第13話 素人ですが

文字数 2,267文字

 足浴(そくよく)の時にコデマリさんが服をまくっておなかを見せた。この方は露出狂かと思うくらい見せたがる。痛いの、痒いの、赤くなってない? 何かできてない? 
 お供え餅のようなふくよかなおなか。同じものを同じ量食べていても痩せている人、痩せていく人、太っている人、なお増える人、様々だ。この方は差し入れが多いので、食事は減らしているが部屋でも食べている。車椅子だが、元気だ。特に口が。だからスタッフに嫌われる。

 おなかの片側に発疹が3個。キリキリ痛いという。キリキリ……
 ピンときた。もしかしたら? 素人にでもわかる。 
 職員に言って写真を撮った。あとでナースに見せる。(写真は局部でも撮る。それは処置が決まれば早く削除せねば。陰嚢を掻きむしっています、なんて、ばあさんでも言えないことを、若い女性が話している)

 日曜日なので、ばあさんは10時には帰る。この間のイチイさんの膀胱炎のようにひどくならなければいいが。
 職員は言った。
「帯状疱疹なら、あんなに元気じゃないわよ!」

 コデマリさんは皆に触れ回り、孫にも娘にも電話した。膀胱炎で放っておかれたイチイさんとは違う。
 早々に往診に来て帯状疱疹はひどくならずに済んだ。入浴は最後だが。ばあさんは、いいのか悪いのか、内緒で湯を入れ替えてあげた。

 今は足浴する方が多い。冬場は減るはずなのに。6年近く高齢者の足を見ている。観察している。たいていは水虫。薬を塗れば症状は改善する。ところが半年経っても改善しない人がいる。入居者に聞いてもはっきりしない。痛いのか痒いか? 
 素人ですが、薬が違うのでは? 
 時々職員に言う。往診の時に先生に診ていただく。しかし薬は同じ。継続する。塗りながら、違うのではないかと思う。周りが治ると思わなければ治りませんよ。(チャングムの言葉)
 しかし継続継続……

 マンサクさんは掻きむしる。足の甲にふくらはぎ、腿まで。上半身はきれいだ。
「掻いたらだめですよ」
「掻いてないよ」
毎回同じ会話。いつまで続く? よほどでないと皮膚科には連れて行かない。特に今は。掻きむしり血が出ても。膿んでも。

 爪が伸びていた。入浴介助も爪を切る余裕がない日もある。切ってあげた。入浴後じゃないと硬い。施設がオープンしてから使っている爪切り。ハッキリ言って切れない。小さくて高齢者の厚くなった爪を挟めない。切らないと爪は厚くなる。びっくりするくらい厚くなる。ひとり暮らしの長かった方の爪は肥厚爪(ひこうそう)というのか、歯が立たないほど分厚い。それを角度を変えて長い月日をかけて少しずつ切ったのだ。大体、資格のないパートが爪を切っていいのか? ばあさんが切らねばもっと伸びていく。よほど巻き爪がひどいとナースに頼む。ニッパーで切ってもらうが、いい顔をしない。後で来ます、と言って来ないで忘れる。何度も言うほどナースとの関係を築けていない。大体、短時間パートのばあさんが言うことなのか? それが、コデマリさんだと、あとが怖いからさすがのナースも機嫌を取る。
「ナースさんが切ってくれたの」
さすがです。巻き爪は放っておけば、ぐるっと一周する。

 これは時効ですかね? 入浴介助を始めたばかりの頃、皆、爪が伸びていた。それを、切ってあげたいと思った。切る姿勢は辛い。膝をついて目が悪いからほとんど這いつくばる。
 ムキになってしまった。小指の爪を切る時にやってしまった。肉を切った。血が、血が……どうしよう? ペーパーで押さえた。深く切ってはいない。お願い止まって。止まって……何枚かペーパーを変え、何度も謝った。ほとんど反応のないご婦人だ。
 この方はわかっているのかいないのか? 息子さんが面会に来た時は帰るまでひとことも発しないが、じゃあ、帰るよ、と言われると、気をつけて帰んなよ、と言う方だ。私があまりに謝るので、
「大丈夫だよ」
と言ってくれた。ありがたい。しかたない。いつまでも引きこもってはいられない。始末書か、ヒヤヒハットか? 
 初代リーダーは優しかった。指を確認し、
「内緒にしておきましょう」
 いいのか、悪いのか? それからは1度に短くしようは思わなくなった。
 しかし、入居者のなかにはマンサクさんのように掻きむしる方もいる。便をいじる人もいる。爪の間に入ってしまう。

 爪切りも買い替えてくれない。掃除機は2台目だがなぜあんなに小さい? 1度使えばすぐにゴミがいっぱい。いや、ゴミは吸わない。ほこりは吸うのだろうが。ゴミは床に残る。拾わなければならない。なぜこんな掃除機? 家庭用ですか? フィルターは何度も掃除していてもほこりセンサーが付きっぱなし。何度も言ってますよね。新しいのがほしい、と。ばあさんが言うことではない? 掃除機かけるのはばあさんなんですが。吸塵力の強いの買って!

 風呂場のドアがキイキイ音がする。凄まじい音だ。
「びっくりしたぁ! 赤ちゃんが泣いているみたいね」
と、入浴のたびにコデマリさんが言う。それをリーダーには言ってある。リーダーも見にきている。上には言ってあるのだろうが、いつまで待っても直してくれない。大体、ここの施設の総務は……すごいです。退職したあとの健康保険の手続きを催促してもやってくれないとか。コネで入ったのかと疑ってしまう。1度で済んだことがない。皆、ご存知だ。

 蛇口が壊れて水が吹き出した時、リーダーは養生テープで応急処置をした。そのあとはビニールテープがしばらく巻いてあった。直るまでに何度風呂に入れたことか? そのたびコデマリさんは言った。まだ直らないのね。

 
 


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登場人物紹介

私。ときどき、自分のことをばあさんと言う。介護施設で短時間働いている。職場で感じる不条理を綴る。決して口には出さないが。

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