第37話 愚痴ばかり

文字数 2,022文字

 新しい入居者さんが決まった。女性でほぼ全介助の方。ファイルが置いてあった。
 入居者は圧倒的に女性が多い。比率にすると8対2。女性の方が長生きだが、男性は施設に入るのを嫌がるのだろうか? 妻は夫の介護をして看取ったあと、子供に迷惑をかけないように施設に入る。金銭的な面もあるだろう。姉夫婦は子供がいないのでふたりで施設に入れるよう貯金をしていたが、民間の施設は無理だわ、と言っている。
 隣のユニットの女性は旦那さんも入居していたがずっと前に亡くなった。女性は旦那さんと同じユニットを希望しなかった。同じ施設に入居したが階が違うから滅多に会わないで済んだ。まだ奥さんがしっかりした時の決断だ。
 
 先日は入浴介助がふたり。もうふたり入れるのが当たり前になった。最初言われた時は、「自分でやってみろ!」と思ったものだが。それでもふたりの時は条件を出している。時間がかからない方。血圧を何度も測り直さなくて済む方(これは無視されている、というより私が介助できる方はマンサクさん以外は皆、高いか極端に低い)

 今日はコデマリさんとマンサクさん。マンサクさんは長湯だから無理だと言ってあるのに……入れたあとは掃除をして(これが、ユニット会議で、毎回床板まではずして掃除することに決まった。こんなこと、以前は年末の大掃除のときしかやっていなかった。週に1度か月1でもいいと思うが融通が効かない。ひとりしか入れなくても、やらなくてもいいとは言われない。それどころか、消毒のスプレーをしていくよう言われた。(スプレーして30分後に流すのだが、30分後にはいないから無視していた)すぐに流していいそうだ。効果があるのかはわからない。
 以前のリーダーは、日曜日10時までの勤務に入浴介助がひとり入ると恐縮して、「無理なら掃除はしなくていいですから」と言ってくれたが。

 マンサクさんのバイタルを測りにいったら部屋にいない。早く部屋に戻りたがる方が、まだ珍しくリビングにいた。機嫌が悪い。ああ、また〇〇職員。なにかあったな。
 また、「もう死にたいよ」が始まった。「なにもしたくないよ、風呂なんか入りたくないよ。どうせ死ぬんだ……」
 ばあさんは、8時半からコデマリさんとあなたを入浴させて、掃除して片付けして、記録して10時には帰るのよ。
 コデマリさんは情報通だから入浴の時に話してくれた。マンサクさんが薬の時に拒否したら、飲み終えるまでお部屋に帰れません……となったらしい。おだてて、あやして機嫌を取れば、穏やかな方だと思うのだが。まあ、刺激があったほうがいいのかも? 誰も注意しないし。前のリーダーなら注意しただろうが、精神的に参って来なくなってしまった。気を使ってくれる方だったのに。

 そういえば5年前、12時まで働いていた時、入浴介助を始めたばかりの頃は、3人入れるとおなかがすいてすいて(朝食は5時半に食べるのだ。ご飯を大盛りで)空腹と暑さでめまいがしそう。男性のリーダーに言いました。
「途中でなにか食べてもいいですか?」
 リーダーも驚いただろうが、ダメとは言えなかったのだろう。
「どうぞ、食べてください……」
 今思うと恥ずかしい。世間知らずなばあさん。アンパンを食べたりしていた。
 でもそのあと入ってきた、フィリピンの方は8時からなのに朝ごはんを食べてこないから、と10分休憩をもらっていた。
 あの頃は若いスタッフばかりで、年配のパートは図々しいと思っただろう。

 この間、スタッフルームで座って記録していたら、ユニット会議で、記録はリビングで見守りしながらやることになったそうだ。立ちっぱなしでようやく座ったのに……ああ、そうですか。
 入浴介助が仕事だから、食事介助はやらなくなった。あれは……座れるから楽だった。むせたりしない人ならば。常勤さんは座ってずーっと食事介助。ばあさんは座ってはだめ? 辞めさせたいのか、と勘ぐってしまう。

 お中元にいただいたジュース類が冷蔵庫に入っているが、誰も飲めとは言ってくれないからいただけません。以前のリーダーは気を遣ってくれたなあ。アンパン食べられたくらいだから。

 虐待事件のコメントがたくさん載っていた。介護職を辞めたわ、というコメントが多かった。身も心もボロボロになった……
 本当に大事な家族なら一緒に住んであげなよ!
 長生きすることが幸せではない!

「夜中に40回以上ナースコールを鳴らす95歳の方が亡くなった。介護士泣かせ。夜勤はぐったりしていた。特養に入居して5年、比較的頭はしっかりしていて食欲もあった。金払ってんだから、上に言い付けてやる、とよく言ってた。皆、よく我慢していた。相手する気にもならないが。亡くなってホッとしたね。誰も話題にもしなかった。すぐに忘れ去られた」
 ばあさんも初めてコメントしてみた。

 娘たちが来たので聞いてみた。
「ばあさんが死んで、じいさんが認知症になったらどうする? 面倒見る?」

 
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登場人物紹介

私。ときどき、自分のことをばあさんと言う。介護施設で短時間働いている。職場で感じる不条理を綴る。決して口には出さないが。

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