。

 ただし、ヒガタが食らったような頭部爆散攻撃は……ちょっとヤバいかな。
 いや、分からない。
 ドラゴンから得たスキルだし、もしかすると即死ダメージも凌いでくれるかもしれない。
 試すこともできないので効力の強さを祈ろう。

 スキルの他にも切り札はある。
 称号【下剋上】には、格上の敵との戦いで各種ボーナスを付与する効果があるらしい。
 自分と相手の力の差が大きければ大きいほど補正が高まるそうなので、これにも期待だ。

「上手くやれればいいが……」

 俺の作戦は単純明快。
 山羊魔族を発見したら一目散に接近して【数理改竄(ナンバーハック)】で能力値を奪い取る。
 相手が致命的なレベルまで弱体化するまでそれを繰り返し、最後はサーベルでトドメを刺す。
 これだけだ。

 能力値が逆転すれば、戦いはぐっと楽になる。
 山羊魔族は不穏なスキルをいくつか持っているが、そこはもうゴリ押しで対処するしかない。
 とにかく死ななければどうとでもなる。

 些か無謀な気がするけど、今に始まったことでもない。
 これでもドラゴンとのタイマンを生き抜いたのだ。
 瀕死の魔族くらいは倒してやるさ。

(……こっちから嫌な感じがするな)

 第六感に従って、俺は走って路地の狭い角を曲がる。

 その先には、ふよふよと浮かんで移動する黒い靄の塊がいた。
 もはや山羊魔族というより靄魔族だな。

 ステータスを確かめたところ、能力値が大幅に低下していた。
 MPだけが732で、他はすべて二桁にまで落ち込んでいる。
 腕だけとなって随分と弱体化らしい。

 まあ、あれだけボコボコにされたのだから当然か。
 いくら死を免れたと言っても、ノーリスクとはいかなかったのだろう。
 ちょうどいい。
 奪える能力値が減ったのは残念だが、俺が安全に倒せる可能性が上がった。
 如何に異形と言えども、ここまで弱くなれば容易に仕掛けられる。

 俺は無言で靄魔族に跳びかかり、サーベルを横薙ぎに振るった。
 しかし俺の予想に反して、刃は靄魔族を虚しく素通りする。
 まるで抵抗がなかった。
 靄魔族のHPは少しも減っていない。

 続けざまに何度も斬りつけたが、結果は同じだった。
 少しばかり靄を散らすだけで、何の有効打にも至っていないのは明らかである。

(この状態では意味がないのか……?)

 見ればステータスに「状態:靄幻化」というものが増えていた。
 詳細な効果を確かめると、どうやら物理攻撃によるダメージを無効化するそうだ。

 ヒガタを殺した際にはなかった表記である。
 腕から靄へ変化した段階で発動した特殊効果だろう。

 俺は驚きを通り越して呆れる。

(おいおい、チートすぎないか?)

 弱体化したと思ったらとんでもない。
 純粋な戦闘能力は落ちたかもしれないが、代わりにとんでもない仕様になっていた。
 これはさすがにどうしようもないぞ。
 魔法や攻撃系の異能力があれば行けそうな気がするものの、生憎とそんな洒落た代物は持ち合わせていない。

 攻撃が効かずに焦っていると、靄魔族が動きを止めた。
 目はないのに、じろりと冷たい視線を感じる。

『……羽虫が尾けてきたか。邪魔をするな』

 ノイズっぽい声がした直後、靄魔族がざわざわと蠢いた。
 直後、黒い靄の一部が俺の腕に絡んでくる。

「うおっ!?」

 これに触れるのはマズい。

 そう思って飛び退くも既に遅く、両腕に強い痺れが走った。
 激痛が畳みかけるように襲ってくる。

「ぐぅ……」

 俺は唇を噛んで呻いた。
 あまりの苦痛に意識が飛びそうだ。
 だけど、ここでそんな真似をすれば死ぬ。
 どうにか持ちこたえた俺は、ちらりと目線だけを落として絶句する。

 靄に触れた左右の腕が、変色してどろどろに溶けだしていた。
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