第45話 周辺業務

文字数 2,228文字

 週3回、朝7時から9時までの2時間の周辺業務になって半年が経つ。
 2時間とはいえ、2ユニットの配膳、洗い物、シーツ交換、洗濯、掃除……ずっと立ちっぱなし。
 去年は3時間で入浴介助もしていた。
 よくやっていたと思う。もう、できない。
 腰を痛めてしまうと、冷房で冷えるのが怖い。違和感を感じる。長ズボン下を履かなきゃダメだ。

 パートの、身体介護をしている少し年下の方も腰痛。腰痛ベルトに湿布。整形通い。人手が足りないので、ときどきはひとりで早番を任される。
 明るくて、責任感のある方だ。頑張り屋だ。でも、ある朝、突然歩けなくなることもあるのよ……と忠告した。

 ネコヤナギさんがまた入院した。4回目か?
 入院前に見た時は、ずいぶん痩せて頬もこけ、黒目が白くなっていた。
 私が排泄していたときは、体格が良くて支えるのが怖かったくらいなのに。
 入院した日の朝見たときは熱発していた。仰向けに動きもせず手を組んで寝ていた。食事形態が落ち、食べるのが遅くなった。最初の頃は量を食べたいので、ごはん120グラムをお粥350グラムに変更し、どんぶりで食べていたのに。
 左手がうまく使えなくなって、口まで持っていくのが大変そうだ。介助してしまうとダメなのだ。時間がかかってもご自分で食べていただく。
 スタッフが大声で言う。
「ネコヤナギさん、手で食べないで。スプーン使ってください」

 100歳のカリンさんは極端だ。朝起きられないかと思えぱ、ときどきはとても元気だ。スプーンできれいにに食べる。ソフト食ではなく刻み食に粥。茶もストローで200ccを残さない。
 食べたあとにすぐ忘れる。
「ごはんまだ?」

 カリンさんは今朝はおしゃれだ。大きな髪飾りをつけている。髪もきれいにとかしている。おまけにピンクの口紅をつけている。少し、ギョッとするが。
 こんなことをするのはJさんしかいない。

 フィリピンの契約社員だったJさんが正社員になった。私が入浴介助を教えた方だ。まだ30歳。結婚している。この間、家も買った。
 Jさんは優雅だ。マスクをしていてもきれい。外した顔は見たことがないが。身近で見たら、アイラインが上手に入れてあった。早番だと、何時に起きる?
 職員によっては、忙しそうに動いているが……この方は……大変そうじゃない。慌てない。穏やかだ。優雅だ。それでいて、細やかだ。
 人参の嫌いなアカマツさんの副菜から、きれいに取り除いてやる。
 入浴介助の時は相変わらず、体の線そのままに出るスパッツ。高齢の男性のポプラさんでさえ、見惚れてしまうようだ。
 Jさんは以前は間食はしなかったが、長時間の激務でスタッフルームの菓子をよくつまむらしい。体型維持に必死だったのに。
 
 アズサさんは、相変わらず叫んでいる。エプロンを投げる。コップを投げる。職員を引っ掻く。
 テーブルを叩くので、腕には手まで覆うカバーをしているが、いつも傷がある。痛くないのだろうか?
 リーダーは調べた。朝に叫ぶパターンがあるらしい。
 しかし、調べただけで変わらない。最近はなかなか食べなくなった。私が帰る9時になっても食器が戻らない。だから、食洗機を動かさないで帰ってきたかも?
 思い出せない。どうしよう? 職員さんは気がついてくれるかしら?
 先日は他のパートが炊飯器の予約を忘れて、慌てたらしい。早炊きにして昼食が遅れたらしい。遅れても文句を言うのはコデマリさんだけだ。
 93歳のコデマリさんは、相変わらずだ。介護状態は皆衰えるのに相変わらず……文句を言い嫌われている。
 職員が入居者を起こしている。便をされていたら、きれいにしてあげるのに時間がかかる。なかなか部屋から出て来ない。
 さっさと食べ終わったコデマリさんは
「薬、まだなの?」
と不満を言う。
 私は薬は扱えない。待たせておくしかない。隣に座っていたマンサクさんは部屋から出て来なくなった。コデマリさんのせいかはわからないが。まだ70代なのに。部屋に食事を届けて冗談を言うと笑うのに。

 最近入居してきたアカマツさんは、帰宅願望が強い。
「今日、帰れるかしら? 帰りたいんだよね」
が口癖。
 タンスが空っぽ.ビニール袋にいくつも入れて帰る準備をしている。

 イロハモミジさんは、私を見ると、
「昨日休みだった? しばらくね」
と毎回言われる。きちんとしたおしゃれな方だ。眉と目にアートメイクしている。入れてから何年たつのだろう? どこで入れたのだろう。まだ薄くなっていない。まだ、濃くて……下手くそ。

 ポプラさんが廊下の向こうで立っていて、思わず声を出してしまった。入居してすぐに転んで骨折して入院し、半年戻らなかった。ストイックなポプラさん。頭もまあまあしっかりしている。
 廊下の手すりにつかまって、体操していた。屈伸や、片足を左右に挙げている。ダメだと言っているのに。後ろにひっくり返ったら……
 以前に、食べたことを忘れたことがあって、ひどくがっかりしていた。認知が進むのを恐れている。
 親切な職員には手紙を書いたりしている。
 シーツ交換のために部屋に入ったら、紙に書いてあった。
「ピンコロでいきたい。役立たずのわたし」

 話をしたいのだろうに、職員が忙しいからと、メモに書いて私に寄越した。
「かぶせた歯が、また取れてしまいました」
 何度も取れるのは、歯医者のせいだろうに、自分が悪いようにおっしゃる。
 しかし、部屋で菓子を食べている。パッケージがゴミ箱に捨ててあった。
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登場人物紹介

私。ときどき、自分のことをばあさんと言う。介護施設で短時間働いている。職場で感じる不条理を綴る。決して口には出さないが。

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