第24話 衰え

文字数 2,463文字

 日々衰えていく。入居者もだが、ばあさんも。来月からは週3日の3時間勤務に戻す。
 思えば働き始めた時、すでに○○歳直前。この6年弱は、若い時より動いた。働いた。

 6年間で18人が入居し、8人が亡くなった。今の、うちのユニットは……すさまじい。日中はひとりを除いて、ほとんど居眠りをしている。白寿のお祝いの賞状をいただいたカリンさんは、この頃元気がなくて心配だ。反応がない時がある。この間もナースが来ていた。でもまだ、食べているから……
 先日も、ばあさんがシーツ交換をしていると、職員の声が聞こえてきた。
「カリンさん、カリンさん、どうしました? カリンさん」
 まさか? と思ってしまった。怖いけど、いつかその日は来るはず……

 ミモザさん、ヒイラギさん、モクレンさんも反応が鈍い。皆、とうに90歳を過ぎている。静かだ……アズサさんが寝ている時は。
 アズサさんの言うことは、ほんの少しわかるようになった。朝、機嫌がいいと、おはようございます、と言っているようだ。そうでない日はドアを開ける前からわめき声が聞こえる。ゲンナリする。

 こだわりが強い。飲み物もいろいろ差し入れがある。アールワン、ラブレ、リンゴジュース。ところが生憎切らしたものを欲しがる。
「今度買ってきますからね」
と、他のものを勧めてもダメだ。延々と延々とわめき続ける。そして手をテーブルに打ち続ける。
 斜め前の席のモクレンさんが挨拶しないと怒る。モクレンさんは、脳梗塞を起こし、食べる時以外は目をつぶっている。それも、何度言ってもわからない。

 職員もお手上げだ。見放す。付きっきりではいられない。わめき声にも慣れるものだが、声が大きくなると、職員もイラつく。
「大声出さないでください。みんなの場所なんですから」
 効果はないが。
 隣のユニットのサカキさんがよく来ている。こちらも90歳はとっくに過ぎているが元気だ。車椅子自走の得意な方。アズサさんがわめくと合わせて嬌声をあげる。
「はぁーん、はぁーん」
初めて聞いた時は何事かと、風呂場から飛び出した。
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「はぁーん、はぁーん」
 じきに慣れるだろう。

 ネコヤナギさんが、職員にはうるさがられているネコヤナギさんが、ときどきアズサさんのテーブルに近づいていく。そして、ティッシュを数枚渡そうとする。アズサさんも気がつくと手を伸ばす。互いにスッと伸びはしない。時間がかかるが受け取るとアズサさんは礼を言う。「ありがとうございます」と言っているようだ。ネコヤナギさんは満足して戻っていく。

 ばあさんは6年近くの付き合いだから、ネコヤナギさんを悪いひとだとは思わないのだが……また、セクハラ疑惑が。二十歳の女性もさわられた。新しいパートさん、50歳前の体格のいい女性も。入浴介助はだいぶ前から男性職員の担当になっている。

 もっとひどい疑惑が。
 職員が排泄介助に入る。ばあさんは入浴介助。リビングには、反応のない、ほとんど寝ている女性が3人。なんと、ミモザさんにおさわりをしたらしい。知能犯め。無防備な時間を狙うのか? まさか、そんな卑劣な男なのか? 疑惑の目で見られているよ。監視カメラはあるのだよ。大事にならないように!

 先日は3ヶ月ぶりにようやく理美容があった。カットしたあと、ふたりを入浴。そのあとイチイさんを入浴? 無理だ、12時までに終わらない。それでなくとも、配膳片付け洗い物、シーツ交換が2床に足浴5人。入浴3人? できるわけないだろーが。
 なぜ、パートのシフトがこんなに偏るのか? いる時はウヨウヨいるのに。帰ろうかと思うくらい全員のご出勤という日がある。希望を入れたからそうなるのか? 考えもせずにイメージせずに入れているのか? 疑問。

 おそらく、3時間の勤務になっても入浴介助はあるだろう。ひとりは……ふたりかも? 1度あった。8時半に始めれば、できますね? って、食べ終わってすぐ入れていいの? 
 それにね、ばあさんは、歳なの。もう、歳なのよ。

 今日は覚悟した。時間内には終わらない。最初の頃、時間内に終わらないので、残業をつけていいのか聞いたら「帰ってください」と言われた。まさか投げ出して帰るわけにもいかない。

 イチイさんは、部屋に籠るから、リハビリもしないから動きがますます鈍くなる。もう、個浴では無理だという声が聞こえてくる。なのになぜ、ばあさんの担当に? イチイさんは、風呂に入るまでが長い。朝食が9時過ぎだ。それも、リビングでは食べない。理美容で出だしが遅いのだから、1番に入ってくれたら助かるのに。入る前のトイレも長い。いっそ、入らないと言ってくれたらいいのに。

 それでも、気を取り直して入浴させる。洗うのがまた長い。ご自分で延々と髪を洗う。リンスをしても、なおこする。それはリンスなんですが。
 浴槽につかる。ほとんどの者は、入るのは楽だが出るのが大変だ。そこで腰を痛める。イチイさんはお尻は上がらない。ますます上がらなくなった。長いビニールのエプロンをめくり、ばあさんも浴槽に入り後ろから支えた。ようやく立てば足先に力が入らないで崩れていく。ばあさんは、また変に力を入れてしまった。よほど助けを呼ぼうと思ったくらい。しかしイチイさんは男性職員をかたくなに拒む。
 もう、リフト浴にしてほしい。リフト浴のが負担はかからない。介助する方にも。しかし、あんな魚みたいに釣り上げられるなら、シャワーだけでいいと言う。

 この、おぼつかない動きでひとりでトイレに行っているのか? 時間がかかるわけだ。それより危ない。夜勤者が男性だと助けを呼ばない。危険だ。プライド、こだわりは介護される方にはないほうがいい。見ていて気の毒だ。

 隣のユニットのコデマリさんはすごい。新しいパートさんから聞き出していた。プライベートなことは話すなと言ったのに。聞き出し方が上手い。
「たまには、パパが保育園のお迎えに行くんでしょ?」
 パパはいません……なんて言う必要ないのに。
 意地悪な人はますます元気だ。


 
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登場人物紹介

私。ときどき、自分のことをばあさんと言う。介護施設で短時間働いている。職場で感じる不条理を綴る。決して口には出さないが。

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