第9話 虐待防止研修

文字数 1,417文字

 最近では幼稚園でも虐待の報道があり、幼児の孫がいるので気になっている。孫の様子が急におかしくなった。娘は原因が思い当たらないと言う。
 5歳の子供がハンガーストライキ。食べない、飲まない、トイレに行かない。
「お化けがいる。食べると死ぬ。透明な人に、食べると死ぬと言われた」
果ては
「先生だって仕事なんです」
幼稚園でなにか言われた?
 ばあさんは、入院して点滴か? とまで心配したが、いつまでも続くわけがない。

 YouTubeでお化けの番組観てたからね。電話するとお化けが出るっていうのもあって、騒いでいた。しかし、狐に憑かれたか、はたまた本当に見えるのか? 
 原因が幼稚園だとするなら……大変だと思う。先生に同情します。言うこと聞かない子だから。右へ習い……の子ではないから。

 施設では毎年虐待についての講習があるのだが、去年と今年はコロナ禍のため、テキストを読んでレポート提出のみ。
 どこぞの施設で叩いた。殴った。怪我をさせた。鼻の骨を折った。ひと晩で40回以上殴る蹴る? 髪を掴む。ベッドから引きずり下ろす。寝ないから携帯電話で殴った。
 なぜ? 毎年毎回。どこでも虐待防止の対策はしているだろうに。

 高齢者はすぐにアザができる。見つけたら大騒ぎになる。さかのぼって原因を究明する。うちのユニットには声を荒げる職員さえいない。いい職場だ。虐待を疑いはしない。私がイライラすれば、深呼吸しなさい、と言ってくれる。
 入居者は喋れない者もいるが、喋りすぎる者もいる。風呂に入れたとき、見えるところは丹念に見るが……
「お尻が痛いの。皮むけてないかしら?」
 ばあさんは目が悪い。見なきゃダメ?

 暴力は絶対に許されないが、介護士の精神状態のほうを心配してしまう。常習者は論外だし、気付かない周りもおかしいが、真面目な職員が起こしてしまうのを、気付いてやれないのは残念だ。職員も精神的にギリギリだったのだろう。特に夜勤ひとりの時は行き場がないのだろう。

 夜勤だった若い男性職員。その日は発熱していた入居者もいたのでいつもより大変だった。別の女性に、 
「眠れないから一緒に寝てほしい、手を握ってほしい」
と言われ、断ったら衣服にしがみつかれた。
「こんな年寄りをひとりにして、このろくでなし!」
平手打ちを1回。実直な性格で熱心に業務を行うが……虐待防止事例。問題点を考えてください。

 尊厳? トイレに貼ってあります。私たちはいつ何時でも高齢者を人生の先輩と敬い……
 暴言吐かれても、叩かれても、引っ掻かれても、髪の毛を引っ張られても、首絞められても、つば吐かれても、セクハラされても……とは書いてないが実際にいた。そういう時は、記録に残すのみ。

 ばあさんもユニットの玄関を開ける前には、深呼吸をして唱える。バカヤローはありがとうに変換しよう、と。しかし、入っていった途端にバカヤローの洗礼を浴びる。言い返してはいけないが、無視してしまう。無視は心理的虐待になる。朝から豚がブヒブヒ……そう思わなければ続かないと思う。個室浴室で腿を叩かれた時も、思わず大声を出してしまった。手が出たらどうなっていただろう? 介護なんかに携わったことを後悔しただろう。楽しく働いた5年の月日を2度と思い出したくない……と。
 私はパートで、必ず職員さんがいるので愚痴を言える。気軽に言えるが、そうでなければ積み重なっていくだろう。精神的に不安定になり、来なくなる職員が多い。
 

 
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登場人物紹介

私。ときどき、自分のことをばあさんと言う。介護施設で短時間働いている。職場で感じる不条理を綴る。決して口には出さないが。

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