第35話 無効化能力者の覚悟

文字数 2,074文字

 俺が発砲する寸前、前に出てきたカネザワが手で制してきた。
 彼はポケットを探りながら俺を見る。

「――ここは、任せてくれ」

 カネザワがポケットから出したのは小さな飴玉だった。
 彼はそれを噛み砕くと、前方に手を向ける。

 次の瞬間、迫る兵士たちが一斉に吹っ飛んだ。
 まるでカネザワを中心に不可視の力が及んだかのようだ。
 否、実際に何かが発動したのだろう。

 俺はカネザワのステータスを見る。
 スキル欄には【斥力(リパルション)】の文字が増えていた。
 使い手のアラヤ・キョウコは、地下に囚われていた勇者の一人だ。
 彼女を救出した際に、異能力を飴玉にしてコピーしたのである。
 それを使ったらしい。

「畳みかけよう」

 カネザワは怯む兵士を見回した。

 すると兵士たちからボロボロと飴玉が転がり落ちる。
 どうやら兵士に付与された【奉仕信念(ウルトラサービス)】を無効化したようだ。
 ステータスを見ても強化状態が無くなっていた。

 さらにカネザワは二つの飴玉を噛み砕いて駆け出す。
 そのまま凄まじいスピードで兵士の間を走り抜けていった。

「なんて動きだ……」

 俺は思わずつぶやく。

 素早さを高めた俺でもギリギリ見切れるかどうかというレベルだ。
 彼のステータスではまず不可能な速度だろう。

 ただ、その特徴的な挙動には見覚えがあった。
 先ほど倒したばかりのハタセ。
 彼の扱う【行動加速(マルチブースト)】だ。
 飴玉にしておいた異能力を追加で使ったのだろう。
 しかも、同じ飴玉を複数使用することで効果を高めていた。

 超スピードに任せて突き進んだカネザワは、ヒラニシに激突した。
 ヒラニシは床に頭部を強打して動かなくなる。
 【奉仕信念(ウルトラサービス)】は強力な異能力だが、使用直後は身体能力が弱まる。
 他人任せにする異能力故のデメリットだろうか。
 それも付与する人数が多いほど反動が顕著になるのだ。
 弱まった状態で超スピードのタックルを受けたのだからひとたまりもないだろう。

 一応、ヒラニシは死んではいない。
 HPは一割ほど残っていた。
 ちなみに彼女は「状態:洗脳」がなかった。
 タウラに加担しているクラスメートが多すぎるよ。
 特進クラスってそんなに反社会的な人間が多かったっけ、と心配になってしまう。

 ヒラニシの気絶に合わせて、合わせて兵士たちも膝から崩れ落ちた。
 強化付与された人間も、強化が解除されると同様に気絶する仕様だからである。
 今回はカネザワの【収集癖(コレクション)】で無理やり解除されたから余計にダメージは大きいはずだ。
 あと数時間は起きれまい。

 俺たちは気絶する兵士たちの間を抜けてカネザワのもとへ歩み寄る。

(狂戦士化した兵士と遭遇した段階でこのコンボをやってくれれば、もっと楽ができたのになぁ……)

 よく考えたらカネザワの【収集癖(コレクション)】なら大抵の異能力者はぶっ倒せるのだ。
 勇者スキルの存在があるので慢心はできないものの、俺たちがいくらでもカバーできる。
 初戦は目視や接触が困難なハタセだったが、あれは例外みたいなものだ。

 若干の非難を込めてカネザワを見ると、彼はばつが悪そうに謝る。

「【人物検索】に気を取られたのと……緊張のせいで行動が遅れた。すまない」

「いや、別にいいよ。結果的に勝てたわけだし……ほら、ゴウダたちも大丈夫みたいだ」

 分かれたばかりの別グループの方を見れば、【壊速特急群(スタンピード)】で強化された兵士は粗方倒されており、異能力者のミヤノもゴウダにアッパーで吹っ飛ばされるところだった。
 あちらはひたすらパワーによるゴリ押しで切り抜けたようだ。
 戦力分散というか、あちらに武闘派が多すぎるんじゃないだろうか。
 そう思っている間にも、彼らは駆け足で階段を上っていって消えてしまう。

 彼らなら放っておいてもタウラをどうにかしてくれる気がするよね。
 まあ、サボるつもりはないが。
 万が一ということだってあるのだから。

 さて、カネザワが上手く動けないのも理解できる。
 端的に言って戦い慣れていないのだ。

 もちろん元の世界の学園では異能力を使いこなすための訓練もあったが、それでも実戦とは程遠いものである。
 今みたいに本当の意味で殺し合うようなものではなかった。

 追放された俺は成り行きでそういった経験を積んできたが、公式の勇者はまだ戦闘訓練しか受けていないのだろう。
 決心したと言っても、こういう場で緊張するのは当然のことだ。

 もちろん、そんな甘いことばかり言っていられる状況ではない。
 早急に慣れてもらう必要がある。
 まあ、さっきのやり取りで覚悟を決めたみたいだし、わざわざ指摘するのも野暮だろう。
 Sランク異能力者の名が伊達ではないことを証明してもらわねば。

 気を失うヒラニシをシルエの魔法で拘束だけして放置し、俺たちは先を急いだ。
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