第47話 変化

文字数 1,772文字

 身体介護から周辺業務に変わり半年が過ぎた。週3日の2時間だけの勤務だが忙しく動く。腰が心配だから暑くても腰痛ベルトをする。お臍が痒くなるので、腹巻きをしてその上に付ける。高齢者相手だからマスクははずせない。
 夏も冬も半袖で動く、こちらも高齢者のばあさん。

 ネコヤナギさんが入院したままだ。状況がわからない。いなければ楽だが……
 病院は施設のようにわがままは言えないだろう。何度か入院したリンドウさんやポプラさんの話では、看護師さんは厳しいらしい。

 リンドウさんは亡くなった。心臓も肺も、腸も悪くて、頭だけはしっかりしていた方だったから、気の毒だった。入居してきた時は、まだ立って、配膳の手伝いをしてくれた。おかずを手際よく分けていた。
 居室でトイレに行く時に転び骨折。それからは車椅子になった。1度目の入院で懲りて、入院を恐れていた。娘にも迷惑をかけないように気を遣っていた。
 食事のためにリビングに出てくるのも辛そうで、居室で食べるようになっていた。食べるとすぐ横になりたがる。
 亡くなる数日前のナースコールにも、職員はすぐに対応できなかった。
「ちょっと待ってください。ほかの方はまだ食事中なんです」

 食事介助を必要な入居者が増えた。それを職員がひとりでやるのだ。周辺業務の私はやってはいけない。時給が違うから。
 

 ネコヤナギさんは30代で脳梗塞。右半身不随。70歳前にうちのユニットに入るまで、どうしていたのだろう? 
 初めは、かなりわがままで、高圧的だった。言葉は不明瞭で、怒ると車椅子を自走してユニットから出ていってしまう。入ったばかりなのに見守りを任された私は必死だった。おだててお願いして戻らせた。
 それも、もう8年の付き合いだ。この頃は接する時間も少ない。以前はずっとリビングにいてテレビを見たり、入居者にティッシュを配ったりしていたが、ほとんど自室にこもっていた。
 あの体格のよかったネコヤナギさんが、入院するたび頬がこけ、おとなしくなっていく。

 隣のユニットの元気で意地悪なコデマリさんも、90歳を二つ三つ過ぎ、食事を待つ間もうとうとするようになってきた。
 コロナがなければ違っていたのだろうか? それまでは面会は多かったし、施設での催し物にも参加していた。カラオケ、体操、敬老会のイベントでは入居者代表で挨拶をしていた。
 それらはまだ再開されない。

 面会はようやく、ユニットでできるようになった。私がいる時間に来る身内はいない。
 以前はツルマサキさんの息子さんが毎日来ていた。来て、小言を、文句を言っていた。スタッフは緊張したものだ。


 隣のユニットは、自分で食べる方が5人。介助が必要な方が5人。半分だ。これは大変だ。以前うちのユニットで、介助が4人いたときは、同じ階のショートステイに連れて行って食べさせてくれた。
 各ユニットの助け合いも、まだコロナが心配なのかできないようだ。
 今日は職員ひとりと身体介護のできるパートが早番だったが、5人とも、なかなか食べてくれない。ほとんど寝ている。大声で声掛けし薬と水分も取らせるのは大変だ。ひとりでパートもいないときはどうしているのだろう?

 5人の中にイチイさんがいる。5階から異動してきた方だ。コデマリさんとなら話ができるだろうと。
 ところがこのふたり、犬猿の仲。イチイさんは部屋から出てこなくなった。誰とも接しないイチイさんは認知が進み、食事さえ介助が必要になってしまった。ときどきは怒る。プライドの高かった方が、思い通りにならず怒り出す。
「食べられないのーっ!」と。

 自分で食べるサカキさんも、居眠りしていた。
「サカキさん、お薬です」
「……」
「サカキさん、お薬です」
 何度かの声掛けのあと、
「へへへへへ」
 自由に4ユニットを自走していたサカキさんも95歳を過ぎた。
「はあーん、はあーん」
という大声も出さなくなった。

 うちのユニットは、今は楽だ。
 ネムノキさん(サカキさんと大声で共鳴していた方)が、痩せているのにまた体重が減り、お粥の量が増えた。
 自分で食べさせればエプロンに大量にこぼしていた。

 アズサさんはまた熱発で居室対応。先日、着替えの時にベッドに座らせ、職員が目を離したら顔面から床に落ちたそうだ。
 自分で手をテーブルに打ち付け、アザの絶えない方だ。

 …………
 
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登場人物紹介

私。ときどき、自分のことをばあさんと言う。介護施設で短時間働いている。職場で感じる不条理を綴る。決して口には出さないが。

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