第30話 昨今の状況 6

文字数 1,584文字

 リーダーが作っていた週間予定表を、職員が順番で作ることになった。リーダーは3時間勤務のばあさんに容赦なく入浴をふたり入れるが、女性職員は大変だと思うのか、入浴は入っていなかった。すると疲れが全然違う。体が楽……次回の契約は周辺業務にしよう……

 女性職員には時給が周辺業務と9円しか変わらないことをアピールしたが、たいした反応はなかった。憤慨してくれたのは娘だけだ。
「辞めちゃいなよ」

 クールな女性職員は、
「周辺業務、3人もいらないですからね」
それもそのはず。周辺業務のパートがいない日は職員がひとりでやっていることだ。手際のよい職員は洗い物も配膳も洗濯もこなす。事務処理も手早く済ませ、さっさと帰る。

 今日は入浴介助はないはずだったが、急遽ふたり入っていた。休んだ職員がいたようだ。移動していったO君が夜勤をやっていた。しばらくぶり。少し肉がついたようだ。貫禄が出てきた。まさか、太らないでよね。ヒョロヒョロだったのに。夜勤をやると太っていくか痩せていくか、極端だ。

 ひと月休んでいた若い職員が戻ってきた。スタッフルームに菓子折りが置いてあった。実家に帰っていたようだ。なぜ休んでいたか? とは聞かない。誰も知らない。施設長は知っているだろうが。地方の両親は娘が仕事に戻って安心しただろうか? まだ二十歳の娘を手元に置いておきたいのではないのか?
 ちょうど大変なカリンさんが入院しているので、仕事がいくらか楽でよかった。

 しかし、ようやく正社員が揃ったと思ったら、リーダーが濃厚接触者でしばらく休み。2歳の子供が39度の熱を出したらしい。介護従事者は3度のワクチン接種済みだ。移らなければいいが。職員は特別休暇になる。その点は安心だが。

 でも、リーダーが戻り常勤の人数が揃ったら、また次は? なんて思ってしまう。ずっとそんな調子だったから。隣のユニットもひとり足りないままだ。契約社員も超勤をしている。Jさんはますます痩せる。

 濃厚接触者が出たので入居者もしばらくの間、日に3度検温することになった。コデマリさんは敏感だから、なぜ? と聞く。90歳を過ぎていてもスタッフや入居者のことに詳しい。アンテナを張り巡らせている。
 入浴のときは、新しく入ったカイドウさんの話だ。互いに90歳を過ぎているが話が合いそうだったが……
「太ってるね」
と言われ憤慨していた。それも何度も何度も。悪気があるわけではあるまい。それくらい仕方ない。
「娘はニューヨークにいるって」
それも何度も聞かされた。いくつになっても自慢したいのか。近くにいてくれたほうがいいだろうに。

 ニューヨークで働いていたという男のお医者様もすっかり……
 突っ伏していたトネリコさんに職員が大丈夫ですか? と聞けば、隣の席のセンセイは言った。
「大丈夫だあ、この女は、仮病だ!」
あなた、お医者様だったんでしょ?
 孤高のトネリコさんがびっくりしていた。言い返すかと思ったが黙っていた。脳梗塞で入院してからおとなしくなってしまった。 

 尊大なセンセイ。足浴するが苦手だ。現役の時はどんな医者だったのだろう? お医者様が特養に? 娘は面会に来ていたときは、「おとうさま」と呼んでいたとか。どんな父親だったのだろう?
 
 それに比べてポプラさんの腰の低さ。
 お風呂ですよ、と言えばベッドで足を高くして血圧を上げていてくれる。2番目だから9時過ぎですと言えば用意して待っていてくれる。こんなに几帳面で誠実な方には認知症は避けてあげてほしい。リハビリの先生に言われ、唱歌を読んでいる。体操している。タンスの中は一目瞭然に整理してある。

 コデマリさんは家族が面会に来るので喜んでいた。孫もひ孫も何人もいる。また差し入れがたくさんあるのだろう。90歳過ぎてもふくよかで元気だ。かたや犬猿の仲のイチイさんは、ずっと腹痛を訴え検査入院する。



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登場人物紹介

私。ときどき、自分のことをばあさんと言う。介護施設で短時間働いている。職場で感じる不条理を綴る。決して口には出さないが。

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