第53話 かつてFランクの異能力勇者

文字数 2,671文字

 王都外壁の一角にそびえ立つ正門。
 そこで俺は、往来する人々に紛れて町の外に出た。

 悪目立ちするのが嫌なのでフードで顔を隠している。
 しかし、背中に吊った魔法銃のせいで、通りかかる冒険者には俺だとバレていた。
 幸いにもわざわざ声を掛けてくる者はいない。
 空気を読んでくれているらしい。
 なんとも優しい人たちである。

 大きな騒ぎにも発展せず、俺は門のそばにて待機する。

(まさかこんな配慮をする日が来るとは……)

 環境の変化に呆れつつ、俺は行き来する人々をなんとなしに眺める。

 王国乗っ取りを阻止してから二週間が経過した。
 勇者として名の知れてしまった俺は、王都を発つことになった。

 ちょっと忘れかけていたけれど、今は冒険者だからね。
 成り行きで王城に乗り込んだだけで、本来は自由に活動できる身分なのだ。

 王国所属の勇者になるように国王から直々に懇願されたが、それも断らせてもらった。
 俺は自由に行動したい。
 様々なものを背負いたいとは思わなかった。
 我ながら英雄気質ではないのだ。
 そういうことはゴウダ辺りに頼んでほしい。

 というか俺のことを追放しておきながら、いざ強くなれば傘下に誘うのは都合が良すぎるよね。
 その心情とか思惑は察するけどさ。
 仕方なく救っただけで、別に王国への忠誠心とか所属意識は全くない。
 国の道具になるのは遠慮したかった。

 これから旅を続けて、魔族の住まう荒野へと向かうつもりだ。
 暗躍する魔族をぶっ倒しながら、魔王も退治してやる。

 色々と考えた末、この結論に至った。
 このままだと魔族によって人類が滅ぼされる恐れがあった。

 俺としては非常に困る。
 だから倒しに行く。

 別に高尚な考えがあったわけじゃない。
 此度のクーデター騒動と同じく成り行きというか、仕方ないからやるくらいのスタンスである。

 せっかく得た強大な力だ。
 俺の好きに使わせてもらおう。

 たぶん今のステータスなら大抵の魔族とも渡り合えるはずなんだよね。
 スピードで勝った時点で【数理改竄(ナンバーハック)】からの即死コンボが可能だし。
 能力値を奪いながら戦っていくことで、こちらの戦力も高まっていく。
 魔王も何とかなるんじゃないだろうか。
 もちろん油断は禁物だけどね。

 出立前に聞いたが、王国軍は帝国軍に対抗する方針だそうだ。
 侵略行為を食い止めに行くらしい。

 王国所属を希望する勇者も多かった。
 元の世界へ戻るための技術を帝国軍が持っている。
 言いたいことはあれど、王国に協力するのが帰還への一番の近道だと理解しているからだろう。
 王国の待遇も良くなったから余計にね。

 ちなみに送還魔法が完成した暁には、即座に元の世界へ戻れるようにするらしい。
 王国に協力しない勇者も同様に扱ってくれるという。
 随分と良心的だ。
 まあ、元の世界に執着していない俺からすれば、別に何ともないサービスではあるが。

 俺はリュックサックを背負い直す。
 ずっしりとした重み。
 この中にはいくつかのガラス瓶が入っていた。
 それぞれの中には大量の飴玉だ。
 言わずもがな、カネザワの【収集癖(コレクション)】で生み出されたものである。

 カネザワから餞別としてプレゼントされたのだ。
 クラスメートたちも全面的に協力してくれたらしい。
 ありがたい話である。

 なるべくこれに頼らないのが一番なんだけどね。
 何が起こるか分からないし、心強いのは確かだろう。

 腰には一振りの長剣を吊るしてあった。
 鞘に収まったそれは、竜の骨を主原料としたもので、なんと国王から授けられた。

 たぶん、俺という勇者が王国所属であることのアピールなのだと思う。
 無所属だと言ったのだけどなぁ。
 そもそも勇者を名乗っていくつもりもない。
 ただの冒険者として旅をするつもりだ。
 まあ、剣自体は便利そうなのでもらっておいた。

「遅くなってすみません! 準備が遅くなりました! お待たせしてしまいましたか?」

 正門を抜けたシルエが、慌てた表情で駆け寄ってくる。
 ここまで走ってきたのだろうか。
 別に急ぐこともないのに。
 相変わらず律儀な性格である。

 ちなみにシルエも王国からのスカウトを断っていた。
 俺に同行すると決めたらしい。

 今の彼女は英雄だ。
 王国所属ともなれば最上級の待遇だろうに。

 そう言ったのだが、彼女は頑なに俺への同行を志願してくれた。
 最終的には俺が折れて現在に至る。
 やっぱり慕ってもらえるのは嬉しいね。

「そろそろ行こうか」

「はい!」

 パーティが揃ったところで、俺たちは街道を歩きだそうとする。

 しかし、突然の地響きがそれを阻んだ。
 隆起した地面が割れて、内部から体長三メートルほどの大男が出現する。

 背中には鳥のような翼。
 頭部は額から角の生えた猪のようだ。
 ステータスによると魔族らしい。

 人々はパニック状態になって逃げ惑う。
 その光景に嘲笑いながら、魔族は大声で告げる。

「強き勇者が現れたと聞いて来てみれば、呆けた顔をした小僧ではないか。クカカッ、貴様なぞ我がすぐに――」

 言い終える前に地面から無数の蔦が噴出し、魔族に絡まって拘束してしまった。
 そのままギリギリと容赦なく締め上げていく。

 シルエの仕業だった。
 隣に立つ彼女は、片手間に魔法を発動している。

(そりゃそうなるよなぁ……)

 俺はポリポリと頬を掻く。

 登場の辺りから展開が予想できていた。
 魔族の能力値は俺たちよりも低い。
 おまけにあれだけ油断しているのだから、簡単に仕留められるというものだ。

「まったく、旅の始まりなのに……最高に粋なサプライズだよ」

 俺は苦笑混じりに愚痴る。
 もうちょっと平穏なスタートにしたかったのだが仕方ない。
 これはこれで俺たちらしいかもしれないね。

 魔王退治を選択した洗礼と捉えよう。
 俺たちがこれから進む道はこういうものなのだ。
 既に覚悟はできている。

「――よし、景気よく行くぞ!」

 俺は鞘から竜骨の剣を抜き放つ。
 刃に刻まれた古代文字が光り輝く。
 それを確かめた俺は、魔族の頭上へと跳躍した。

 狼狽する魔族と目が合った。
 俺は頷いてみせながら、力一杯に剣を振り下ろす。

 極光の軌跡が魔族を縦断した。
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