第40話 じいさんばあさんぐーるぐる

文字数 2,318文字

 仕事に行ってない。二十日も行ってない。腰を痛めた。
 今まで体力には自信があった。毎日(ほとんど)1時間歩いていた。介護のためにダンベル体操も。

 3キロのダンベルをふたつ、デパートに買いに行ったのはいつだろう? 2キロのダンベルはなぜか家にあったのだが、物足りなくなり、ついでに足につけるおもりも買って、駐車場まで運ぶのが大変だった。
 まあ、やったり、やらなかったりだけど。
 3キロのダンベルを両手に持ち、腰回しを続けたら、ゴルフのコーチに褒められた。
 そういえば以前、ハンドグリッパーを頑張ったら、ピアノの先生に褒められた。
 やる気はあるのだが、やりすぎた。

 娘の引っ越しの手伝いに、孫の子守り。おんぶに抱っこ。階段の往復。フローリングのワックス剥離で這いつくばり、腕が痛くなるほど拭き掃除。
 次の日は、カイドウさんの入浴介助の予定が、具合が悪く、サカキさんに変更。サカキさんは背が低く、浴槽から出すのが大変なのだ。今年の初めにも、それで腰をやられて、もう無理だとリーダーに言ってある。
 そのときは大変だったのだ。靴下も履けず、くしゃみをしても痛かった。それでも、ロキソニンを飲み、たいして休まなかった。
 今も相変わらず人が足りない。断ればよかったのに、断れず、ズボンをまくり、浴槽に入り小柄なサカキさんを持ち上げた。無理がかかった。コロナ予防の長いビニールのエプロンがうっとうしい。
 痛めたかも? なんてことはしょっちゅうだ。大丈夫だったこともしょっちゅうだ。翌日はなんともなく、ゴルフのレッスン。調子良く大量の球を打ってきた。

 翌朝起きたらおかしかった。脂汗が出て血圧低下。布団に逆戻り。3日間は左向きにしか寝られない。立っても座っても痛い。なにもできない。

 レントゲンを撮っても、言われなければわからないくらいの骨の異常? ついでに撮った五十肩のほうは、実にきれいで問題ないそうだ。
 ロキソニンでは効かないので、神経の薬をもらって、3日飲んだらめまいが……怖くてやめても、大波小波のめまいがぐーるぐる。
 だから、仕事は休んでいる。1週間、また1週間。そして今月いっぱい。それでも、まだ歩くと痛い。家事は休み休みできるようになったが、復帰できるだろうか? 

 もう身体介護は辞める。絶対辞める。最低賃金が上がったから、周辺業務との差がたったの8円。それで、こんな痛みは2度とごめん。お産よりはずいぶんマシだろうが、お産なら半日で終わっていた。
 こうして、歩けなくなり弱っていく? 一寸先は闇。サプリメントに頼る。イソフラボンに娘にもらったセサミン。ついでにじいさんが飲まなくなったアマニオイルを小さじ1杯。これは効く。なにに効くかというと……
 腰痛になり5日間、見事に便秘に。栄養摂れとじいさんに言われたが、買ってきた菓子パンで栄養が摂れるか? なにもせず体重計に乗るのも怖い。調べて、カルシウムにミネラル。作れないから出来合いの惣菜ばかり。それにチーズやもずくや果物も食べる。自分でコーヒーも紅茶も淹れられず、じいさんがインスタントやティーバックで淹れてくれたのは、砂糖たっぷりでおいしかったけど。この際太ってもしょうがない。

 スタッフがメールをくれる。トネリコさんが入院した。数日後に亡くなった。
 まだ80歳になっていないのではないか? 以前も脳梗塞で入院したが戻ってきた。気難しい、孤高の方だった。マンサクさんにだけは微笑んで、手を振っていた。「トネリコよ」と。それが、微笑ましかった。笑わない人の笑顔は百万ドルの笑顔だった。
 マンサクさんはどうしているか? 相変わらずお迎えを待っているのか? まだ若いのに。ばあさんのことは忘れたか?

 そのあとには、まだ仮名も付けていない方が胃瘻で転院した。舌を出しっぱなしの人だ。この方を車椅子に移乗するときは、ばあさんも手伝い、足を持った。細い、軽い方だった。ひとことも言葉を発せず、それでもスタッフには好かれていた。不思議に愛しい人だった。飲み込みが悪くて高カロリーのゼリーに変更になっていた。水分もなかなか摂れなかったのだ。
 あとには、もう、新しい方が入ったという。
 そして、ネコヤナギさんが入院した。

 それに、職員の異動があった。三十代の「私、結婚しません」の女性が別のユニットに異動した。融通が効かなくて、入居者さんとも言い合いになり怒らしてしまう。大雑把な職員が多い中で、きちんとしているから辛かっただろう。
 汚れたパットは袋にギッシリ詰めなければならない。処分するのに一袋○○○円かかります、と貼ってあっても皆、守らない。それを、彼女は、詰め直していた。
 代わりに入ってきたのは、なんだか前評判では引っ掻き回す人だから気をつけな……
 1度も会っていないが。

 1カ月も経たないのにずいぶん変わってしまった。そういえば、去年お嫁のお産の手伝いで1カ月休んだときも、ハマナスさんが亡くなった。
 あのときは、すんなり仕事に復帰できたが、今回は不安だ。間近に迫った年金生活も不安だ。

 なんてところにもうひとつ。じいさんが、鼠径ヘルニアだって。それは、9年前にやっているからわかるのだろう。今度は逆側。出たり引っ込んだり、痛いらしい。
 以前手術した病院に、仕事を休んで行ったら超絶混んでいて、受付をしたら鼠径ヘルニアの先生が休みだからと帰ってきた。
 近い病院ではない。なぜ確認してから行かないのだ? あとから先生から電話がきて、3日後に診察の予約が取れたが、嵌頓(かんとん)したら救急車を呼べという。
 もう、ひとりで救急車で行ってね。入院しても付き添いも見舞いも無理だから。コロナで禁止だろうけど。
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登場人物紹介

私。ときどき、自分のことをばあさんと言う。介護施設で短時間働いている。職場で感じる不条理を綴る。決して口には出さないが。

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