第47話 限界の先へ

文字数 2,899文字

 全身へと浸透する微かな違和感。
 見知らぬ力が流れ込んでくる。
 決して悪くない感覚だった。
 同時にそれを操る術を本能的に理解する。

 俺はクジョウを見る。
 奴は今もしつこくシルエを攻撃中だった。
 完全に執着している。
 頭のネジがぶっ飛んでいるな。
 いつまで経っても攻撃が当たらないことに激怒しているようだ。

 一方、シルエは幻影魔法の連続行使で超絶的な回避を行っている。
 【鑑定の魔眼】を持つ俺は幻影と本体の見分けがつくものの、クジョウは見破る術を持たないのだ。

 このまま傍観しててもしばらくは大丈夫そうだが、そろそろ復帰しよう。
 いずれシルエのMPが尽きてしまうからね。
 彼女にばかり任せてはいられない。

 俺は前に踏み出した。
 その際、力の使用を意識する。

 すると水の中にいるかのように周囲の音が籠った。
 詠唱しながら避け回るシルエの動きがスローモーションになる。
 彼女の表情に驚き等はない。
 シルエの動きが遅くなったのではなく、実際は俺の動体視力が上がったのである。

 クジョウはスローモーションではないものの、先ほどまでの瞬間移動に等しいスピードに比べると劇的に遅い。
 ただ走って殴りかかっているだけだった。
 動作の一部始終を目で追える。

(よし、成功だ)

 俺はガッツポーズをする。

 噛み砕いたのは【行動加速(マルチブースト)】の力を内包した飴玉だ。
 カネザワの異能力【収集癖(コレクション)】により、地下牢で倒したハタセから採取されたものである。

 事前に彼から渡されていたんだよね。
 もしもの時に備えた切り札というやつだ。

 所持数が少ない上に効果時間がそれほど長くないので温存していたのだ。
 クジョウが敵対側の最強戦力だと確信したので、使用を決断するに至った。

 加えて反動が大きいのも飴玉の使用を控えていた理由である。
 【収集癖(コレクション)】の使い手であるカネザワならまだしも、無関係の俺が他人の異能力を扱うのには結構な負担が予想された。
 それによって動けなくなるリスクがあった。

 再生能力があると言っても、特殊なパターンなので治癒されるか分からない。
 自滅する可能性を考慮してなるべく自力で戦っていたわけだが、生憎とそれでは勝てないと判明した。
 故の決断である。
 結果として問題なく行動できたのは僥倖だろう。

(――さて、反撃開始だ)

 俺は背後からクジョウに駆け寄って襲いかかった。

「なっ!?」

 クジョウは驚愕する。
 信じられないとでも言いたげな表情だった。
 彼からは俺のスピードがどう見えているのか。

 硬直するクジョウへと蹴りを放つ。
 クジョウは上体を逸らして回避してみせた。
 あと数センチで命中していた。

「コイツ……ッ!」

 クジョウはカウンターで正拳突きを繰り出してくる。

 雷撃を伴う一撃が俺の腹部を抉――らない。
 拳を受けた箇所は全くの無傷だった。

 いや、正確にはしっかりと感電していたのだ。
 ところが、損傷が広がる前に肉体が修復されてしまったのである。

 どうやら発動中の【行動加速(マルチブースト)】が"再生する"という行動すらも速めているらしい。
 その結果、再生速度が感電と正拳突きのダメージを上回り、破壊現象さえも起きない。
 我ながら酷いチートだ。

 クジョウは急いで俺との距離を取ろうとする。
 己の不利を悟ったらしい。

 無論、逃がしはしない。
 俺はクジョウへと追い縋っていく。

 彼の防御力は大したことがない。
 俺の物理攻撃力でも通じる。
 このまま殴り倒して【数理改竄(ナンバーハック)】でHPを減らしてやろう。
 掴んでしまえば俺の勝ちだ。

 クジョウは速度のアドバンテージを失った。
 一瞬触れた程度では数値を奪えないが、動けなくなるまで攻撃すればいい。

 肉弾戦の間合いに入った俺たちは互いに殴り合う。

 不良の嗜みなのか、クジョウの格闘技術は高い。
 憤怒に染まりながらも、俺に掴まれないように注意していた。
 そして的確かつ最小限の挙動で手痛い打撃を放ってくる。

 もっとも、今の俺は電流や格闘攻撃ではダメージにすらならない。
 当たった端から再生していく。

「この、クソ野郎が……ッ!」

 やがて苛立ったクジョウが大振りの一撃を放ってきた。
 握り締められた拳がボディに突き刺さる。

 俺は刹那の痛みを無視して踏み込んだ。
 そのまま懐に潜り込み、クジョウの顎に渾身のアッパーカットをお見舞いする。

「ぐがあぁっ!?」

 クジョウは放物線を描いて宙を舞い、床に激突した。
 なんとか起き上がった彼は俺を睨んでくる。
 歯が何本か抜けて鼻血を流していた。
 実に無様な恰好である。

「…………」

 クジョウは無言で手足の砂埃を叩く。
 ぎらぎらと異様な光を灯す双眸。
 殺意が膨れ上がっていた。

(まだ諦めないのか……)

 直後、クジョウは咆哮する。

「この俺が! Fランクに! 負けるわけねぇだろうがあああああああぁぁッ!」

 クジョウの全身から紫電が噴き出した。
 あまりに激しい放電現象のせいで、姿が見えづらくなる。
 【電撃野郎(エレキマン)】と【雷魔法】の出力を最大限――否、限界以上のパワーを引き出していた。
 彼の目から血が流れ出す。

「はああああああああああぁぁぁぁ……ッ!」

 クジョウは荒れ狂う力を必至に制御していた。
 相当に無理をしている。
 弾けた雷光が床や天井を叩いて破壊した。

 いよいよ本気モードか。
 俺も対抗するしかないな。

 ポケットから新たな飴玉を取り出して、ひょいと口に放って噛み砕いた。
 今のはゴウダ・ジンの【外甲装着(シフトチェンジ)】を封じた飴玉である。
 この異能力は触れた物質を取り込んで外骨格に変換する。

 俺は背負っていたリュックサックを開き、中に手を突っ込んだ。
 硬い感触が手に当たったところで【外甲装着(シフトチェンジ)】を発動する。

 途端、指先から腕へと深紅の物体によってコーティングされ始めた。
 その物体はあっという間に俺の全身を覆う。

 視界は明瞭だった。
 俺は両手を眼前で動かしてみる。

 ぐっと力を込めると、手の甲辺りから鋭利そうな爪が三本ずつ飛び出した。
 刺突に使えそうだ。
 俺が【外甲装着(シフトチェンジ)】で取り込んだのは、ドラゴンの牙と爪と鱗だった。
 この世界に来た当初、俺が無謀にも挑んで倒したあのドラゴンの素材である。

 つまり現在の俺はドラゴンのパワードスーツを纏っている。
 客観的に自分の姿が見れないのが残念だな。
 外骨格の材料としては最上の部類に入るだろう。
 性能も十二分に期待できそうだ。

 ちょうどクジョウも準備が整ったらしく、再び洗練されたスピードで突進してくる。
 俺は両手の爪を擦り鳴らすと同時に駆け出した。
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