第33話 優しいだけでは

文字数 2,060文字

 アズサさんの髪がきちんと真ん中で分けて留めてあった。モクレンさんの髪もきれいに梳かされ後ろに流れていた。梳かせばみごとな銀髪。

 夜勤は誰? もしやショートステイに移動したO君がヘルプで? 彼は事務的なことはよく注意されていたが、入居者さんには優しかった。寒ければカーディガンを羽織らせる。 
 それさえやらない職員がいるが、注意する上司はいない。ばあさんは「寒くないの?」と大声で言ってしまう。「前が見えないじゃない」とか。

 O君かと思ったら、隣のリーダーだった。出勤してくるのは遅いが、優しいのだ。仕事は遅いが入居者さんのことを考えている。
 思わず褒めた。「モクレンさんの髪、素敵ですね」と。最近、職員が減り、ギスギスしている気がする。パートなんかが口出しできないような……

 珍しく入浴介助がなかった。基本、日曜日は予備日だ。シーツ交換もない。しかし1床残っていた。
 周辺業務が2ユニットに3人いて、20床のシーツ交換がなぜできない? 周辺業務が週に59時間いて。(計算した)
 ばあさんは週9時間でシーツ交換4床、入浴4人か5人、足浴3人。
 以前、パートがばあさんひとりのときは10床を全部やったことがある。
 隣のユニットの若い女性職員は、シーツ交換10床を1時間半でやり終えた。主任が感心するほど勉強していた。早番が彼女だと楽だった。すでにいないが。主任もすでにいない。育休を取り復帰し辞めていった。話しやすい方だったのに。

 医務室に、コデマリさんの偽薬(ラムネ)を入れる袋をもらいに行くよう頼まれた。在庫がない。なぜ、なくなるまで取りに行かない、行かせない? 入浴介助がないから行けるけど、なぜ周辺業務に頼まない?

 医務室は苦手だ。滅多に行かないが。ナースが苦手。以前申し送りをしようとして、派遣のナースに怒鳴られた。
「あなた、身体介護できるんですかぁ?」
と。それ以来、余計なことはしない。言わない。その派遣は3か月で来なくなった。古株ふたりはもっと怖い。あとから入った雰囲気のいいナースも染まっていく……
 ナースも忙しいのだ。鍵がかかっていた。戻った処置担当のナースに聞けば、しまっている場所がわからない、と恐縮している。仕方なく戻り、見回りにきたナースに聞けば、やはりわからない。
 
 来週の予定を見たら入浴ふたりにシーツ交換1床の日があった。それもひとりは長湯のマンサクさん。
 誰がシフトを組んだのか? 
「ばあさんは超人ではありません」
とリーダーに愚痴りました。5時間勤務のときと、仕事量が変わらないじゃないか。給料が大幅に減り密度が増した。再度言いたい。高齢者なんですよ、ばあさんは。
 
 昭和30年当時は、平均寿命が、男性が63.60歳、女性が67.75歳で、おおむね平均寿命を超えた人が高齢者と呼ばれていた。今では高齢者の定義を70歳以上、75才以上に変えるべきという意見が多い。
 まだまだ筋力体力衰えないように努力せねば。

 しかし、今日、ツゲさんをふたりで移乗するときに腰が……怪しかった。胃瘻の方がずっしり重いなんて。
 腰を痛めたら大損。今年は年始からやらかし、2ヶ月間整骨院通い。労災にはしない。ややこしいのでしない。労災にしている者はいないそうだ。痛みに出費。時給9円しか……
 本気で考える。周辺業務に変えようか、と。

 ネコヤナギさんが入院していた。数日前、熱発しその後も元気がなかった。尿路感染らしい。入浴は週に2回だから、入らない日は陰部洗浄をする。

 ばあさんは、モクレンさんとカリンさんの陰部洗浄はしたことがある。トイレのあと、陰洗ボトルに適温の湯を入れ丁寧に洗う。体格のいいモクレンさんは注意してもトイレの床を濡らしてしまう。おとなしくやらせてくれればいいが、ネコヤナギさんは、「早くしてくれよ」を連発するから……

 わがまま言ってないだろうか? ネコヤナギさんが入院するなんて初めてだ。熱を出したことも2、3度しかない。
「よかったね、バカじゃなくて」
なんて軽口を笑ってくれたのに。
 6年の付き合いだから情が湧く。

 余談だが、じいさんは、ばあさんが男性を入浴させているとは思っていない。初めの頃に言われた。女性だけにしてもらえ、と。そんなこと言えやしない。最年長の女が、言えやしないよ。

 入院していた隣のユニットのリンドウさんが戻ってきた。腸閉塞で手術をした。90歳を過ぎている。心臓も悪く肺に水が溜まる。しっかりした方だが。

 45日間入院していた病室は8人部屋。窓側だからよかったけど、ナースが怖かった、ヘルパーさんも怖かった……戻って来られてよかった……
 しかし、痩せてはいなかった。心配していたのだ。食の進まない方だったが、食べないと点滴すると脅され必死に食べたそうだ。あちこち痛いと言っても
「おなかが痛くて入院してるんでしょう?」
と、けんもほろろ。

 しかし、なぜか、いつも痛いと言っていた足がぜんぜん痛くなかったのだそうだ。悪いこともあればいいこともある。
 優しいだけではだめなのだ。



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登場人物紹介

私。ときどき、自分のことをばあさんと言う。介護施設で短時間働いている。職場で感じる不条理を綴る。決して口には出さないが。

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