第14話 リーダー

文字数 2,125文字

 マンサクさんが額に怪我をしていた。朝起きて車椅子に移る時、転んで打ったらしい。四谷怪談のお岩さんみたい。相当痛いだろうに、それもよくわからないらしい。

 夜勤は朝の7時までの勤務。2ユニット20人を順番に起こす。全室見守るのは不可能だ。
 リーダーはマンサクさんの家族に電話を入れた。説明していた。穏やかに済んだが。
 これがツルマサキさんだったら大変だ。モンスターの息子がいる。実際、嘔吐で何度か入院している。病院では点滴だろうが、戻れば口から食べる。嘔吐する。
「病院では吐かないのに、なんで戻ると吐くんだあ?」
 食事はソフト食を半量。あとは高カロリーの飲料。なのに、持ってきます。ヤクルト、プリン……愛情は食べ物でしか表せないのはわかるが。
 
 他にもいる。体重減らさなきゃ、ご飯控えめなのに差し入れがすごい。食べきれずに消費期限が過ぎてしまう。過ぎたものを高齢者には出せないから処分する。すると怒り出す。捨てられた、捨てられた、と大騒ぎをする。

 ばあさんが勤め始めた時のリーダーは若い女性だった。きれいな方だった。その頃は男女とも若い職員が多かった。ばあさんは最初は週3日3時間の周辺業務。1年経てば定年の年齢。無理して働かなくてもまあいい御身分。小遣い稼ぎになればいいが、いやならすぐにやめようなんて思っていた。
 施設もオープンしたばかり。入居者よりスタッフの方が多かった。配膳もシーツ交換も大勢で楽だった。リーダーは優しく丁寧。月に1度は親睦会を……なんて楽しかった。
 ところがこのリーダーさん、通勤にものすごく時間がかかった。施設長に引き抜かれたらしく、確かに素敵な方だったが、時間通り帰れるわけではない。勤務時間の後は事務仕事。入居者が増え、忙しくなると職員が辞めていく。欠けた分は超勤になる。補充されればまた別の職員が辞めていく。いつまでたっても超勤はなくならない。そしてこのリーダーも疲れきって辞めていった。
 毎日面会に来ていたツルマサキさんの息子さんは、辞めると挨拶したときに、
「きついことを言ったけど、あなたは自分の娘と同じ名前で……」
と、ねぎらってくれたらしい。怖がるばかりでなく、もっと話していれば……なんて悔いていた。

 次の若い女性のリーダーは……マイペースだった。皆が言った。マイペースだから……前のリーダーが辞めたので移動してきた。歓迎会の時に遅刻してきた。
 マイペースは褒め言葉か? 来るのが遅い。仕事が遅い。遅すぎる。丁寧だが。丁寧すぎる。終わった時間が終わった時間。時間内に終わらせようとは思わないらしい。夜勤が夜9時に入ると夕食の洗い物が終わっていない。その頃は夜のパートはいなかった。夕食は6時からだ。夜勤は洗い物から始めなければならない。さすがに呆れて愚痴った。

 最初は仕事ができる人だと思っていた。年長者を差し置いてリーダーになった方だ。しかし気付いてしまった。桁違いに遅い。レベルが違う。だいたい私が朝出勤した時点で、誰が夜勤なのかわかる。起こしている人数で。ほぼ全員起こしていたり、2、3人だったり。このリーダーの時はひとりもいない。
 呆れることばかり。呆れたのを顔に出さないようにするのも大変なくらいすごかった。よく他所でやってこられたな、と思う。辞めた後はボロクソに言われていたが。 
 
 入居者をトイレに座らせたまま朝礼に行ってしまう。忘れたのか故意なのか? トイレの電気は何分か経つと自動的に消える。文句も言えない、ナースコールを押すこともできない入居者は眠っていた。
「早けりゃいいってもんじゃありません」
そう、丁寧です。配膳も盛り付けもきれい……差し入れのりんごを、時間をかけて飾り切り。
「ほら、かわいいでしょう?」
でも、入居者が、かじれますか? それを? 

 書類提出等も遅かったそうだ。締め切りを過ぎ催促されると、
「みんな私が悪いんですよね」
その通りだ。少し言われると、
「好きでリーダーになったわけじゃないですから」
ユニットの雰囲気は悪くなる。ただ、彼女はO君を育てた。丁寧に丁寧に。最初何度も遅刻した高卒の新人の男性を独り立ちさせた。相当イラついていたが。それだけは素晴らしい功績だ。O君は教えられたとおり丁寧だ。丁寧だが速い。最初要領が悪かった人ほど、伸びる時には伸びるようだ。最初から覚えの良かったバイトの子は変わらない。

 ついに派遣さんが来た。外国人だが年配のベテランの女性。早番と遅番で夜勤はない。ベテランでも施設のやり方でやってもらわねばならない。彼女のシーツ交換は速かった。速かったがうちの施設では角はきっちり三角折に。彼女のは縛っている。雑だが速い。言われても、それを直そうとはしない。
 ことごとく揉めていた。派遣さんはすぐに施設長に文句を言う。果ては、リーダーに向かって、
「あなた、外人だと思ってバカにしているんですか?」
 ふたりとも、やる気をなくしていた。やがて、派遣さんは突然休む。朝、電話も来ない。夜勤が残り、遅番に電話して出てきてもらう。そんなことが当たり前になり、派遣は更新しなかった。
 リーダーも程なくして辞めて行った。有休を使い切り、送別会も挨拶もなかった。
 
 
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登場人物紹介

私。ときどき、自分のことをばあさんと言う。介護施設で短時間働いている。職場で感じる不条理を綴る。決して口には出さないが。

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