第36話 また……

文字数 2,043文字

 入院していたヒイラギさんが亡くなった。ここ2ヶ月で3人も。4人入院していたが、ふたりは戻らない人に……
 ヒイラギさんはお子さんがいない。ご主人を亡くされてから90歳までひとり暮らし。コロナ前も面会の方が来たことはない。姪が服を送ってきたことがある。冷暖房の効いている施設に住むお年寄りに、半袖の薄いTシャツ、1度も着せたことはない。冬用のパンツはサッカー観戦にでも行けそうな、防寒着みたいな分厚いものが数着。1度も穿かせたことはない。景品で貰ったとおぼしきポーチやバッグ類がありったけ。伯母はバッグが好きだから、と。これもほとんど手付かずのまま。

 ヒイラギさんは認知症で、いつでも、「今年も終わり……」の頃にいらした。リンドウさんのように頭がしっかりしている方は、娘にも迷惑をかけないよう遠慮するので、見ていても辛い。服も下着も靴下も劣化していく。痩せてしまったので、パンツがゆるい。ヘアーブラシもない。息子さんなら仕方ないと思うが、もう少しイメージしてくれたらいいのに。

 リンドウさんは腸閉塞の手術をして戻ったが、むくみがひどくまた入院した。看護師が怖いと言っていた。
 ネコヤナギさんは退院してきた。外から帰ると、3日間は部屋から出られない。久々に会ったネコヤナギさんは頬がこけて、おとなしくなっていた。バカヤロー連発のネコヤナギさんも、提携病院ではわがままを言えなかったようだ。

 入院したことのある、しっかりしたポプラさんが教えてくれた。同部屋の人がナースコールを何度も鳴らすと、切られてしまった。それでも叫ぶから、ポプラさんのナースコールで呼んであげると、余計なことをするな、と怒られたそうだ。目をつけられてしまった、と。
 おとなしくなったネコヤナギさんがかわいそうで、パートふたりで励ました。また、バカヤローって言ってよ、と。笑った顔は清々しかった。

 うちのユニットは職員がふたり足りなくなるので、早々にひとり入ってきた。先日紹介された。背も高く体格も良くスキンヘッドの男性。マスクをしているので年齢不詳。若くはないと思ったら……平成生まれだって。うちの息子よりずっと若い。もう、10年以上のベテランさんだって。今は、入居者が少ないので仕事を覚えるのも速いだろう。

 さて、紹介されたばあさんは、背は低くはなく太ってもいない。髪は染めたばかり、カットもしたばかりだからまあまあ。マスクをしているから年齢不詳? なわけないか?

 週に1度来ている中国人の男性が働く施設でクラスターが発生した。濃厚接触者だが、ちゃっかり来てしまうかも、と同じ施設で働いている、うちの職員のおねえさんから注意があったらしい。まさか、そんなことをするだろうか? うちの施設を休んでも特別休暇にはならないだろうから。でも、それはないだろう? 高齢者施設だ。まるきり信用されていないらしい。
 私が3時間で配膳、片付け、ふたり入浴させ帰るのと入れ違いにやって来る。「久しぶり」と挨拶はするが、8時間いるならシーツ交換全床やらせろよ、と思ってしまう。

 母親の介護のために離島に帰る独身の女性職員は、高校を出てから30年以上こっちで働いている。マンションを売り、引っ越すのも大変だ。なんと、運転免許を持っていないそうだ。故郷に帰り、また介護の仕事をするのに、嘆いていた。

 職員がひとり入ってきたが、まだひとり足りない。今は入居者さんも10人のところ7人しかいないから、楽だが。

 また、虐待のニュースを読んだ。ショートステイの夜勤。10人を10時間ひとりでみている、と。うちの施設なんか、20人をひとり……救急搬送なんかがあれば、40人弱をひとりでみる。手の空いている職員は手伝いお願いします、なんてアナウンスが流れるそうだが、誰も来やしない、と。 
 ショートステイは比較的しっかりした方が多い。職員は、体力より精神面で悩むらしい。厄介な方が入所すると、フレックスのパートは付きっきりで、よそのユニットの手伝いには行けなくなる。以前エレベーターを降りて外に出て行ってしまった方がいた。見かけはしっかりして見える。付き添いの方かと思うくらい。
 職員は慌てた。コンビニで会話がおかしい、と店員が警察に連絡をしてくれた。それ以来、その方が入所すると、大きな写真が掲示板に貼られ皆で注意をする。だからといって断ることはしないのだろうか? 家族も困るだろうし。ショートステイは利益が多いらしい。しかし職員の異動も多い。なんだかんだ、昨年度も赤字だとか……

 やがて厄介な100歳のカリンさんが戻ってくる。もうそんなには動けないだろうが、口が達者だ。亡くなった方の部屋にはどういう方が入るだろう? 楽な方にしてほしい。家族もうるさくない方に。
 新しく入ったプラタナスさんは介護度は高いがおとなしい。職員にとって、食事と排泄だけすればいい方は楽なのかも。胃瘻の方は食事介助もないし。3時間勤務のばあさんは顔も見ないで帰ることも多い。

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登場人物紹介

私。ときどき、自分のことをばあさんと言う。介護施設で短時間働いている。職場で感じる不条理を綴る。決して口には出さないが。

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